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第2話


◇◇◇


(風羅視点)



 できたら、隣にいる弟みたいに甘えてきて欲しい。

 昔みたいに、みんなと暮らしたい。と、言っても今は彼氏と同棲してるからそれは無理か……。


(それなら、一時でも良いから。━━また家族みんなで、一緒にご飯食べたいなぁ……)


 大地の姉である私、神龍時 風羅は数年前から胸の奥深く、内に秘めていた思いがあった。


 それは、末っ子の大地のことだ。


〈例のアレ〉以外にも問題になった、。中学生の時だ、ある【事件】によって家族の一部は離れ離れになってしまった。

 さらに、現在から約一年前。瑞々しい葉が香り紫陽花が鮮やかに咲いた、去年の夏のことだ。

 ちょっとしたことがきっかけで。とんとん拍子に、今の彼氏と県外で同棲することになった私。

 今の大地については、時々六つ子の三番目である嵐から生活状況を聞いている。事情を知った上で引き取ってくれた丑崎家の方々に感謝しかないのが、本音だ。


 先日のお夕飯の時、

「そういや、この間おめえの弟に会ったぜ。確か、〈ダイチ〉って名前だったか……?」

 同棲している彼氏からの発言。予想外の発言に、焦燥感が生まれる。

(……え、なんで?大地に??そもそも、大地と会う機会無かったはず⁉なんで??どうして!?その前にあの子、ッ……!?)

 不安定な気持ちになると、最悪な結果しか過ぎらない。

 そう思った瞬間、心臓の鼓動が速くなり、呼吸が浅くなる。数秒後に、血の気が引いていき眩暈が起きそうになった。

 だが、そんな事より事情を聞かなくては……!と、わずかに残っている一握りの冷静な思考で、無理矢理を切り替える。



ーーーー


━━━彼氏、曰く。

 私が仕事の研修で一週間くらい、家を空けている時。次男の宇宙が、この賃貸アパートに訪れたらしい。

 何故か分からないけど……、子島くんもだ。


 その時に、

『風羅が不在で残念だけど(嘘)。貴方に、そろそろ僕の兄弟をご紹介したいなぁと思ってましてね~♬あと、うちの妹がお世話になっているお礼もしたいのもありましたし。実は明後日に、偶然にも兄弟みんなが実家に帰ってくることになったんですよ~。なので、メモお渡ししますので遊びに来てくださいね☆』

と一昨日お誘いをされ、私の実家へ行ってきたらしい。

 だが、あの宇宙そら兄さんのことだ。何か考えがあっての行動からだと思う……。長年、兄弟をやっているとそれぞれの性格が嫌でも分かってくるものだ。良いところ、悪いところもだ。

 宇宙は、基本自分にとって利益の無い行動はしない。

 それにあの人は畜無害な見た目と雰囲気だけど……



 「お姉ちゃん……だいじょうぶ?」


 隣から耳に入ってきたトーンが落ちた、覇気のない声色。

 ここで、我に返る。

 その声の主へ視界を変えると。弟が眉毛を下げいつものたれ目が更に下がり、泣きそうな瞳でこちらを心配そうに見つめていた。

「うん、大丈夫よ!ありがとう。本当に優しいね、くーちゃんは。作ってくれるの楽しみにしてるね!今回の研修は何のプラペチーノを教えて貰ったの?」

 こちらの心境を悟られないように。いつもみたいに返答した私に、くーちゃんは自分の話しに興味持ってくれた事に嬉しく思ったのか、萎んでいた蕾が一気に花を咲かせたようにパァ……ッ、と明るくなる。


「あのね、あのねッ!ぼくね、お姉ちゃんの好きなアップルパイ風味のフラペチーノを教えてもらったの!!」


向日葵のように弾ける笑顔で言ってくる、くーちゃん。

(こういうところは、女の自分には足りないところだな……)

と、目の前の弟の無邪気さな可愛さにつくづく反省してしまう。そんな考えをしている中。



「……お姉ちゃんは、そのままで良いよ?」


 突然だった。

 なんの前触れもなしに弟からの、この言葉。

 先ほど、私が心に思ったことを会話に出したなら、この返答は成立される。だけど……


 私は、心の声を出していない。


 この状況の中、体温がサァー…と一気に落ちる。背中にゾワリ、ゾワリ、とミミズたちが駆け上がるような気持ち悪さが広がっていく。

 まるで心の中を見透かされたようで、今でもピンク色が混じった薄い琥珀色の瞳で、じぃー…、とこちらの瞳の奥を……。


 いや、思考を覗くように真っすぐと見てくる弟が、いつものくーちゃんじゃないようで。

 私の頭の中は、逃げろと言わんばかりに。警戒音が、けたゝましく鳴り響いている。

 そんな中、視線を変えずのまま。弟は言葉を続ける。


「ぼくは、どんなお姉ちゃんも好きだよ!ねぇ、そんなことよりさ……いつになったら、あのオジさんと別れるの?早く此処に帰ってきてよぉ……」


この言葉に、(またか……)と、今日まで二桁超えた質問に対して、静かに深い溜息を吐き出す。

 そして、いつもの弟だなと安堵している自分もいた。

(先ほどの弟の発言は、ただの偶然だろうな。馬鹿だなぁ……、何を非現実的なことを考えているんだろう。早く、ご飯の支度をしないと)

 呆れつつも、「その内にね」と簡単に言いつつ。きつね色にこんがりと揚がった唐揚げを一つ、二つと菜箸で取り油取りバットの上に重ねないように並べて置いていった。



***

 現在、私は東京都内の隅っこで賃貸アパートを借りていて、ただいま彼氏と同棲中である。


 くもりが言っているオジさんと言っても、中年ではない。少し年上というだけだ……たぶん。

 今日は、地元で毎年行われる《祭》で一時的に帰って来ただけの私。

 いつもの休日は、副業の翻訳の仕事で家におこもり状態だ。

 しかも今回だけではなく……くーちゃんに会う度に、毎回言われる呪いのような言葉。

 最初は、《寂しがって言っているだけだから、慣れてきたらその内に言わなくなるだろう》と思い、できる限り諭してきたが……こうも半年も続くと正直うんざりしているのが本音だ。だが、ふと思った。



「……くーちゃん。前にも話したけど私ね、こ……、彼氏と別れる気はないよ。何でいつも別れさせようと促してくるの?前もあったよね?バレンタインデーの時とか、あと……」



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