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第34話 暗流

陽太は何も言わなかった。


事情を知っている者たちも、皆黙り込んでいた。


どう言えばいいのか、これが悠介の口から出てくるとは……正直、少し滑稽だった。


スクリーンに映る冷静な結衣を見つめながら、陽太の心にはある決意が浮かんだ——彼は結衣に直接会いたくなったのだ。


時が静かに過ぎていく。結衣は室内にカメラがあることを知っていた。お粥が煮える間、無表情で箒を手に部屋を掃除しながら、カメラが隠されていそうな場所をさりげなく観察していた。


その時、玄関の外から暗証番号を入力する音が聞こえた。結衣は動きを止め、ドアスコープを覗くと、外には理恵、悠介、そして怒りをあらわにした健一が立っていた。


この三人の突然の訪問を前に、結衣は穏やかにキッチンへと引き下がった。


お粥を作っている最中、WiFiに繋いでいたデバイスに「Kurosawa」というiPhoneの信号が表示された。


考えるまでもない、陽太が自分に電話した時、きっと翔太に聞かれていたに違いない。


隠してあったあの携帯も、おそらく彼が仕掛けたものだ。


物語の中で、翔太は健一や陽太のような表立った存在とは異なり、密かに深い想いを抱くキャラクターだった。少年の頃、理恵に助けられ、それ以来ずっと彼女を陰から守ってきた。


彼を一言で表すなら、「聡明で陰のある」人物だろう。


表向きは温厚で人気俳優だが、その心の内は苔むす闇のように深い。うっかり踏み込めば、粉々に砕け散る危険さがあった。


結衣は部屋にカメラがあることを知っていた。お粥ができるまで、平静を装いながら部屋を掃除し、カメラが隠れていそうな場所に目を配っていた。


その時、玄関の外から暗証番号を入力する音がする。結衣は手を止めてドアスコープを覗き、外に立つ理恵、悠介、そして怒りを露わにした健一の姿を確認した。


結衣は動きを止め、掃除を続けながら、何も気づいていないふりをした。


悠介が最初に部屋へ駆け込んできて、鋭い視線で室内を隈なく見回し、最後にキッチンの結衣に目を留めた。


「結衣、なんでここにいるんだ?」彼は少し驚いたような声で問い詰める。


結衣は箒を下ろし、落ち着いた目で彼を見返す。「陽太の様子を見に来ただけよ。」


「見に来た?」「陽太に会いに来たんだろう?」健一が冷ややかに笑う。


結衣はその挑発を無視し、理恵に視線を向けた。「理恵さんも来てたのね。」


理恵は穏やかな微笑みを浮かべて近づく。「結衣さん、お噂はかねがね。悠介からよく聞いていました。」


「そう?私は悠介から理恵さんのこと、あまり聞いたことないけど。」


悠介の表情が曇る。


健一が場を和ませようと声を上げた。「まあまあ、そのくらいにしよう。陽太が体調を崩したと聞いて、みんなで様子を見に来たんだ。」


そう言いながら、部屋の中を見回し、陽太の姿を探している。


結衣がタイミングよく口を開く。「陽太は奥の部屋で休んでるの。ちょっと体調が良くないみたい。」


「体調が良くない?仮病じゃないのか?君に会いたくて仕方なかったんじゃないか?」健一が皮肉っぽく言う。


結衣はその言葉を気にも留めず、身を引いて「どうぞ中へ」と案内する。


理恵が部屋に入り、室内を一通り見渡してから結衣を見つめ、複雑な表情を浮かべる。


悠介はそのまま寝室のドアへ向かい、軽くノックする。「陽太、中にいるのか?」


部屋の中から返事はなかった。


悠介が眉をひそめてもう一度ノックしようとした瞬間、寝室のドアが突然開いた。


陽太はパジャマ姿で、髪は乱れ、寝起きのぼんやりした顔をしていた。結衣の姿を見つけると、ぱっと目を輝かせる。「結衣ちゃん、まだいてくれたんだ。」


そして、玄関に立つ三人に気がつくと、途端に表情がこわばる。「理恵さん、悠介さん、健一さん、どうしてここに?」


理恵が近づいて額に手を当てる。「陽太、大丈夫?具合が悪いって聞いたけど。」


「大丈夫だよ、ちょっと疲れてるだけ。」そう言いながら、陽太は思わず結衣に視線を送る。その目にはどこか頼りなさが滲んでいた。


健一はそれを見てさらに苛立ちを募らせる。「陽太、結衣に看病させて、何を企んでるんだ?」


「健一さん、違うよ。僕が結衣ちゃんにお願いしたんだ。」陽太は慌てて弁解した。


悠介が結衣に目を向け、探るような口調で尋ねる。「結衣、どうしてここに?」


「陽太が体調を崩したから、様子を見に来ただけ。」結衣は淡々と答える。


理恵が絶妙なタイミングで口を挟む。「悠介、まずは陽太をゆっくり休ませてあげましょう。話は後にしましょう。」


悠介は小さく頷き、結衣をじっと見つめてから、何も言わなかった。


健一はまだ何か言いたそうだったが、理恵が目配せで制した。


室内には一瞬、気まずい空気が流れた。結衣はこれ以上ここにいるべきじゃないと悟り、バッグを手に取る。「陽太が大丈夫なら、私は先に失礼するわ。」


「送るよ。」悠介がすぐに申し出る。


結衣が断ろうとしたその時、健一が先に言った。「俺が送る。ちょうど帰り道だ。」


結衣は二人を見て、最後に小さく頷いた。「わかった。」

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