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第20話 旧友との再会


「大家族というのは、表も裏も争いが絶えないものよ。」


洋平は心配そうに彼女を見つめた。


「昔の中野家みたいに、家族が和やかに過ごせるなんて本当に稀なことですよ。綾乃お嬢様、こんな狼の巣窟にいるなんて……あんまりですし、危険すぎます。」


「心配いりません。」


綾乃は静かに答えた。


「私は自分の役割を守って、黒川家の誰にも関わらないようにします。でも、もし向こうから手を出してきたら、もう昔みたいにおとなしくしてはいません。」


若い頃は、家族に守られて世間知らずだった。


だが、悠太に現実を叩き込まれてからは、もう自分を哀れんだりしないと決めた。自分の人生は自分で切り開くしかないのだ。


茶葉の包装を終えると、綾乃はノートパソコンを開いて売上を確認し始めた。


その様子を見て、洋平はほっとしたように微笑んだ。


「黒桃クラブの方に何人かのお坊ちゃんがいらして、お茶を楽しんでいましたよ。お土産にも持ち帰ってくれて。茶葉の原価や家賃を差し引いても、かなり利益が出ています。」


綾乃はうなずいた。


「洋平さん、これで家のローンも少し早く返せそうですね。」


茶楼の開業資金は洋平が自宅を担保にして工面してくれたものだった。


綾乃は、品質を重視し値段には頓着しない富裕層をターゲットにして、資金を早く回収することを考えていた。


「焦らなくていいですよ。」


洋平は続けた。


「茶楼の運営にはこれからも資金が必要ですし、それに……お嬢様のいれたお茶を一度味わったお客様は、ほかのお茶じゃ物足りないと感じているようで……ちょっと心配なんです、常連さんが減るんじゃないかって。」


「だからこそ、お茶だけに頼るわけにはいきません。」


綾乃は新たな方針を口にした。


「帰期楼を、誰もが何度も足を運びたくなるような上質な空間にしたいの。サービスの質は徹底しないと。スタッフの教育も手を抜けない。それから、この界隈でよく利用されている娯楽施設を調べて、何かコラボできるところを探してみてください。」


