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第15話 稲妻が走る、的確な一撃

「最低ね!バカじゃないの?」

雨の中でその声が響き渡り、ひときわ耳に刺さった。


藤原結衣は唇をきゅっと結び、必死で笑いをこらえていた。今まで長く一緒に働いてきたが、高橋鈴夏がここまで同意できることを言ったのは初めてだった。


電話の向こうで、森川悠介は明らかに怒っていた。結衣の周りに他の人がいると気づき、怒鳴りたくても体裁を気にして電話を乱暴に切った。


森川悠介が怒りで取り乱す姿を想像するだけで、結衣は思わず吹き出しそうになったが、どうにか我慢して肩を震わせていた。


雨粒が彼女の頬に落ち、静かに光る。周りの人たちは彼女が泣いていると勘違いし、慌てて声をかけた。「結衣、大丈夫?きっと何かの誤解だよ。」


ただ一人、高橋鈴夏だけは心の中でほくそ笑んでいた。思い描いた展開とは違ったが、結衣が困っていればそれで満足だった。


彼女は咳払いをして、意味ありげに言う。「私が思うに、顔や能力より家柄が大事よ。ほら、陽太みたいにお嬢様なら、いつも運転手付きで送り迎えでしょ。でも中には、男に頼るしかない人もいる。そういう人が捨てられたら、泣く場所もないんじゃない?」


その言葉が終わるや否や、雨の中に大きな人影が現れた。鈴夏の顔が一気に華やぎ、恥じらいを浮かべた──彼女の彼氏が迎えに来たのだ。


「どうして来たの?同僚の車で帰るって言ったじゃない。」

「心配でさ、俺の大事な子だから。」

「もう、調子いいんだから〜」


鈴夏は彼の腕を取って、皆に紹介した。「この人が私の彼氏、鈴木孝夫。森川グループで働いてるの。」


孝夫はすらっとした背の高い、爽やかな印象の青年だった。


「鈴夏、彼イケメンじゃない。」

「森川グループって、学歴も高いんでしょ?あそこに入るの大変だもん!」


鈴夏は褒め言葉をすべて受け入れ、得意げな様子だった。注目を浴びるのが何より好きなタイプだ。


その時だ。スタイリッシュな黒い紅旗リムジンが編集部の前に静かに停まった。特別なナンバープレートがひときわ目を引き、堂々たる車体は圧倒的な存在感を放っていた。


一瞬で皆の視線が鈴夏の彼氏から車へと移った。


「うわ、紅旗のリムジンなんて初めて見た!しかもこのナンバー!」

「この車、高いの?」

「いや、値段じゃなくて、700万円くらい。でもお金があっても手に入らないんだよ。」


……。


700万?ロールス・ロイスも買えるじゃん、と皆はますます持ち主が気になった。


雨に霞む中、車のドアが開き、黒い自動傘がさっと差し出された。黒いスーツの男性が降り立つ。背が高く、広い肩と引き締まったウエスト。仕立ての良いパンツがまっすぐな脚を引き立て、歩く姿はまるでトップモデルのようだ。


彼が近づくにつれて、その存在感が周囲を圧倒していく。藤原結衣は彼の顔を見た瞬間、思わず目を見開いた──八年前よりも少年らしさが抜け、成熟した男の魅力と迫力が全身にみなぎっている。


結衣は思わず一歩前へ踏み出していた。


鈴夏がそれを見逃さず、皮肉っぽく言った。「どうしたの結衣部長、お金持ちに会えて嬉しいの?」


その瞬間、男性が結衣の目の前で立ち止まった。


傘が少し持ち上げられ、凛々しい顔立ちがはっきりと現れる。その存在感に、近くの広告に映る人気俳優も色褪せてしまうほどだった。冷たい空気と雨の湿気をまとった彼の気配に、結衣は無意識に服の裾を握りしめた。


