伊藤探偵の期待は、結局あっけなく裏切られた。
高橋鈴夏がそのメッセージに気づいたのは、翌朝のことだった。急な出張が入り、新幹線に乗ってからようやく相手から送られてきた2ギガの動画に気付いたが、焦るばかりで、通信速度が遅く、なかなか再生できなかった。新幹線を降りて客先と打ち合わせを終え、ようやくホテルに戻った頃になって、やっと動画が全てダウンロードできた。
彼女は藤原結衣が年上の男性に頭を下げて媚びる姿を期待して、待ちきれずに再生ボタンを押した。しかし、画面に最初に映ったのは、派手なオレンジ色のカリナンだった。カメラは至近距離から映しており、水島健一が車から降り、藤原結衣の目の前まで歩いてきて、彼女の手からバッグを受け取り、笑顔で車のドアを開ける様子がはっきりと映っている。
「……」高橋鈴夏の心は一気に冷え込んだ。
二人の関係について考える間もなく、すぐに次の動画が再生された。今度はカリナンではなく、黒いベンツ。後部座席の窓が下り、あまりにも整った少年の顔が見える――藤原結衣を迎えに来たのだった。
高橋鈴夏は大きく息を吸い、動画を一時停止して探偵に少年の正体を尋ねた。
【プロ探偵チーム】:小野家の若旦那、小野陽太です。
小野家!
京都には名家が多いが、最高級の名門といえば「森川、水島、黒沢、小野」の四家しかない。藤原結衣がどうして小野家と関係を持っているの!?
すでに夜の九時を過ぎていたが、高橋鈴夏は嫉妬心を必死に抑え、三本目の映像を再生した。藤原結衣が同じ時間、同じ場所で水島健一と小野家の若旦那、両方と会っている姿を目にした瞬間、思考が止まった――藤原結衣は二股どころか、二人の御曹司を同時に手玉に取り、まるで「タイムマネジメントの達人」ではないか!
驚きよりも計算が先に立ち、彼女はためらうことなく水島健一に連絡した。「水島さん、和風スタイル編集部の高橋鈴夏です。藤原結衣さんについて、お伝えした方がいいことがありまして……」
その頃、水島健一はバーで流れる落ち着いたフォークソングを聞きながら、無言で電話を切った。
黒沢翔太が笑いながら聞いた。「迷惑電話か?」
「まあ、そんなとこだな」と水島健一は多くを語らず、グラスを掲げて言った。「主演男優賞ノミネートおめでとう、黒沢さん。未来が楽しみだ。」
「やめてくれよ」と黒沢翔太は苦笑し、薄暗い光の中で穏やかな表情を浮かべる。その柔らかな雰囲気は、水島健一とは対照的だった。「で、今日は何の用だ?」
水島健一が口元に笑みを浮かべる。「早川理恵が帰国した。森川悠介が彼女のためにラボを作りたいらしいが、あと五千万足りない。俺は三千万なら用意できるが、ラボの運営費は桁が違う。十億単位じゃないと足りないだろう。」
黒沢翔太は少し考えて言った。「何とかしてみる。」
「それはいいが」と水島健一は首を振って笑う。「理恵の性格を知らないだろ。学生時代から、俺たちみたいな二世を一番嫌ってたし、金なんて絶対受け取らない。芸能界は金回りが良いっていうし、俺はその資金でバラエティ番組を作って、理恵をスターにして、自分で研究費を稼がせるつもりだ。」
黒沢翔太は眉をひそめる。「芸能界は華やかすぎて、誘惑も多い。本当に彼女のためになるのか?」
「君が心配するのも分かるが」と水島健一は自信ありげに言った。「彼女は早川理恵だ。科学の道を選んだ以上、芸能界のきらびやかさに惑わされることはないさ。」
その時、テーブルの上のスマホが再び光った。さっきの番号だ。水島健一はまた切ろうとしたが、突然肩を叩かれた。
「健一さん、翔太さん、偶然ですね。」
振り返ると、小野陽太だった。少年らしい無邪気な笑顔で、当たり前のように席につき、水島健一の隣の空席を見て、「健一さん、奥さんは来てないんですか?」と尋ねた。
水島健一が返事をする前に、黒沢翔太が笑いながら言った。「健一は昔から真面目で、奥さんなんていないよ。むしろ陽太、随分大きくなったな。もう子どもじゃないみたいだ。」
「いや、陽太はもう子どもじゃないよ」と水島健一は昨夜のことを思い出し、からかうように言った。「最近、人妻に恋しちゃったみたいだし?」
その時、女の声が突然聞こえてきた。「水島さん、小野さんも一緒にいるんですか?」
水島健一がふとスマホを見ると、先ほど誤って通話を取ってしまい、すでに一分近く話し中になっていた。
眉をひそめて切ろうとした瞬間、高橋鈴夏の慌てた声が聞こえた。「切らないでください!水島さん、小野さんも藤原結衣に騙されているんです!」
ちょうど良い音量で、小野陽太と黒沢翔太にもはっきり聞こえた。水島健一の手が止まる。
電話の向こうで、高橋鈴夏は早口でまくし立てた。「証拠の動画があります!昨日、私の友人が東隅公館で食事していた時、藤原結衣が同時にお二人と会っていたんです!しかも小野さんがプレゼントしたマフラーを水島さんに渡していました!水島さんが騙されるんじゃないかと心配で――」
水島健一はそれ以上聞かず、無言で通話を切った。
薄暗い光の中、彼が持ってきていた白いマフラーがやけに目立って見える。
隣の小野陽太は一瞬動揺し、昨日見たばかりのマフラーを思い出す――それはまさに自分が藤原結衣に贈ったものだった!まさか、他の男に渡すなんて!
空気が一気に凍りついた。小野陽太は慌てて藤原結衣に電話しようとするが、次の瞬間、水島健一に襟をつかまれる。
「昨夜、お前が告白したっていう人妻、藤原結衣のことだったのか?」