目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第35話 ウェディングドレス騒動

結衣はこのチャンスを逃すはずがなかった。


すぐに悠介に電話をかけ、スピーカーモードにした。


「悠介、ウェディングドレスの件、鈴木哲に頼んだのはあなた?」


電話の向こうで、悠介はまだ寝ぼけている様子だった。


昨夜は何人かで病院で遅くまで忙しくしており、やっと数時間寝ただけで、突然の着信にイライラした口調で答えた。


「他に誰がいるんだ。」


「こんな些細なことでいちいち電話してくるなよ。」


言い終わると、バチンと電話を切った。


結衣は眉を少し上げ、口元にかすかな笑みを浮かべた。


悠介が認めた。鈴木哲に理恵のドレスを準備させたのは、やはり悠介自身だ。


――これでよし。


ポケットの録音機はずっと作動中だ。


だが、これだけではまだ不十分だ。今の録音だけでは決定的な証拠にはならない。


水島家はSNSの株を持ち、翔太はトップクラスの影響力と広報チームを抱えている。


その気になれば、健一がプラットフォームの流れを抑え、翔太が友人として悠介と理恵を擁護すれば、すぐに事実は覆され、逆に結衣に濡れ衣を着せることも簡単だ。


証拠品がなければ、浮気は現場で押さえなければならない。


明日は修平と婚姻届を出す日だ。修平を巻き込まないためにも、今夜中には決定的な証拠を手に入れなければならない。


結衣はすぐに考えを巡らせ、方法を思いついた。


隣で鈴木哲は、悠介の結衣への態度を見て、自分が理恵側についたのは間違いじゃなかったと確信した。


絶対的な忠誠心がなければ、それは裏切りに等しい。


すぐに口を開いた。「森川奥様、こんなに多くの人が見ている中で、なぜ自分を辱めるようなことを?私はただの雇われですから、上司の指示に従うしかありません。どうかお手柔らかにお願いします。」


その演技はまるでプロ顔負けで、何も知らない人が見れば、本当に結衣が無理難題を押し付けているように見えるだろう。


理恵までが前に出て、助理をかばった。


「結衣さん、私は悠介とは何もありません。彼にも何か考えがあるのでしょう。あなたが小さな助理を困らせる必要はありません。私たちはあなたのような名家の出ではありませんが、誇りはあります。」


結衣は黙った。


自分は一言もきついことを言っていないのに、まるで悪者扱いだ。


だが腹も立てず、ただ一言尋ねた。「早川さん、このドレスが私の予約したものだと知っていましたか?」


理恵は答える。「このドレスは悠介が支払いをしましたから、誰が着るかを決める権利は彼にあります。もし気に入っているなら、あなたが本人に言えばいい。私は口出ししません。」