森川修平──彼が帰ってきた。


結衣は視線を落とし、彼を直視できなかった。街の灯りと車のテールランプが雨を透かして彼女の横顔を照らし、淡い紅色に染めた。


その場の空気が張り詰め、雨音だけが響く。


小林陽太は視力が悪く、眼鏡もしていなかったので、雨越しにぼんやりと目の前の男性を見て、森川悠介にどこか似ている気がした。京都の名門校出身で、森川悠介や早川理恵は有名人だった。彼女は二学年下で、同じ部活だったため少しだけ接点があったが、高校卒業後は悠介と会っていなかった。森川家と藤原家の縁談があっても、遠くから見かけた程度だ。


だから、目の前の男性が記憶の先輩に少し似ているので、森川悠介が本当に結衣を迎えに来たのかと動揺した。


「結衣部長、この方がご主人?」と同僚が口火を切り、静寂を破った。


結衣が否定しようとしたその時、修平が先に鈴夏を一瞥し、その隣の鈴木孝夫を冷ややかに見て、淡々と問いかけた。「君の彼氏か?」


鈴夏は顔を赤らめ、この人が自分に興味があると勘違いした。みんなが彼を結衣の旦那だと思い込むのが滑稽だった。誇らしげに顎を上げて答える。「そうよ。」


その瞬間──


空気が凍りつき、鋭い音が響いた。誰もが何が起きたか分からないうちに、修平は孝夫の肩をつかみ、見事な投げ技で地面に叩きつけた。水しぶきが上がり、誰も彼の動きが見えなかった。


「孝夫!」鈴夏が叫び、修平の前に立ちはだかった。「ちょっと!私を口説きたいからって彼を殴るなんてひどい!どうしてもって言うなら、私が彼女になってあげてもいいけど!」


修平は無表情で、黒い前髪と白い肌、紅い唇が強いコントラストを描いていた。目は鋭く冷たく、どこか気だるげで傲慢な雰囲気すら漂わせているのに、なぜか気品がある、不思議な魅力を持っていた。


「あなたの彼氏は経済犯罪に関与していて、警察に指名手配されている。」声は冷静で淡々としていた。


鈴夏は呆然とし、孝夫を見た。孝夫はわずかに身を震わせると、痛みも忘れて逃げ出そうとしたが、もう遅かった。


静かな道路にサイレンが響き、赤と青のパトライトが雨を貫いて走ってくる。警察が素早く孝夫を取り押さえた。


──五分前、重要な経済詐欺犯がこのあたりに現れたという通報が入っていた。


「いやあ、まさか市民の方が協力してくれて、我々より先に犯人を取り押さえてくれるとは!」


鈴夏はその場に崩れ落ちた。まさか自分の彼氏が詐欺師だったなんて……しかも、さっき五十万円も貸したことを思い出し、我を忘れて孝夫にすがりついた。「お金!返してよ、私の金!」


返ってきたのは、「もう全部使っちゃったよ、残ってない」という言葉だった。


鈴夏は完全に呆然としてしまった。


警察の隊長は修平に礼を言おうとしたが、その顔を見て驚いた。「中村警部?」


「久しぶりだな、中村正雄。」


中村は感激していた。「さっきの通報、やっぱりあなたでしたか!この男、親でも見分けつかないくらい変装してたのに、一般人が指名手配犯を見抜くなんてありえませんよ!しかもA級指名手配、懸賞金十万ですよ!もしよければ、署まで手続きにご協力いただけませんか?」


熱心な中村警部に、修平は少し距離を取るように答えた。「必要ない、まだ用事がある。」


その態度もなぜか嫌味には感じられず、彼は生まれつき誰に対しても冷淡なのだと自然に思わせるものだった。


そして次の瞬間、修平は地面に落ちていた黒い傘を拾い上げ、長い指で傘を差し出し、結衣の頭上にそっと広げた。影と共に、静かな声が降りてくる。


「行こう、帰ろう。」

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