「いやいや、それはお前が人生に疲れて怪しすぎる物置に入ったからだろ? 何だっけ? 社畜だっけ? それになって」
「なりたくてなった訳じゃないわよ! 私はすぐに引き返したもん!」
「ま、それは運が悪かったよな。でもそれは僕のせいじゃないから。それより今は聖女だよ! どうする!? どうしたらいい!?」
オロオロと羽を震わせて右往左往するクリスにとりあえず落ち着くように冷たいハーブティーを淹れてやると、クリスはあっという間にそれを飲み干して、美味い! と叫ぶ。
「簡単じゃない。今からあんた聖女の所に行けば万事解決じゃないの?」
「そう簡単に行くか! そもそも名前は二度と変えられない——」
「名前? そんなの聖女に事情話してもっかいクリスってつけてもらえば? 変えなきゃいいんでしょ? 簡単じゃない?」
私の言葉にクリスはハッとした顔をしてポンと手を打つ。
「なるほど! ヒマリ~お前はやっぱり小狡いなぁ~!」
「それ褒めてんの? まぁどっちでもいいけど、とりあえずいつ出ていく?」
ウキウキして言う私を見てクリスはすぐさま半眼になって私を睨みつけてきた。
「いや、何でそんな嬉しそうなの?」
「え? 嬉しそうだなんてまさかまさか! 寂しいよすっごく! 元気でね!」
「絶対喜んでる! こいつ絶対に喜んでる!!」
キー! っと漫画みたいにその場で地団駄を踏むクリスを横目に私は今日の夕食の準備を始めたのだった。
だが、この事件はこれだけでは終わらなかったのだ。
「はぁ……もういい加減あの父のお尻を思い切り蹴っ飛ばしてやりたい」
来るなり何やら不穏な事を言うルチルに私はいつものようにビールを差し出した。
時刻は現在夕方の4時。仕事が終わって、さあ今日のビールのおつまみを作るぞ! と思っていた所にやってきた嬉しくない客人である。そして相変わらずトワも護衛としてくっついてきている。
「トワも飲む?」
「いえ、俺はまだ仕事中なので。はぁ……」
「疲れてんなぁ~。やっぱ聖女絡み?」
クリスが自分だけ高級ワインを開けて優雅に飲みながら言うと、ルチルもトワも無言で頷く。
クリスの言う通り二人の表情は引くほど暗い。そんな二人を見て思わず私は言ってしまった。
「クリス、よく見なさい。これが社畜よ」
「マジか! 二人とも地獄に居るみたいな顔してるけど?」
「そう。あそこは地獄。それ以外の何者でもないの。そりゃ怪しい物置にも入ると思うの」
「いや、それはお前だけだな。で、何でそんな二人とも疲れてんの?」
「話せば長くなるのですが——」
説明してくれようとするトワの言葉を遮って、横からルチルがグイっと割り込んできた。
「長くなんかないわよ! 一言で言えるわよ! パパがポカして呼ばなくてもいい聖女呼んじゃったのよ! それだけよ! どうすんのよ!? こんな時に聖女なんて召喚してまた戦争になるじゃない!」
よく分からんがどうやら聖女の存在というのはとてもデリケートなようだと察した私は、仕事中でビールが飲めないトワに作ったばかりの梅ジュースを淹れた。疲れにはクエン酸だ。
「ありがとうございます。ん! 美味しい! 酸味と甘味がちょうどいいですね。これはジュースですか?」
「うん。梅シロップ作ったからね。疲労回復にいいの。お酒で割っても美味しいわよ」
「へぇ! やっぱりヒマリは凄いですね。それに比べて……はぁ」
そう言ってトワはジュースの入ったグラスを両手で握りしめてまたため息を落としている。