結衣は微笑んだ。


もともと森川家の孫嫁として森川健一郎の誕生祝いに出席するため、森川家の面目を保つようにと家族から言われ、この高級ドレスを予約したのだ。


費用も本来は悠介が出すべきで、自分が払う理由はなかった。


しかも、このブランドのチーフデザイナーは、かつて結衣が取材したことのある膝を痛めたファッション界の重鎮で、その縁でドレスを借りることができた。


それに、このブランドではドレスと着る人の相性を厳しく審査するため、いくらお金を積んでも相応しくなければ貸してもらえない。


もちろん、今日このドレスを他人が着ていても、あの重鎮との関係からすれば、相手は結衣を責めることはなく、むしろ理恵と森川家をブラックリスト入りさせるだろう。


ファッション界は何よりルールを重んじ、そして根に持つ世界だ。


これは決して大げさな話ではない。


結衣は親切心から忠告した。「このドレスはあなたには合っていません。高価なものが必ずしも最良とは限らないですよ。」


事実を淡々と述べたまでだ。


このロイヤルブルーのベルベットのドレスは、装飾が華やかでクラシカルなデザイン。


だが理恵の顔立ちは淡く、主張が弱いため、こうした強い色は着こなせない。ドレスに負けてしまうだけだ。


いわゆる「ドレスに負けている」状態だ。


プロのファッション編集者として、結衣は淡いイエローのホルターネックドレスを指差した。「あちらの方があなたに似合うと思います。」


しかし、この言葉がどういうわけか理恵の神経を逆なでしてしまった。


「結衣さん、私たち一般人は高級ドレスを着る資格がない、とでも言いたいの?それとも、私を競争相手だと思ってわざと恥をかかせたいの?」


結衣は黙った。


言葉に詰まることのない結衣でも、理恵のこの二言には二度も沈黙してしまった。


「森川奥様、そんな言い方はありませんよ。早川さんに謝った方がいいんじゃないですか?そうでなきゃ、森川様に全部お伝えしますよ!」と、鈴木哲がここぞとばかりに脅しをかける。


結衣は肩をすくめて答えた。「どうぞご自由に。」


鈴木哲は意外そうな顔をした。まさかこの手が通じないとは。


――「結衣、あんたひどすぎる!どうして理恵にそんな言い方をするの?そもそも、あんたの藤原家なんて落ちぶれた家系は私の兄様にふさわしくないんだから!」


ピンク色の影が駆け寄ってきた。


結衣が目を凝らすと、雅沫だった。悠介の妹で、まだ十八歳になったばかりだ。


「結衣、言っとくけど、理恵ちゃんは私の兄様が好きな子なんだから、兄様はそのうちあんたと離婚するよ!知らなかったでしょ?兄様はわざわざ鈴木助理に理恵ちゃんのウェディングドレス選ばせたんだよ!」


「あ、そうだ!この前は兄様が理恵ちゃんに四百万円もする万年筆をプレゼントしたんだから。あんたみたいな没落家系じゃ、一度も見たことないでしょ?」


結衣は思わず感動しそうになった。


世の中、まだまだ親切な人が多い。


皆が次々と証拠を差し出してくれるので、録音機の容量も心配になるほどだ。


結衣はわざと信じないふりをした。「ありえない、悠介がそんなことするはずない……」


雅沫は結衣を傷つけるために手を振り上げた。「ウェディングドレス、全部持ってきて!」


スタッフたちが次々とドレスを運び出し、ホールいっぱいに並べた。


雅沫は一つ一つ説明する。「このドレスの裾には全部ダイヤモンドが使われてて、これは英国王室のデザイナーが作った作品、こっちは老舗ブランドの定番モデル……」


「どれも高価で、兄様が理恵ちゃんのために用意したものなんだよ。」


「羨ましいでしょ?あんたが兄様と結婚したときは、式すら挙げてもらえなかったのに。」


「こんな素敵なドレス、一生着られないよ。」


「理恵ちゃんは違うよ。兄様は理恵ちゃんが大好きだから、何でも一番いいものをあげるし、きっと盛大な結婚式もしてくれるはず!」


純白のウェディングドレスを見つめて、少女も夢見るように呟いた。「私もいつか健一と結婚するときは、絶対に盛大な式を挙げるんだから!」


結衣の眉がピクリと動く。


どうやら雅沫は健一が理恵を好きだとは知らないらしい。


「雅沫、そんなこと言わないで。」理恵は首を横に振る。「私が帰国したのは、あくまで研究に専念したいから。恋愛なんて考えてないよ。」


雅沫はますます理恵を尊敬する。「他の女の子はみんなお金持ちになりたくて必死なのに、理恵ちゃんは違う。理想を持ってる人だもん。だから兄様も惹かれたんだね!」


言葉の一つ一つが結衣を皮肉っている。


「そうだ、理恵ちゃん。知らないかもだけど、今ネットで大人気になってるんだよ?みんな美女科学者って褒めてるし、私の友達も綺麗だって言ってる。写真撮ってSNSに載せようよ、絶対みんな羨ましがる!」


「うん、好きにしていいよ。」と理恵は優しく答えた。


だが、二人は気づかなかった。自撮り写真には結衣も写り込んでいた。


写真を投稿した途端、たくさんの「いいね」がついた。


「わあ、理恵ちゃん、すごい反響だよ。兄様も健一様も、翔太様も、陽太も、それに……修平様も!」


その言葉に、理恵の目が一瞬揺れた。


修平も「いいね」したの?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?