朝から始まった卒業試験は夕方近くに終わり、引き続き卒業式が行われる。
すでに夜の帳とばりが降り、空に瞬く星たちが卒業生たちを見守っていた。
魔法学園ルメノーラの講堂は、いつになく厳おごそかな雰囲気に包まれていた。
壇上に立つのは、黒い儀式用ローブをまとったノクティス校長。禿げた頭に、長く豊かな白髭が威厳を添えている。
卒業生たちは整列し、卒業証書の代わりとなる「とんがり帽子」を受け取るのを待っていた。
「いよいよだね、ウェネーフィカ」
隣のフラウィアが、小さく声をかけてくる。
ウェネーフィカは無言でうなずいた。
胸の奥がざわついていた。不安と期待が入り混じる感情。
筆記試験も実技も、自分なりにやれることはすべてやった。
けれど。
もっとできることがあったのではないかと、ウェネーフィカの心のどこかが静かに騒いでいた。
「私、今日は完璧でしたから。きっと黒帽子だわ!」
反対側に立つアルカナが誇らしげに胸を張る。
ウェネーフィカはまた静かにうなずいた。どんな結果でも悔いはない、と自分に言い聞かせるように。
ノクティス校長が一歩前に出る。
「おほん! 今年の黒帽子は……」
会場の全員が、ごくりと息を飲む。
「アルカナ!」
ざわめきと共に歓声が上がった。
アルカナは一瞬驚き、ぶるぶると体を震わせた。目には涙がにじんでいる。
「ふふふ、やりましたわ! お父様、お母様!」
彼女は思わず天を見上げて、両手をぐっと握りしめた。
「おめでとう、アルカナ。今日の君は特に優れていたよ。普段以上の力を発揮することができていた」
校長の杖が宙をなぞると、黒く輝くとんがり帽子が現れ、アルカナの頭上にふわりと降りていった。
講堂に、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
「さて、次はみんなへ帽子を贈ろう!」
続いて、校長が両腕を広げると、卒業生全員の目の前に光り輝く帽子が出現した。
光がゆっくりと色づいていき、各々おのおのの生徒の帽子が定まっていく。
「わっ、私、白! 白だよ、ウェネーフィカ!」
フラウィアが両手で帽子を掴んで、嬉しそうに叫んだ。白帽子は黒に次ぐ上位の証。将来を約束された色だ。
「俺も白!」「私は青!」
周囲から喜びの声が次々と上がる。
誰もが、自分の努力が報われたことに安堵し、誇らしげだった。
「ねえ、ウェネーフィカ? あなたは……?」
ウェネーフィカは答えなかった。
ただ、手の中に抱えていた帽子の色が、静かに語っていた。
――赤。
フラウィアが息を呑む。
「うそ……赤? ウェネーフィカが……」
アルカナも目を見開き、周囲の空気が変わった。
赤帽子。卒業生の中で最も低位の評価。
それを手にした者の未来は険しく、選べる道も少ない。
だが、ウェネーフィカは驚くでも、悔しがるでもなく、静かに目を閉じていた。
ただ、まっすぐに、まるで全てを受け入れるかのように立っていた。
……次の瞬間、赤い帽子がふわりと落ち、糸が切れた操り人形のように、彼女の体が前のめりに崩れ落ちた。
「ウェネーフィカ!? 大丈夫!?」
フラウィアとアルカナが、すぐにしゃがみ込んで肩を揺さぶる。
反応はない。
周りの生徒たちも、ウェネーフィカが倒れていることに気づき、ざわざわし始める。
「どうした?」
素早く駆けつけたノクティス校長が、彼女の状態を見てつぶやく。
「……魔力切れだ。極限まで消耗している」
アルカナがはっとしたように顔を上げる。
――「魔力、整えてあげる」
アルカナは今朝のことを思い出した。
試験の前に、緊張している生徒たちの魔力を次々と癒やし続けたウェネーフィカ。
アルカナの寝不足を真っ先に見抜き、魔力を整えてくれたのもウェネーフィカだった。
卒業試験という人生の岐路にあっても、彼女は自分のことよりも友人を優先したのだ。こうして黒帽子を手にできているのは……間違いなくウェネーフィカのおかげだった。
アルカナは声をあげて泣いた。
「彼女は医療室へ運ぶ。他の者は式を最後まで全うするように」
ノクティス校長はそう言い残すと、魔法で彼女の体を浮かせ、講堂を後にした。
◆
やがて卒業式の締めくくり、転送魔法の儀式が始まった。
光に包まれた卒業生たちは、それぞれの故郷へと空を飛んで帰っていく。
その光景はまるで夜空に咲く光の花のようで、幻想的な景色が、魔法学園ルメノーラの夜空を美しく彩った。
だが、その中にウェネーフィカの生まれ故郷である、フロレンシアの村へと向かう光は見当たらなかった。