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第6話 家族の晩餐会の波乱


動画の中の女性は、雪のように白い肌で輝いていた。落ち着きとやわらかな物腰、話しぶりも理路整然としており、そのたたずまいには自然と安定感が漂っている。

特に最後の、両手の指を絡める仕草は、彼女の美しい顔立ちと並んで、橋本賢人のシャープな横顔が映り込むことで、まるで理想的なカップルのように見えた。


【お金持ちでイケメンなんて、ずるすぎる!】

【綾香さん、本当に話し上手。インタビューでも娘を気遣ってて、優しくて美人で、まさに玉の輿にふさわしい!】

【来世は絶対この2人の子どもがいい!】



そのまま竹風邸の主寝室へ戻る。

賢人は娘をそっとベッドに寝かせ、布団をかけてやる。振り返ると、綾香はまだスマートフォンを見ていた。

「外で見てくれ。」

低い声でそう言ったのは、娘を起こしたくないからだろう。

「千雪はぐっすり寝るから、起きないよ。それに、寝るときは上着を脱がせないと汗かいちゃう。」

綾香がそう言って注意する。

「汗をかいたらハンカチで拭くって言ってなかったか?」

賢人が問い返す。

綾香はあっさり認めた。

「拭かなくていいよ、まだ汗かいてないし。それに、千雪は熟睡してるから、抱っこする人が代わっても起きないの。」

つまり、あのとき主屋でわざと理由をつけていたことを、綾香ははっきりと賢人に伝えた。橋本真希と田中春代があんなに焦るとは思わなかったけど。

その言葉に、賢人はじっと彼女を見つめる。黒い瞳には冷ややかな光が宿り、普通の人なら背筋が凍るだろう。

だが、今の綾香にはそんな威圧は効かない。むしろ、彼の胸を指で軽く突きながら言った。

「お互い様よ。あなたのお母さんが先に仕掛けてきたんだから。」

「君は善人ぶってるだけだろ?」

賢人は意味ありげに言う。あの「一夜の出来事」を指しているのは明らかだ。

綾香は不機嫌そうに彼を押し返した。「賢人、もう一度だけ言うけど、あの夜の被害者はあなただけじゃない!信じないなら自分で調べてよ。これ以上この話で私を責めるなら……」

言い終わる前に、温かい大きな手で口元をふさがれた。彼の荒い手のひらが肌に触れ、あまり心地よくはない。

「うっ……この、バカ!」

綾香は目を見開いて彼を叩く。

「子どもの前で下品な言葉はやめろ。」

そう言い残して、賢人は娘の上着を脱がせにベッドへ向かう。

どうせ寝てる子どもには聞こえないのに!

綾香は呆れたように目を転がし、この男は言い負かされるといつもこんな言い訳ばかり、と心の中で毒づきながら、小さなソファに寝転がり、スマホの音量を最小にしてまた画面を見始めた。

賢人は娘の世話を終えると振り返り、綾香が暑そうにトレンチコートを脱いでいる姿を目にする。彼女は四角い襟のワンピース姿で、ソファに横たわりながらスマホに夢中になっている。襟元からは白い肌と柔らかな曲線がちらりと見えていた。

賢人は不意に視線を逸らし、よみがえる記憶の断片に動揺しながら、足早に主寝室を出てドアを閉めた。

綾香は一瞥もくれず、いつものように冷淡なその男が、去り際に耳まで赤くなっていることにも気づかなかった。



夜になり、橋本家の本宅ダイニングは明るく照らされていた。

長い洋風のテーブルには、家族がずらりと並ぶ。橋本航生は学校で、橋本美月は留学中のため欠席だが、他の家族は全員そろっている。

橋本宗一郎の指示で、弟やその妻、子どもたちが順番に綾香の前に挨拶し、顔を覚えてもらってから、ようやく食事が始まった。

綾香は一人ひとりをよく見なかったが、彼らの顔はすでに覚えきっている。

橋本家の食事は洋風で、それぞれのプレートやスープカップに料理が美しく盛りつけられている。厳格な「食事中は無言」などのルールはなく、静かな会話が食卓に流れていた。

綾香は少しだけ箸をつけると、すぐに千雪の世話に集中した。

隣に座る賢人は、彼女のプレートに目をやったが、特に何も言わず黙々と食べている。

「千雪、ご飯にお茶かけちゃダメだよ。スープを飲み終わってからご飯を食べようね。」

綾香がやさしく声をかけた。

「はーい!」

千雪はスプーンを上手に使い、夢中でスープを飲む。ふくふくした頬で一生懸命食べる姿は、見ているだけで幸せな気持ちになる。

「あらまあ、この子は本当に上手に食べるわね!まだ二歳なのに、こんなにきれいに自分で食べられるなんて。」

橋本和美が感心して声をかけた。「おばさんにお名前教えてくれる?」

千雪は黒い大きな瞳で和美を一瞬見つめると、またスープに夢中になった。その様子があまりに可愛くて、和美も思わず微笑む。

「千雪です。」

綾香が娘の頭をなでて代わりに答えた。

「いい名前ね!」和美はにっこりとほめた。「千雪、響きも素敵だし、意味もすごくいいわね。」そして「橋本千雪」とフルネームで呼んだ。

テーブルの空気が少し変わる。真希が早速、不快そうに口を開く。母娘が橋本家の名前を使うのが我慢ならないのだ。

「食事中なんだから、スプーンくらい誰でも使えるでしょ?箸ならともかく、褒めるほどのことじゃないわ。」

真希の言い方はきつい。

花音もすぐに母親に同調して、「そうよね、お母さんの言う通りだわ。」と場をしらけさせる。

和美が反論しようとしたが、それよりも早く綾香が口を開いた。

「千雪はまだ二歳ですが、子ども用のお箸も使えますよ。でも、さすがにお箸でスープを飲む人はいませんよね?」

綾香はやわらかな口調のまま、しかし意図的に花音の隣に座る、千雪より年上の健太に視線を送った。

健太はスプーンでごはんをぐちゃぐちゃにして、椅子の周りに米粒をばら撒いている。

花音は一瞬で顔色を変えた。綾香がここまで言い返すとは思わなかったのだ。

反論する間もなく、花音の夫・達也が厳しい声でたしなめる。「黙って食べなさい!長男の妻や叔母が話しているのに、口を挟むな。」

それと同時に、賢人が冷たい視線を送るのを感じて、達也はさらに妻を抑え、母・真希の言葉も封じた。

真希は居心地悪そうに箸を置き、黙り込んだ。

食事はぎこちないまま進んだ。


食事が終わっても、真希はまだ怒りが収まらない様子で、帰ろうとする賢人を呼び止め、綾香の前で言った。


「賢人、今度会社の秋の採用試験があるでしょ。美月があなたの秘書課に応募したいって言ってるの。お兄ちゃんなんだから、しっかり面倒見てあげてね。」

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