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第30話 機械の達人、本領発揮

結衣は健一の表情を見て、動画の内容をすぐに察した――きっと、あの年の彼女が悠介に「告白」したときの映像がまた掘り返されたのだろう。


近づいて確認すると、やはりその通りだった。


以前は酒が醒めた後にこの動画を見て、まるで世界が終わるかと思った。しかし今となっては、むしろ動画を掘り起こしてくれた人に感謝したい気分だ。


結衣は落ち着いて言った。「確かに面白いね、私にも送って。」


健一は彼女をちらりと見て、にやりと笑った。「いいよ。」


そして話題を変えた。「残念だな、あの時はちょうどヨーロッパで合宿中だったから、今日初めてこんな面白い映像を見たよ。でも、君の告白のタイミングも絶妙だったな。悠介が理恵の海外行きのニュースを知った直後に、君が乗り込んできたんだろ?」


結衣はこの話を蒸し返したくなくて、周りを見回しながら「修理する車はどこ?」と訊いた。


「焦らないでよ」と健一は気だるそうに手を上げ、壁のボタンを押した。


シャッターがゆっくりと開き、車の……フレームが結衣の目の前に現れた。


「これ?」


「君に直してほしい車だ。」


「ふうん。」


健一は奇跡的に残った半分のフロント部分をポンと叩いて言った。「これ、俺の初めての車なんだ。あの頃は免許も持ってなくて、悠介や翔太たちとよく郊外のワインディングロードでレースしてたよ。」


昔を思い出して、健一の顔に素直な笑みが浮かぶ。


結衣は本で読んだことを思い出す。健一と悠介は高校時代は無二の親友だったが、理恵を好きになって対立し、ラリーで勝負して負けた方が引くことにした。この車は健一がその時壊したものだ。


当時血気盛んな健一は、悠介が細工したのではと疑い、悠介は負け惜しみだと皮肉り、二人は大喧嘩。大学を卒業して自分の会社に入り、仕事上の付き合いができてようやく少し関係が和らいだ。


結衣は他人事として、ポケットのレコーダーを押した。無免許運転に違法レース、これだけで健一は十分痛い目に遭うだろう。


そしてこのスポーツカー――彼女は廃車の前に立った。「これ、フェラーリ458?」


健一の目に驚きが走る。「どうして分かった?」


車はひどく損傷し、フロントは潰れ、エンブレムも失われている。元々山道の崖下から引き上げた時は、三日三晩も水に浸かっていて、本人ですら最初は気付かなかったほどだ。


結衣は説明しない。彼女はラリーにも関わったことがあり、もっとひどい車も見てきた。レーシングカーはモジュール管理されていて、壊れた部分はすぐに取り替えられるが、このスポーツカーは違う。


「今日は部品のリストアップだけする。今すぐ発注しても、いつ届くか分からない。」


「エンジンとミッションはどうする?純正はV8エンジンで総排気量4497cc、7速F1デュアルクラッチだったよな。もしカスタムしたいなら、ついでにやっておくけど?」


結衣の目には淡い興奮が宿る。彼女にとって、このフレームはまるでパズルのピース集め。破片を集めて組み上げるのは、面白くてスリリングな挑戦だ。


結衣の的確な言葉に、健一はようやく彼女の車への情熱が趣味の域を超えていると気付く。


「勉強したのか?」


「まあ、そんな感じ。」と結衣は曖昧に答えた。


彼女の経歴にはドイツの工学系大学への留学は載っていない。健一が調べても、ミラノのマランゴーニ学院卒としか出てこない――「モリア」という名前で。


健一の目にはさらに探る色が増した。「君のリストの部品、もう全部そろえてある。」


そう言い、倉庫のドアを開ける。中には様々な部品がきちんと並んでいる。「何日かかる?人手は何人必要?俺が手配するよ。」


結衣は少し考えて、「明日からでいい。自分のチームを使う。」


「明日か?」と健一が繰り返す。


彼は結衣が遅いと思っているのかと結衣は思う。以前F1ラリーに何度も参加した彼女にとって、ラリーでは車を替えることができず、修理時間もタイムに含まれるから、一秒でも無駄にできない。


結衣のチームはタイヤ交換1.8秒、廃車修理30分という記録を持っていた。しかしここはF1のピットではなく、設備や人員も限られている。


「急ぐなら最短で明日のお昼。それ以上は無理。」


健一はきょとんとした顔をする。


実は彼は、結衣が本当に修理できるとは思っていなかった。スポーツカーどころか、レゴのモデルだって一日じゃ完成しない。そもそも修理目的ではなかったのだ。


彼は微笑んだ。「いいよ、君が楽しいならそれで。」


結衣はその口調が気に入らず、眉をひそめる。こういう態度には慣れている。女だから無理だろうと思われているのだろうが、この業界には優秀な女性先輩も多い。


だが、健一は取引相手なので、不満は見せずに用意していた契約書を出した。「念のため、契約書を交わしましょう。」


健一は眉を上げる。「俺がごまかすとでも?」


結衣は答えず、彼がサインし終えるのを待ってから、「念には念を。備えあれば憂いなし。」


「遠回しに俺をバカにしてる?」と健一は鼻で笑う。「近くに美味しいステーキ屋がある。一緒にどう?」


「結構です、ご自由に。」


「ダイエット中?」


結衣は心の中で首を振る。食事は決して妥協しない。留学中は中華が高くて偽物ばかりだったので、よく夜中に自炊していた。


ある夜は大量の紅焼肉を作り、発酵した生地で焼いたパンにその肉を包んで食べた。脂と炭水化物の究極の組み合わせで、香りがドアの隙間から漂い出すほどだった。


翌日、留学生たちが中国語で「夜中に飯テロした人、ぜひ分けてください!」とアパートの玄関に書き残していた。


彼女がどれだけ食べることが好きで、こだわるかが分かるだろう。ただ、嫌いな人と食事をしたくないだけだ。


健一を遠ざけるために、結衣はうなずいて言った。「うん、ダイエット。太ったら悠介に嫌われるから。」


健一:「……」


その顔はまるで苦虫を噛み潰したようだったが、無理に誘うことはなかった。


健一が戻ってくると、結衣が呼んだ技術者たちが到着していた。八人か九人はいるだろう。


結衣は髪を高くまとめ、黒いキャップをかぶり、鉛色の作業服を着て、すっぴんの顔に黒く輝く瞳がまっすぐで力強い。彼女はテキパキと各人に作業を指示していた。


健一はごくりと唾を飲む。彼の中では「男の趣味を持つ女の子」は異性としてとても魅力的だ。しかも美人ならなおさら。


中高生の頃、彼はサッカーに夢中で、女の子たちは彼の気を引くために好きなチームを応援すると言いながら、ユニフォームさえ間違えていた。バイクが好きだと知れば、バイク仲間のふりをして近づいてきたり、彼の趣味を目標にする子もいた。今思えば滑稽だった。


健一は無意識かつ自信過剰に、結衣もその手の女の子だと思い込んでいた。だが目の前の光景は、そんな思い込みを打ち砕く一撃だった。


むしろ――結衣を知れば知るほど、彼女のことが分からなくなっていく気がした。


健一は思わず見入ってしまい、静かに座って彼女たちの作業を眺めていた。時間が経つのも忘れるほどだった。


一方ネット上では、結衣の動画が拡散されていた。だが残念なことに、彼女は「帰国した科学者」「地道に研究する」理恵と比較され、「顔だけ」「頭カラッポ」なファッション誌編集者として、ネットで叩かれる存在になっていた。

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