目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第20話 狭い道での再会、水島健一との鉢合わせ

「隠れメニュー」「特選メニュー」――名前からして高級感が漂う。


同僚たちは落ち着かない様子だ。田中綾乃が何か言いかけたが、藤原結衣にそっと制される。


藤原結衣は春風のような柔らかな声で、「大丈夫ですよ。陽菜が食べたいものを頼んでください」と微笑む。


ほどなくして、「天然とらふぐの白子羹」以外の料理が次々と運ばれ、テーブルの上は豪華な料理で埋め尽くされた。食事が始まると、水島健一は前回小林陽菜を公然と批判した時とは打って変わって、ユーモアを交えて会話を盛り上げる。次第に和やかな雰囲気になっていった。


やがてウェイターが「天然とらふぐの白子」を運んできた。陽菜が真っ先に取り分けて水島に差し出すと、水島はちらりと見てから返した。


「小林さん、勘違いしているようですが、この料理は私が注文したわけではありませんよ。」


陽菜が戸惑っていると、水島が続ける。


「天然とらふぐの白子は国内で禁止されてはいませんが、流通経路は厳しく、価格も非常に高い。さすがは藤原家のお嬢様、よくご存知ですね。」


その場にいた全員が息を飲む――金より高い!


田中綾乃が思わず聞く。「それって、いくらなんですか?」


「三百万円、1キロあたりね。」


「!」


「!」


テーブルいっぱいの料理を見渡し、誰もが心の中で計算する。この食事だけで少なくとも百万円はかかる……一般人からすれば、まさに天文学的な金額だ。


陽菜は水島の「よくご存知」を褒め言葉だと思い、頬を赤らめながら自分の前の白子を皆に分けようと立ち上がる。


だが皆は遠慮して手を振る。


「陽菜、自分で食べなよ。」

「うん、私はちょっと苦手で……。」


ご馳走になったら、次は自分が同じレベルで返さなければならない――そう考えて、皆が遠慮するのも無理はない。


陽菜の笑顔が一瞬固まり、思わず結衣を見つめる。「結衣さん、皆にも食べてもらうように言ってくださいよ。」


結衣はにっこりと微笑み、「小林さん、気にしなくていいですよ。自分で召し上がってください」と優しく言う。


「ふふっ」水島が意味深に笑う。「小林さん、一人でこんなにたくさん頼んで、なかなかの食欲ですね。」


陽菜は慌てて、「違います、皆さんにも食べて欲しくて……」と説明する。


水島は軽く流しながら、「私の勘違いでした。小林さんが“ご馳走”してくれるんですね」と言い、まだ控えていたウェイターに、「せっかくなので、皆さんにもこの時期の天然とらふぐの白子を味わってもらいましょう」と伝えた。


その場にいた全員――どう見ても水島が陽菜に罠を仕掛けたようにしか見えない!


田中綾乃も遠慮せず、「では、小林さん、ご馳走になります」と言い出す。


他の同僚たちも次々とお礼を述べる。


その時、藤原結衣がタイミングよくグラスを掲げた。「陽菜、副編集長昇進おめでとう。」


……ほかの同僚たちも陽菜に乾杯をする。


「さすが名家のお嬢さま、気前がいいですね。」

「ご馳走さまです、陽菜さん!」


……


陽菜は席で固まり、まるで石像のようになった。華やかなメイクでも、青ざめた顔色までは隠せない。どうして自分がご馳走することになったのか?もし本当に名家の娘なら百万円くらい大したことはないかもしれないが、現実は違う。普段から“お嬢さま”を装うためにバッグや服にお金を使い、藤原健次からもらうお小遣いや給料もとっくに使い切っていた。とても払える額ではない。


思わず水島を見つめる――彼が藤原結衣の依頼を断り、自分の取材だけOKしたのは、もしかして自分に気があるのでは?そんな淡い期待も、水島が微笑みながらも視線を結衣に向けているのを見て、違和感を覚える。


まさか、水島は結衣に気があるのでは……?そんな突拍子もない考えが頭をよぎった瞬間、


「ガタン!」


思わず手元が狂い、水の入ったグラスを倒してしまった。熱い水がはね、隣に座っていた藤原結衣の袖に染みが広がる。


水島は眉をひそめ、すぐさま立ち上がって結衣の腕をしっかり握る。「大丈夫ですか?火傷してませんか?」


「平気です。自分で拭いてきます。」結衣は腕を引こうとするが、


「俺も一緒に行きます。」


水島は強引に手首を取り、結衣を連れて部屋の出口へ向かった。


その瞬間、個室の木戸が開き、二人の見慣れた姿と鉢合わせする。早川理恵は淡い黄色のワンピース姿で、脚の怪我はまだ治りきっていない。森川悠介が彼女を支え、まるで恋人同士のように親しげだ。


部屋の中の皆も森川悠介に気づき、彼の隣にいる女性までは見えなかったが、結衣の夫だと認識し、からかうように声をかける。


「結衣さん、旦那さん優しいですね。来ないって言ってたのに、やっぱり来てくれたんですね!」


結衣の動きが一瞬止まり、ドアを閉めようとしたが、その音で廊下の森川が気づいた。


彼は顔を上げ、結衣と目が合うと、眉間にしわが寄る――結衣が自分を尾行していたのか?


だがすぐに、結衣の後ろにぴったり立つ男に気づく。男が手を伸ばしてドアを押さえた瞬間、その鋭い横顔が見えた。


森川悠介のこめかみがピクリと跳ねる。「水島健一……?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?