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第10話

 秋の陽が傾き、橙色の光が村を優しく染め始める頃。


 ウェネーフィカは村の外れにある小屋に戻り、薬作りに集中していた。午前中とは打って変わって、魔力の流れが驚くほど穏やかで安定しており、いつも以上に調合が進んだ。


 ――集中しているときのウェネーフィカの魔力は、こんなにも澄んでいて美しい。このまま、まっすぐに成長してほしいものね。


 ルーシアは彼女の背を見守りながら、静かに願った。


 コンコンコン!


 突然、戸を叩く音が響いた。

 ウェネーフィカは薬研を動かす手を止め、顔を上げる。扉の外には、果樹園で働くお調子者の青年、ティオの姿があった。


「ウェ、ウェネーフィカちゃん! 王国騎士団がもうすぐ村に到着するって! みんな広場に集まってるよ。村長が、君も呼んでこいってさ」


「……王国騎士団?」


 ティオはいつもの快活な笑顔を浮かべ、子どものような無邪気さでウェネーフィカに声をかけた。

 (今朝、空から見えた兵士たち……あの一団が到着したのね)


 頭の中に今朝の映像が浮かび上がり、胸がざわつく。


(大丈夫。お父さんもお母さんも、心配いらないって言ってた。それに、ティオもこんなに楽しそうにしている)


 自分に言い聞かせながらも、心臓の鼓動が速まっていくのを止められなかった。


 ◆


 広場へ到着すると、父母がにこやかに出迎えてくれた。


「おお、ちょうどいいところに来たな。今まさに王国騎士団が到着したところだ」


 村の入り口から、整然とした列を成した騎士たちが進んでくる。人数は二十名ほどで、今朝、鳥の目の魔法で見た時と同じ顔ぶれ、同じ装備だった。


 村人たちもほぼ全員が広場に集まっていたが、誰も怯えている様子はなかった。むしろ表情は明るく、騎士たちの訪問を歓迎しているようだった。それを見て、ウェネーフィカの緊張も少しだけ和らぐ。


 隊列の先頭に立っていたのは、白い装飾の鎧に身を包んだ若い男。背筋を伸ばし、片手に白い兜を抱えている。風にたなびく金髪と整った顔立ち。騎士団のリーダーであることは一目で分かった。


 彼を見た村の年頃の女性たちが「きゃー」と声を上げ、ひそひそと色めき立つ。


 後方の兵士たちも若者ばかりで、年配者はほんの数名しか見当たらなかった。


「卒業したばかりの新米騎士が、まず各地の村や町を巡るんだってさ。国を知り、愛し、守るためにって」


 ティオがそっと耳打ちする。

 なるほど、彼らは実地研修の最中なのかとウェネーフィカは納得した。魔法学園と同じように、騎士にも訓練の場があるのだと実感する。


 やがて兵士たちは広場の中央で行進を止め、隊列の先頭にいた白い鎧の騎士が一歩前へ出た。

 呼応するように、村長も前へ進み、向かい合った。


「三年ぶりになりますね、セルヴァン様。ようこそ、フロレンシアの村へ」


「ああ、ありがとう。数日、世話になるよ」


 白い鎧の騎士、セルヴァンと呼ばれた男が爽やかに微笑む。彼の声に再び女性たちがざわめく。


「ところで、この3年で変わったことや困っていることはないか? 我々にできることがあれば、力になるぞ」


「変わったこと……そうですね。半年前、魔法使いのノアナが亡くなりました。今は、新たな魔法使いが後を継いでおります。ウェネーフィカ、おいで」


 名を呼ばれたウェネーフィカは、ゆっくりと人ごみをかき分けて前に出た。村長の隣に立ち、軽く一礼する。


 顔を上げると、セルヴァンの青い瞳がまっすぐに見つめていた。吸い込まれそうな瞳に、一瞬だけ心を奪われそうになりながらも、ウェネーフィカは落ち着いた笑顔を浮かべた。


「ノアナ様の跡を継ぎました、ウェネーフィカと申します。どうぞお見知りおきを」


「おお、ずいぶんと若い魔法使いだな。その若さで村を支えているとは、頼もしい。私は王国騎士団・第四騎士団長、セルヴァンだ」


 セルヴァンが右手を差し出す。少し戸惑いながらも、ウェネーフィカも手を伸ばし、握手を交わした。


「我々は国内各地の視察任務を担っていて、立ち寄る先々で魔法使いから祝福を受けるのが慣例となっている。突然で恐縮だが、我々にも君の加護を授けてはもらえないだろうか?」

「……わかりました。お任せください」


 ウェネーフィカは小さく息を吐き目を閉じた。

 祈りの詠唱に入ろうと両手を広げたときだった。


「……だけどよ、赤帽子だぜ」

「ああ、たいしたことないだろうな」


 騎士たちの列から漏れ聞こえた、低い声。ウェネーフィカの手がピタリと止まった。


(やはり、赤帽子の烙印は、どこまでもついて回るのね……)


 卒業試験で力を出しきれず、最低評価の赤帽子を授与された。村へ戻ってからは、ノアナの元で修行を重ね、村人たちから十分な信頼を得るまでになったというのに。


(街の者たちは、色でしか魔法使いを見ていない。分かっている。分かってはいるけれど……)


 ウェネーフィカはぐっと唇を噛み締めた。

(大丈夫。こんなことで心を乱されたりしない)


 再び両手を上げようとした瞬間。


「詠唱をやめたまえ、ウェネーフィカ」


 突然、両腕を誰かに掴まれた。動きを止められた衝撃に目を見開く。

 目の前で彼女の腕を掴んでいたのは、セルヴァンだった。

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