「では、赤を添えた」
ただ、点。パラフィラジカルな熱線は、熔けるまでにオレフィンシートに包まれることを拒絶した。
意味の地平で凍え固まるクイックシルバー。
化石の道、足裏で刻む死者の羽音。アンキローシスによる冷たい火傷。
硝子の鳥籠、歌わぬ一羽の心臓。
水底に沈んだ砂糖菓子、輪郭は甘く崩れて色を明け渡す。
地平の果て、影を編む。無価値の絨毯、退屈とお前が呼ぶもの。
疲れ果てた名もなき、獣が寝そべる。貴様が呼んだのに。あれこそが我らが描くべき原風景。
「なぜ、手があるのに、口があるのに、使わない?」
視線を筆に、吐息で色を溶かす水。
時間の破片は音にも成れない、鋭利な沈黙が床に散らばる。
砂糖菓子は、沸騰し水槽が空になる。ああ、貴様がちゃんと呼べばよかったのに。
乾ききったノスタルジアの塩結晶は、嘗めれば傲慢の味がする。
他人の砂糖菓子山、載せた玉座で威張る裸の王よ。
どの水が甘いかを、数える王冠。何も生み出さずに、ふんぞり返るカエル。
「貴様がちゃんと呼ばぬから、虚ろなファインダーはひどく退屈だ」
青錆滲む、絨毯の淵。注射針は、走るカサブランカが落とし跳ねる。
さあ、彫刻は立ち上がる。いまや、涙を研ぐチュラッサン。
「でもね。彼らにとって『形而上学的な青カビ』でも、我らにとってはそれこそが青よ」
私は、確かに、と青に同意する。
煮詰めた蒸気、始まりの銃創。
パラフィラジカルな熱線は、熔けるまでにオレフィンシートに包まれることを拒絶したのだから。
最初の杭は、網膜の薄膜破り。静脈を逆流。
見よ。
貴様の戯言に触れ、砕け、水晶の塵となって舞い始めた。
硝子の鳥籠は自重に耐えきれず、ドルチェに崩壊。閉じ込められていた心臓は、脈打つサファイアとなる。
もう歌わない。もう震えない。ただそこにある孤独として。
我らの手は、影を掴むためにあり、我らの口は、星を噛み砕くためにある。
二十本は、方位磁針。常に互いを指し示して狂っている。
「でも、故に。我らは何ひとつ掴めはしないわ」
吐き出すプラグマティズムは、蝕む酸性の靄となり。吸い込めば、他人の夢の残骸を濾しとる。
「しかし、故に。奴は何ひとつ語れはしないのだ」
無数の「なぜ」を、積み重ねて固めただけの塩の柱が、砂糖山に載っている。
答えられなかった問いのモルタルライム、頭蓋を締め付ける拷問具。
我らが座し、戴くは痛みそのもの。
甘い水ではない。舌が焼けるほどの、乾きをこそ、我らは味わう。
「私の赤。一点の熱」
「わたしの青。拡散する凍傷」
二つが触れ合う境界。捩れ、燃える氷と凍る炎が、互いを喰らい合う螺旋。
チュラッサンが研いだ涙は、ミキサーに投げ込まれ、蒸発するたびに「意味」の悲鳴を上げるのだ。
カサブランカの花弁は、赤と青が争い疲れた果てに生まれる、無彩色の灰。
注射針は、もはや何も刺さない。在り得なかった色の血を、自らの内へ、内へと吸いあげる。
なれば今度は、黒を渡そう。
光が死滅した穴ではない。
すべての色を飲み込み、腹孕む沈黙の天体。
さあ、出来るならその黒に、貴様のナイフを突き立ててみせろ。
何色が、噴き出す?
「さあ、言葉を尽くしてから死ね。数えることしか能がない王よ。貴様が宣う『ありきたり』こそ最も怠惰な表現だ」
「我らは、掴まずとも次へ逝こうよ。わたしたちは身を汚すことを知る、ダカーポ・アル・フィーネだから」
足裏で刻む死者の羽音。アンキローシスによる冷たい火傷。
我らは、ナイフを突き立てに行こう。
沈黙の天体に喰い込むと、噴き出したのは――。
「私が期待した赤でも」
「わたしが予感した青でも」
「あるいは混濁の紫でもない」
溢れ出たのは、クロノ・セラム。
時間と成り損ねた、液状の「もしも」。
嘗て歌われたかもしれない、声帯を通過しなかった震え。
描かれたかもしれない、カンヴァスに触れなかった色彩。
生まれ得たかもしれない、ビッグバン以前の熱。
愛したかもしれない、誰かの交わされなかった視線。
割れないメロディチャート、無色透明色相環。
「きっと私も……いつか貴様のように数える王となる」
あの玉座で、滑稽な王冠を戴いて。
「だが、その時、私が数えるのは。決して、甘い水の雫ではない。クロノ・セラムの奔流から零れ落ちる、秒針の死骸を数えよう」
忘れられた一瞬の亡骸を、一つ、また一つと、指折り数えよう。
それが、貴様が創造したこの大惨事に対する、我が唯一の応答。
我らこそが芸術。
やがて、クロノ・セラムの流れは尽き、痕には、さらに深い、新たな「黒」が残るだろう。
だが、貴様のナイフは、すべての「もしも」を浴びて吸い込んだ。
もしも、裸の王であったとしても。手に持つナイフで。傷つき、汚れたその切っ先で。コンパスを望み歩くなら。
「きっと最初の赤が、再び宿るのよ」
「次には、きっと誰かの青が」
パラフィラジカルな熱線が、再び点として。
始めに戻り、終わりまで。
我らは、何度でもこの地平に、無価値な赤を刻みつける。