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パラフィラジカルからクロノ・セラムまで
パラフィラジカルからクロノ・セラムまで
裃左右
文芸・その他純文学
2025年07月23日
公開日
1,992字
完結済
「では、赤を添えた」  ただ、点。パラフィラジカルな熱線は、熔けるまでにオレフィンシートに包まれることを拒絶した。  意味の地平で凍え固まるクイックシルバー。  化石の道、足裏で刻む死者の羽音。アンキローシスによる冷たい火傷。  硝子の鳥籠、歌わぬ一羽の心臓。  水底に沈んだ砂糖菓子、輪郭は甘く崩れて色を明け渡す。  地平の果て、影を編む。無価値の絨毯、退屈とお前が呼ぶもの。  疲れ果てた名もなき、獣が寝そべる。貴様が呼んだのに。あれこそが我らが描くべき原風景。 「なぜ、手があるのに、口があるのに、使わない?」  その問いは、無理解への狼煙。  これはあなたが「退屈」と呼ぶものに、ナイフを突き立てる物語。

パラフィラジカルからクロノ・セラムまで

「では、赤を添えた」


 ただ、点。パラフィラジカルな熱線は、熔けるまでにオレフィンシートに包まれることを拒絶した。


 意味の地平で凍え固まるクイックシルバー。

 化石の道、足裏で刻む死者の羽音。アンキローシスによる冷たい火傷。


 硝子の鳥籠、歌わぬ一羽の心臓。


 水底に沈んだ砂糖菓子、輪郭は甘く崩れて色を明け渡す。


 地平の果て、影を編む。無価値の絨毯、退屈とお前が呼ぶもの。


 疲れ果てた名もなき、獣が寝そべる。貴様が呼んだのに。あれこそが我らが描くべき原風景。


「なぜ、手があるのに、口があるのに、使わない?」


 視線を筆に、吐息で色を溶かす水。


 時間の破片は音にも成れない、鋭利な沈黙が床に散らばる。

 砂糖菓子は、沸騰し水槽が空になる。ああ、貴様がちゃんと呼べばよかったのに。


 乾ききったノスタルジアの塩結晶は、嘗めれば傲慢の味がする。


 他人の砂糖菓子山、載せた玉座で威張る裸の王よ。

 どの水が甘いかを、数える王冠。何も生み出さずに、ふんぞり返るカエル。


「貴様がちゃんと呼ばぬから、虚ろなファインダーはひどく退屈だ」


 青錆滲む、絨毯の淵。注射針は、走るカサブランカが落とし跳ねる。

 さあ、彫刻は立ち上がる。いまや、涙を研ぐチュラッサン。


「でもね。彼らにとって『形而上学的な青カビ』でも、我らにとってはそれこそが青よ」


 私は、確かに、と青に同意する。

 煮詰めた蒸気、始まりの銃創。

 パラフィラジカルな熱線は、熔けるまでにオレフィンシートに包まれることを拒絶したのだから。


 最初の杭は、網膜の薄膜破り。静脈を逆流。


 見よ。

 貴様の戯言に触れ、砕け、水晶の塵となって舞い始めた。


 硝子の鳥籠は自重に耐えきれず、ドルチェに崩壊。閉じ込められていた心臓は、脈打つサファイアとなる。

 もう歌わない。もう震えない。ただそこにある孤独として。


 我らの手は、影を掴むためにあり、我らの口は、星を噛み砕くためにある。

 二十本は、方位磁針。常に互いを指し示して狂っている。


「でも、故に。我らは何ひとつ掴めはしないわ」


 吐き出すプラグマティズムは、蝕む酸性の靄となり。吸い込めば、他人の夢の残骸を濾しとる。


「しかし、故に。奴は何ひとつ語れはしないのだ」


 無数の「なぜ」を、積み重ねて固めただけの塩の柱が、砂糖山に載っている。

 答えられなかった問いのモルタルライム、頭蓋を締め付ける拷問具。


 我らが座し、戴くは痛みそのもの。

 甘い水ではない。舌が焼けるほどの、乾きをこそ、我らは味わう。


「私の赤。一点の熱」

「わたしの青。拡散する凍傷」


 二つが触れ合う境界。捩れ、燃える氷と凍る炎が、互いを喰らい合う螺旋。


 チュラッサンが研いだ涙は、ミキサーに投げ込まれ、蒸発するたびに「意味」の悲鳴を上げるのだ。


 カサブランカの花弁は、赤と青が争い疲れた果てに生まれる、無彩色の灰。


 注射針は、もはや何も刺さない。在り得なかった色の血を、自らの内へ、内へと吸いあげる。


 なれば今度は、黒を渡そう。

 光が死滅した穴ではない。

 すべての色を飲み込み、腹孕む沈黙の天体。


 さあ、出来るならその黒に、貴様のナイフを突き立ててみせろ。

 何色が、噴き出す?


「さあ、言葉を尽くしてから死ね。数えることしか能がない王よ。貴様が宣う『ありきたり』こそ最も怠惰な表現だ」

「我らは、掴まずとも次へ逝こうよ。わたしたちは身を汚すことを知る、ダカーポ・アル・フィーネだから」


 足裏で刻む死者の羽音。アンキローシスによる冷たい火傷。


 我らは、ナイフを突き立てに行こう。

 沈黙の天体に喰い込むと、噴き出したのは――。


「私が期待した赤でも」

「わたしが予感した青でも」

「あるいは混濁の紫でもない」


 溢れ出たのは、クロノ・セラム。

 時間と成り損ねた、液状の「もしも」。


 嘗て歌われたかもしれない、声帯を通過しなかった震え。

 描かれたかもしれない、カンヴァスに触れなかった色彩。

 生まれ得たかもしれない、ビッグバン以前の熱。

 愛したかもしれない、誰かの交わされなかった視線。


 割れないメロディチャート、無色透明色相環。


「きっと私も……いつか貴様のように数える王となる」


 あの玉座で、滑稽な王冠を戴いて。


「だが、その時、私が数えるのは。決して、甘い水の雫ではない。クロノ・セラムの奔流から零れ落ちる、秒針の死骸を数えよう」


 忘れられた一瞬の亡骸を、一つ、また一つと、指折り数えよう。

 それが、貴様が創造したこの大惨事に対する、我が唯一の応答。


 我らこそが芸術。

 やがて、クロノ・セラムの流れは尽き、痕には、さらに深い、新たな「黒」が残るだろう。


 だが、貴様のナイフは、すべての「もしも」を浴びて吸い込んだ。

 もしも、裸の王であったとしても。手に持つナイフで。傷つき、汚れたその切っ先で。コンパスを望み歩くなら。


「きっと最初の赤が、再び宿るのよ」

「次には、きっと誰かの青が」


 パラフィラジカルな熱線が、再び点として。

 始めに戻り、終わりまで。

 我らは、何度でもこの地平に、無価値な赤を刻みつける。

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