目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

第26話 無理しないで

途中で、車はスーパーマーケットの前に停まった。


結衣は洗面用具をいくつか買い、戻ろうとしたとき、改造バイクに乗った少年が猛スピードで通り過ぎ、タイヤが道端の水たまりを跳ね上げた。


結衣は思わず肩をすくめて身をかわした。


予想していた水しぶきはかからず、代わりに馴染みのある冷たい気配が彼女を包んだ。


目を開けると、修平の真っ白なシャツに泥が飛び散っていた。


申し訳なさが込み上げてきて、同時にあの無神経なバイク少年への怒りも湧いた。


結衣は買ったばかりのバゲットを手に取り、まるで槍を投げるように少年のヘルメット目がけて投げつけた。


不意打ちを食らった少年はバランスを崩して道端に倒れ、振り返って文句を言った。


「ヤバイ!逃げよう!」


結衣はすかさず修平の手を引いて走り出した。


十メートルほど離れたところで――


「改造バイク少年」内田力は苛立ちながら悪態をつき、そのまま「バイク仲間グループチャット」で愚痴をこぼした。


【内田力】:みんな!俺、やられた!武器はバゲットだぞ!


【健一】:は?また何やってんだよ?


【内田力】:本当だって!カップルの二人にやられたんだ。写真も撮った、投げたあと手をつないで逃げてったんだぞ?!バゲットの恨みは忘れねぇ。写真見て、誰か知ってるやついないか?[画像]


一方、結衣は修平と一緒に彼の家に着いた。


ここは彼が大学時代に購入した最上階のメゾネットマンションで、実際の広さは約200平米。


「着替えたほうがいいよ」と結衣が言い、さらに「汚れた服は私が洗うから」と付け加えた。


修平が自分をかばって服を汚したのだから、当然自分が片付けるべきだと感じたのだ。


しかし修平は動かず、じっと結衣を見つめるだけで何も言わない。


結衣は慌てて説明した。「クリーニングに出すって意味だから。」


「ふうん」と修平は彼女を見たまま、眉を上げて言った。「でもここで脱いでもいいの?」


結衣:「……」


足先が縮こまり、黙って道を開けた。


修平が二階に上がると、結衣はやっと息をついた。


部屋には八年前のカレンダーがまだ掛かっていて、修平が長い間帰っていなかったことがわかる。それでも窓はぴかぴかで埃一つなく、おばさんが定期的に掃除しているのだろう。


結衣は窓を開けて換気し、窓の外には京都のランドマークが見え、立ち並ぶCBDのビル群が美しいスカイラインを作っていた。観光客が絶えず訪れる人気の景色だ。


「金と酒に酔う」という言葉が、この街のためにあるようだ。


結衣の荷物はまだ藤原家に置いたままだったので、とりあえずスーパーで買ったものを持って二階に上がり、修平にどの部屋を使えばいいか聞こうと思った。


階段脇の部屋を通りかかると、電気はついておらず、ドアは手のひらほどの隙間が空いていた。


誰もいないと思って何気なく覗いた瞬間、ちょうど着替え中の修平と目が合ってしまった。


窓の外にはLEDスクリーンがあり、部屋の電気が消えていても、彼が最後のシャツのボタンを外し、テーブルのウェットティッシュで肌の水滴を拭う様子がはっきり見えた。


鎖骨はまっすぐ、胸筋は厚く、腹筋のラインもくっきりしている。


息が止まりそうになり、慌てて目を逸らそうとしたが、その寸前、扉の隙間越しに修平と目が合ってしまった。


結衣:「……」


まるで変質者みたいじゃないか……


恥ずかしすぎる。


結衣は慌てて視線を外し、何事もなかったように階段を下りた。


すぐに修平が着替えを済ませてやってきて、「ごめん、ドアの鍵が壊れてて、風で開いちゃった」と説明した。


結衣は首を振り、小さな声で「見ちゃいけないものを見たのは私だから、ごめんなさい」と言った。


修平の顔を直視できず、つい目線を下げた。


クローゼットの中には大学時代の服が並び、八年も経てばオーダースーツでは分からなかった体型の変化も、昔の服だと一目瞭然、どの服も窮屈そうだった。


さっき見てしまった胸筋のラインを思い出し、結衣は思わずまた目線を下げ、すぐにそれが不自然だと気付いた。


「……」


恥ずかしさで足先が床にめり込みそうだった。


結衣は今まで男性と二人きりになることはあったけど、悠介や健一、陽太とは平気だったのに、修平の前だとなぜか落ち着かない。


どこを見ていいかわからず、壁の絵をじっと見つめた。しかしそのガラスに自分の赤い顔が映ってしまい、悪いことをしたみたいだった。


そのとき、修平がふいに身を屈め、長い指が彼女の額に触れ、端正な顔がぐっと近づいた。


結衣は彼の薄紅色の唇が動くのを見た。「車のエアコンが冷たすぎた?風邪引いた?」


「たぶん。」


頭がぼんやりして、本当に風邪を引いたのかもしれない。


修平は紅糖生姜茶を淹れてくれた。暖かいキッチンカウンターの下で、袖をまくり上げた腕がすらりと伸び、青い血管が浮き、細長い指で銀色のスプーンを回しながら生姜茶をかき混ぜていた。水の音が静かに響く。


結衣がカップを受け取る時、顔の赤みはまだ引いていなかった。


立ち上る湯気が頬を包み、首筋までほんのりとピンク色に染まった。


修平はそばで汚れた服を手に取り、「もう遅いから、今日はゆっくり休んで。あの部屋のドアは明日おばさんに直してもらうよ」と言った。


結衣はほっとして、礼儀として「もう遅いし、もしよかったら今日はここに泊まってもいいよ」と口にした。


修平の足が止まる。


結衣は頭が真っ白になり、今の発言が場違いだったことに気づき、慌ててフォローしようとしたが、修平が低く笑って言った。


「明日早く起きなきゃいけないんだろう?無理しないで、先に帰るよ。」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?