湊斗は灯里の後ろに立ち、氷のような表情を浮かべていた。
灯里は気配を感じて振り返る。
やっぱり、彼もいたのね。
灯里はすぐに視線を戻し、正確にソファの隅にいる夜亜を見据えた。
さっきまで足を組み、髪をいじりながら得意げに笑っていた彼女は、
今やその笑顔を消し、憎しみのこもった目で灯里を睨んでいる。
どうやら、ここでの集まりは初めてではなさそう。
もうずっと二人で会っていたのね、しかも隠そうともしない。
湊斗が一歩前に出る。
他の人たちはやっと我に戻って立ち上がった。
「いやっ、ごめんなさい!俺たち、余計なことを……!」
「違うんです!湊斗と戸崎さんは何もありません!」
「奥さん、どうか気にしないでください!」
湊斗は灯里の手首をつかみ、無理やり引っ張って外へ連れ出そうとしたが、
灯里は勢いよく振り返り、手に持っていたドリンクを彼の顔にぶちまけた。
場の空気が凍りつく。
誰もが頭皮が痺れるような衝撃を受ける――
まさか、みんなの前でここまでやるなんて!
そして灯里は柔らかな笑みを浮かべ、甘く澄んだ声で言う。
「どうぞ、大切な人と楽しんで。私はお邪魔しませんから」
そう言って、彼の手を力強く外そうとした。
湊斗の顔は怒りで真っ青になり、灯里を腰から抱え上げて、そのまま部屋を出ていった。
静まり返った部屋。
廊下で、灯里は湊斗の肩の上で必死に抵抗する。
ちょうどエレベーターの扉が開いた。
湊斗は灯里を担いだまま中に入り、そこからは気まずい沈黙。
彼は彼女をそのまま乱暴に車の後部座席に放り込み、自分も乗り込んだ。
灯里は目が回りながら体を起こす。
逆さまにされて落とされたせいで、吐き気がこみ上げる。
湊斗は濡れた顔を拭きながら、冷たい声で問い詰める。
「ここに何しに来た。浮気現場でも押さえに?」
灯里はティッシュケースの後ろの銀色の四角い小さなパッケージに目をやり、胃の中がさらに逆流しそうになる。
すぐにドアノブに手をかけた。
この車、もう耐えられない。
「灯里!」湊斗は怒りを込めて彼女を引き戻す。
「どこへ行くつもりだ!」
灯里は呼吸を整え、手のひらをぎゅっと握る。
「帰る」
湊斗は険しい顔で田中翔に運転を命じた。
車内は沈黙が続く。
灯里はドアに体を寄せ、顔色は真っ青。
家に着くと、灯里はすぐにキッチンに駆け込み、冷たい水を一気に飲み干してようやく落ち着いた。
リビングに戻ると、湊斗が険しい顔のままソファに座っていた。
息が詰まるような沈黙の後、湊斗が先に口を開く。
「俺はプロジェクトの話に行ってたんだ!お前があんな騒ぎを起こして、どれだけ恥をかかせれば気が済む……自分のこと、みっともないだと思わないのかよ!」
「で?」
灯里は異様なほど冷静だった。
「これからも一緒にいたいなら、無駄な嫉妬はやめろ!俺はお前をあやす暇なんてない」
「うん、で?」
灯里の声は、変わらず静かだった。
「……」湊斗は眉をひそめる。
「灯里、今のお前、正直うんざりだ」
灯里は立ち上がり、口元にかすかな笑みを浮かべる。
すぐに、あなたがうんざりすることはなくなるわ。
そのまま二階へ上がった。
灯里の微笑みに苛立ちを覚えた湊斗は、しばらくリビングで座り込んだまま。
やがて寝室へ戻ると、灯里はすでに背を向けて眠っていた。
湊斗はシャワーを浴びてベッドに入り、彼女を強引に腕の中へ引き寄せて、怒りを込めて抱きしめた。
大きな体にがっちりと拘束され、灯里は身動きもできず、そのまま一晩中寝なかった。
朝、灯里は自分の朝食だけを用意した。
湊斗が下りてきて、灯里が一人で食事しているのを見て、
わざと彼女に近づき、耳元でやさしい声を作る。
「週末、船で出かけない?二人きりで」
灯里は牛乳を飲みながら、鼻で「うん」と返事をするだけで、何の感情も見せなかった。
案の定、金曜になると「香港に行かなきゃならない」と約束を破った。
灯里の心は何も動かない。
彼は、二人がどれだけ一緒に食事をしていないか、どれだけそばにいなかったか、気づいていないのだろう。
口では離婚しないと言いながら、もう灯里の存在など空気のように扱っている。
たとえ消えても、きっと気づきもしない。
土曜、灯里は自分の本を箱に詰めて、新しい家へ先に運んだ。
荷物を整理していると、めったに連絡してこない陽子から電話が掛かってきた。
陽子は高慢な声で言う。
「一度来なさい。前に話した件、書面で残すから」
「そんなの必要なの?」
「私が必要だと言ったら必要なの」
「わかりました。午後に伺います」
「今すぐ」
「……はい」
灯里は特に問題もないと思い、そのまま承諾した。
電話の向こうで、陽子は二階から庭を見下ろし、
並んで歩く湊斗と夜亜の姿に満足げな微笑みを浮かべていた。
灯里に“本当のお似合いカップル”がどうなのか、しっかり見せてやるつもりだった。