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第4話


 その人は、いつも女性陣だけではなく、スタッフたちから距離を置いていた。


 休憩時間でも一人で過ごし。女性特有の輪の中に入ろうとしなかった彼女。

 その人は、此処のスーパーでの研修時に私と同じようにレジ研修で苦戦した人だったが……どこか涼しげな顔をしていた。

 なんというか、俯瞰しているような、と言うべきか。


 ある時、午前の研修が終わり休憩室に入った時だ。

 先客に、━━彼女がいた。


「あ、草摩さん。お疲れ様です」


 奥の窓側の席で昼食を取っている彼女に、後ろから挨拶した私。

「……お疲れ様です。神龍時さん」

 見るつもりは無かった。相手の手に持っている薄い板型の携帯電話の中身が見えてしまい、次に話そうとした言葉が固まってしまう。

 そんな様子に気づいた草摩さんは、「あ、コレ?」と聞いてくる。


「す、すみません!見るつもりは無かったんですッ!!」


 後ろから声をかけたのが悪かったのか、タイミングが悪かったのか……。見えてしまったお相手さんの携帯サイトの中身プライバシー

 これから一緒に勤務していく同僚に誤解されたくなかった私は、慌てて弁解をする。草摩さんとは社交辞令での挨拶程度しかないため、性格どころか境界線さえも分からないのだ。

 ましてや、研修時間以外はグループに入らないどころか、誰とも世間話をしているところを見たこともない。

 余は、一匹狼の彼女。

 このまま嫌悪感持たれるだろうな、と覚悟しつつ私は謝罪を入れる。


「ん?あぁ、良いのよ。故意で覗いたわけじゃないの、分かっているから♬」


 カラッとした声色だった。むしろ、気にしていないような対応の彼女に安堵しつつ、普段のギャップに困惑してしまう。

「よかったら、一緒にご飯食べるかい?神龍時さん」

 ニカッと効果音が飛び出してくるような、悪戯っ子の少年に似た笑顔でのお誘い。

「あ、はい!ぜひ、喜んで!!」

 屈託のない笑顔と飾りっけの無い言葉に惹かれて。草摩さんからのお誘いで、気持ちに光が差したようになり応じた。

 素直な話、嬉しかったの一言。

 そのまま隣に座り、持参した〈カモフラージュ用〉のお弁当箱を開ける。



 学生時代にケーキ屋でアルバイトしていた時に、〈いつも食べる一食分〉を持って行ったことがあった。

 お昼休み中に一緒に食べた年下のアルバイトの子に


『風羅ちゃん……お外で食べる量、すごいね……。なんていうか、け、健康的っていうか?あ、ハハハ……』


と、ドン引きされたことがあった。

 それ以来、少食のイメージを持たれるようにいつもの量の三分の一くらいで持っていっている。簡単にいえば、世間一般女性と同じ量だ。


 でも、足りない。足りなさすぎて飢え死にしそうだよッッ━━━━!!


 なので…今日の退勤後も、商店街のお肉屋さんへ寄ってコロッケ×五個、厚切りハムカツ×六個。それだけじゃ栄養バランスが悪いので……〆に最近できたパスタ店の大盛ベジタブルパスタ、三皿を食べて小腹を満たせている。

 それで車で一時間くらいかかる帰路の途中で、スーパーに寄って晩御飯と朝食のおかずを購入していく。

 自宅に着いたら、兄弟が帰って来る前に洗濯物を取りこんで、夕飯の支度をする。そして、できあがったお夕飯を兄弟と一緒に食べている。

 その後は。家事の片づけをして、お風呂に入って。韓国ドラマを観ながら夕飯時にこっそり作った、デザートのアップルパイ×三ホールを食べる。後に、就寝。

 それが、最近のルーティンである。


 この時の私はメインでリラクゼーション店のスタッフとして働いているが、それだけだと経済面がキツかった。主に、自分用のご飯代が。

 それで副業として、此処のスーパーでオープニングスタッフとして働き始めたのがきっかけだ。

 正直な話。この業種とは、相性が良いとは思えていない……。

 レジ研修もそうだが、店内の環境も合わない現状であって。

 私の母は、生まれつき聴覚が鋭い人だった。〈環境音〉に敏感で色んな音が汚く混ざり合っている騒音が苦手であり、苦労していたそう。

 それが、私にも遺伝してしまったのか。

 スーパーで放送されている呼び込みの音楽、インカムから流れるスタッフ同士の連絡網などの〈音〉が、脳に貫きこの時点で堪えていた。

 家に帰っても、店内の雑音たちが頭から離れずリピートし響いている。おかげで、ベットに入っても寝られなくて睡眠不足が続いていた。



「神龍時さん。私さ、今週中に退職するんだ」




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