「分かりました。」


洋平は頷き、丁寧に茶葉を片付けた。


茶楼は京都の伝統的な趣があり、空気にはほのかな茶の香りが漂っている。


そろそろ黒川家へ戻る時間になり、綾乃は久美子と一緒に木の階段を下りていった。


階段の途中、不意に驚いたような女性の声が響いた。


「綾乃さん?」


綾乃は足を止め、声のする方へ顔を向けた。空ろな目で見下ろすと、階下の八仙卓のそばに、全身ブランド物で着飾った若い女性が立って、驚きの表情でこちらを見上げていた。


渡辺桃華——記憶をたどり、やっと彼女の名が浮かぶ。渡辺家は不動産で成り上がった一族で、かつて半年間だけ同じクラスだったことがあった。


桃華の視線はまるでスポットライトのように綾乃に向けられる。


階段の綾乃は、ベージュ色のリネンワンピースに作業帽、エプロンとアームカバー姿。下で煌びやかに着飾っている桃華とは、まるで別世界の人間のようだ。


「本当に、綾乃さんなの?」


桃華は信じられない様子で階段の下まで駆け寄ってきた。


「なんでこんなところに?」


綾乃はこの「旧友」に対して特に思い入れもなく、淡々と答えた。


「このお茶屋は私がやっているの。」


「え…オーナーなの?」


桃華は驚きで顔を歪め、唇を開いたまま、目の奥には隠しきれない嘲りが見えた。


「かつての中野家のお嬢様が、こんな場末の商売に落ちぶれるなんてね?」


わざとらしく口を押さえて、


「ああ、そうだ、中野家ってもう何年も前に潰れたんだっけ。ご家族も……もうみんな亡くなったんでしょ?」


綾乃は階段に立ったまま、淡々と微笑んだ。


「ええ。どこの家でも、何代か遡れば亡くなった人くらいいますよね。」


「……」


桃華は言葉に詰まり、顔色を曇らせた。


その時、ふと綾乃の目がまったく焦点を結んでいないことに気づいた。


彼女は思わず手を前に出して、綾乃の目の前で大きく振ってみせた。


「もしかして、見えていないの?」


「はい。」


綾乃はあっさり認めた。


「だから、失礼ながらあなたのこともすぐには思い出せませんでした。」


「私よ、渡辺桃華!」


桃華は見下すように綾乃をじろじろとながめ、わざとらしく同情を装った。


「本当に気の毒だわ。どうしてこんなことになっちゃったの? 昔、学校でちょっと手を切っただけで、先生たちが大騒ぎしてたのに。――あれ? もう結婚してるの?」


彼女は突然、綾乃の手をつかみ、薬指のダイヤの指輪をまじまじと見つめた。


(これ、本物かしら?)


「お相手は誰?」


「知らない人よ。普通の人です。」


綾乃は淡々と手を引き戻した。


桃華は心の中で鼻で笑う。


(今の綾乃の状況で、どんな相手と結婚できるっていうの?)


桃華はにやりとしながら続けた。


「さっき、お店に来たとき、白髪の鈴木さんって方が対応してくれたけど……まさか……」


綾乃はその想像力に思わず苦笑し、何も答えなかった。


桃華は自分の勘が当たったと確信し、笑いをこらえるのに必死だ。


(まさか綾乃、あのおじさんと結婚したの? 昔の栄光なんてもう見る影もないわね。)


(でも、この話は一人で楽しむにはもったいない!)


桃華はにこやかに綾乃の腕を組み、無理やり階段を降りさせながらため息をついた。


「中野家が大変だったとき、みんな心配してたのよ……。せっかくの同級生なんだから、困ったときは相談してほしかったなあ。」


「ご心配、ありがとう。」


綾乃は丁寧に頭を下げた。


「今はもう大丈夫です。」


「また会えて本当によかった!」


桃華はそう言うと、高級ブランドのバッグからきらびやかな招待状を取り出した。


「ちょうど今週末、うちでチャリティパーティーを開くの。寄付とオークションもあって、海外の貧しい子どもたちのために募金を集めるの。昔のクラスメートも大勢呼んでいるから、あなたも旦那さんと一緒に来てくれる?」


綾乃は首を横に振った。


「私は遠慮しておきます。」


「そんなこと言わずに!」


桃華は強引に招待状を綾乃の手に押しつけた。


「今は大変なんでしょ? 寄付もオークションも無理しなくていいから。ただの同窓会だと思って顔を出してよ、ね?」


綾乃は少し眉をひそめ、しばらく黙った後、おずおずと招待状を受け取った。


そして隣のスタッフに声をかけた。


「良いお茶をいくつか用意して。」


すぐに、丁寧にパッケージされた茶葉のギフトバッグが運ばれてきた。


綾乃はそれを満面の笑みの桃華の手に押し込んだ。


「気を遣わせちゃって。」


桃華は心の中でほくそ笑む。


(あの中野家のお嬢様が、今やこんな風に私に媚びるなんて、時代は変わるものね。)


「当然のことよ。」


綾乃はにこやかに微笑んだまま、口調を変えた。


「旧友が来てくれたから、お茶をいくつかお渡しするのは当たり前です。でも……私の今の状況、ご存知ですよね? ただで差し上げるのは気が引けますから、原価だけいただきますね。」


「……」


桃華はギフトバッグを持ったまま、動きを止めた。


引きつった笑顔で尋ねる。


「いくら?」


「六十万円です。」


綾乃の笑顔は変わらない。


「な、何ですって!?」


桃華は思わず大声を上げ、顔を真っ赤にした。


「ぼったくりじゃないの!?」


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