遥か昔――。
世界は、闇の王テネブラルムによって支配されていた。
空は黒雲に覆われ、陽の光は届かず。大地は魔物が蹂躙じゅうりんし、人々は希望を失っていた。
誰もが闇に屈しようとしていたとき、一人の魔女が立ち上がった。
名はルーシア。
大いなる叡智と魔力を携え、彼女はいくつもの試練と戦いを超えて、ついに闇の王を封印した。
世界に光が戻り、人々はようやく平穏を取り戻した。
偉大なる第魔法使いルーシアの名は希望の象徴として語り継がなければならない。
彼女の功績を、ここに「ルーシアの書」としてまとめる。
これから先、魔法を学ぶものたちの教典となることを願って――。
《ルーシアの書 第1章 第1節要約》
◆
抜けるような青空が、どこまでも高く広がっていた。
緑の木立の隙間から陽光が差し込み、小鳥たちが楽しげにさえずる。
ここは魔法学園ルメノーラ。
魔法使いの卵たちが、旅立ちを迎える朝だった。
今日は、卒業試験の日。
生徒たちは緊張の面持ちで、学園内にある学生寮から、ぞろぞろと試験会場の本校舎へと向かっていた。
「うわぁ、いよいよだ……。ねぇ、ルーシアの書って暗記できた? ウェネーフィカ」
濃紺のセーラー服と同じ色のケープをまとった二人の少女が、朝日を浴びながら並んで歩いている。
金髪の少女が不安げに声を漏らすと、隣を歩く黒髪の少女――ウェネーフィカはにこりと笑って、彼女の肩を軽く叩いた。
「もちろん! 第3章第3節までばっちりよ!」
「いいよなぁ、ウェネーフィカは成績優秀で……!」
照れくさそうに笑うウェネーフィカのボブヘアが、風に揺れて光を反射する。
「そんなことないわよ、フラウィア。私だって自信満々ってわけじゃないわ」
「いやいや! もしかして黒帽子、もらっちゃったりして!」
フラウィアの目がきらりと光る。
魔法学園ルメノーラの卒業生は、卒業証書の代わりに「とんがり帽子」を授与される。その帽子の色は、卒業試験の成績によって決まり、魔法使いの実力を象徴するものだった。
最高位が黒帽子。その次に白、青、緑、紫、赤と続く。
今日の結果次第で授与される帽子の色が決まる。
生徒たちの歩みには、自然と緊張が滲にじんでいた。
「ウェネーフィカが黒帽子ですって? そのセリフ、聞き捨てならないわね!」
背後から、ピンと張った声が飛んできた。
二人が振り返ると、茶色の長髪を一つに結んだ少女が立っていた。
少し吊り上がった目元に、強気な微笑みを浮かべている。
アルカナ。
彼女もまた、黒帽子候補と目もくされる成績優秀者だった。
「あら、アルカナ。魔力の揺らぎを感じるけど……もしかして、寝不足かしら?」
ウェネーフィカが彼女を一目見るなり、さらりと言った。
図星だったらしい。アルカナは一瞬固まり、ぎこちなく眉間に皺しわを寄せた。
「なっ、なんでわかったの? 確かに緊張して、全然眠れなかったけど!」
「このままだと実力が出せないわ。少しだけ……魔力、整えてあげる」
ウェネーフィカはそっと両手をアルカナの頬に添えた。
ふわり――。
光がにじむように指先から広がり、淡い金色の魔力がアルカナの体を包み込んだ。
緊張がほどけていく。まるで温かな光に抱かれているようで、彼女は自然と目を閉じていた。
「ふぁ……。え……? 私、今ちょっと……寝てた?」
目を開けたアルカナは両手を握ったり閉じたりしながら、確かに自身の魔力が充実していることを実感した。
「もう大丈夫ね。さぁ、アルカナも試験、一緒にがんばろうね!」
「おっ、お礼は後で必ずするんだからっ! これで勝ったと思わないでよねっ、ウェネーフィカ!」
真っ赤になったアルカナがぷいっと顔をそむける。
その様子を見たフラウィアが、やれやれと肩をすくめた。
「まったく、あんたってほんとお人好しなんだから……」
「実力を出しきれないのは、もったいないじゃない?」
ウェネーフィカが笑顔で応えると、一部始終を見ていた他の生徒たちが、わっと彼女のもとへ押し寄せてきた。
「ウェネーフィカ! 私にもやって!」
「頼む! 昨日、夜中まで勉強してて!」
「朝から筋肉の張りが悪くてさ!」
「お願い……私も!」
あっという間に彼女の周囲は生徒の波に囲まれた。
「わかった! わかったから順番にね! でも私の魔力にも限界があるから、少しだけだよ?」
ウェネーフィカは、試験会場である本校舎の目の前で、最後まで仲間たちの魔力を癒やし続けたのだった。
魔法学園ルメノーラ。
その年の卒業試験は、かつてないほどハイレベルだったという――。