王国第四騎士団長であるセルヴァンの青い瞳が、まっすぐにウェネーフィカを見つめる。
彼の視線は静かなる怒りを湛たたえ、きりりと結ばれた口元は怒気を押し殺すように固く引き結ばれていた。
強制的に解除された加護の魔法に、村人たちも驚きと不安の声を上げる。
(……やっぱり、騎士団長さまも赤帽子の魔法使いに詠唱されるのは嫌なのかも)
――何よそれ。失礼すぎるでしょ! 私がぶっ飛ばしてやろうかしら!
ルーシアの声がウェネーフィカの心に飛び込んできた。怒りのあまり震えるような声だった。
(まあまあ、落ち着いてルーシア様)
――落ち着いてなんていられますかっての! ウェネーフィカを馬鹿にするなんて、許せないわ! ああもう……この身に実体があれば、雷の魔法でもぶちかましてやるのに!
ウェネーフィカは思わず苦笑いする。ルーシアが怒ってくれるのが嬉しくて、さらに彼女の感情の激しさが、むしろ冷静にさせてくれた。
セルヴァンが兵士たちの列に向き直った。
「……セルトル、ヴァロ」
「はっ!」
隊列の中ほどにいた若い騎士ふたりが名を呼ばれて、姿勢を正す。セルヴァンは無言のまま彼らのもとへ歩み寄る。重い足取りから、ただならぬ気配がにじんでいた。
「君たちは、卒業して間もないと聞いたが」
「は、はいっ! 騎士団に配属されて半年になります!」
直立不動で返事をするふたり。どこか誇らしげに胸を張っている様子に、セルヴァンは静かに問う。
「……学校では、人を色で判断するよう教わってきたのか?」
一言で、空気が凍った。セルトルとヴァロの顔から血の気が引く。先ほどの会話を聞かれていたのだと察したのだろう。額に浮かぶ脂汗が、沈黙の重さを物語っていた。
「い、いえっ……決して、そのような意図では……」
セルトルがようやく絞り出すように言い訳を口にする。
「では、改めて問う。我々騎士団は、何のためにある?」
「……民を守り、国の平和を保つためです」
今度はヴァロが答えた。かすれた声には、後悔と戸惑いの色が見える。
「その通りだ。民あっての国、だ。私たちは、その民を守るために存在している。全ての民に、敬意を持って接すること。それを忘れるな」
「……申し訳ありませんでした」
「以後、言動には細心の注意を払え。次はないと思え」
「……はっ」
ふたりの顔は真っ赤に染まり、深々と頭を下げる。セルヴァンはくるりと踵きびすを返し、ウェネーフィカの前に戻ると、そのまま片膝をつき、深く頭を下げた。
「私の部下が無礼を働いたこと、心よりお詫びします。どうかお許しください」
その場にいた誰もが息をのんだ。高位の騎士団長が、一介の魔法使いに膝をついて詫びるなど、前代未聞のことだった。
「い、いやっ……そんなっ! 全然気にしていませんから! どうか、顔を上げてください!」
慌てて手を振るウェネーフィカだったが、セルヴァンは姿勢を崩さない。静かに言葉を続けた。
「……よろしければ、もう一度、祝福を賜たまわれないだろうか」
ウェネーフィカは小さく頷いた。
「……では、長旅の疲れを癒し、これからの力となる祝福を」
「全員! セルヴァン様に倣ならえ!」
先頭に立つ年配の騎士が、威厳のある声で号令を発する。瞬く間に全騎士が片膝をつき、頭を下げた。
ウェネーフィカは深く息を吸い、目を閉じて詠唱を始める。
「ラメリア光・アルセ授けよ・セレノア静穏――」
その言葉とともに、彼女の体がふんわりと光を帯び始めた。
「おおっ……!」
村人たちが感嘆の声を上げる。彼女の魔法を、こうして目にするのは初めてのことだった。
――ウェネーフィカ、見せてごらんなさい。今までのすべてを。
ルーシアの声が、優しく背を押す。
この村に来てから、ウェネーフィカは学び続けてきた。ノアナから魔法の基礎を、一人での生活の中からは忍耐と工夫を。彼女はもう、ただの学生ではないのだ。
赤い帽子が静かに深みを増し、魔力が渦のようにウェネーフィカの体を巡る。ルーシアの膨大な魔力が少しずつ流れ込んでくるのがわかる。
(力が……みなぎる!)
光はやがて、まばゆいばかりの大きさに膨れ上がった。
夕暮れの空は茜色に染まり、村の屋根が長く影を落とす。そこへ降り注ぐ光は、まるで秋の陽だまりのように、静かに、そして確かに村全体を包みこんだ。
光は騎士たちへ、村人たちへ、家々へと、優しく吸い込まれていった。
誰もが、自分の体がぽかぽかと温まっていくのを感じていた。
「……セルヴァン様。祝福は、終わりました」
ウェネーフィカが静かに告げると、セルヴァンはそっと目を開けた。
驚きに満ちた眼差しを向け、ゆっくりと立ち上がる。周囲の騎士たちも、疲労が軽くなったことを肌で感じていた。
「……肩が、軽い……」
「脚が楽になった……本当に癒されたんだな」
ぽつりぽつりと、感嘆の声が広がる。中には、腕に違和感を覚えていた騎士が「治ってる……?」と呟いていた。
セルヴァンもまた、長旅で痛めていた足の痛みが消えていることに驚いていた。これまで各地の村で祝福を受けてきたが、これほど強い加護は初めてだった。
「祝福といっても、初級魔法なので、たいした癒しにはならなかったかもしれませんが……まだまだ私にはこのくらいしかできなくて。すみません」
ウェネーフィカは、照れたようにうつむくだけだった。
「これで初級魔法だと? ウェネーフィカ……君は、一体……」
声を失いかけながら、セルヴァンは彼女から目が離せなかった。
――ウェネーフィカ……あなたは、やはり並外れた才能の持ち主だわ。闇の王の封印を託すのに、これ以上の存在はいない。
ルーシアは、心の奥で静かに笑っていた。