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第3話 挑発


湊斗は灯里の後ろに立ち、氷のような表情を浮かべていた。

灯里は気配を感じて振り返る。


やっぱり、彼もいたのね。


灯里はすぐに視線を戻し、正確にソファの隅にいる夜亜を見据えた。


さっきまで足を組み、髪をいじりながら得意げに笑っていた彼女は、

今やその笑顔を消し、憎しみのこもった目で灯里を睨んでいる。


どうやら、ここでの集まりは初めてではなさそう。

もうずっと二人で会っていたのね、しかも隠そうともしない。


湊斗が一歩前に出る。

他の人たちはやっと我に戻って立ち上がった。


「いやっ、ごめんなさい!俺たち、余計なことを……!」

「違うんです!湊斗と戸崎さんは何もありません!」

「奥さん、どうか気にしないでください!」


湊斗は灯里の手首をつかみ、無理やり引っ張って外へ連れ出そうとしたが、

灯里は勢いよく振り返り、手に持っていたドリンクを彼の顔にぶちまけた。


場の空気が凍りつく。


誰もが頭皮が痺れるような衝撃を受ける――

まさか、みんなの前でここまでやるなんて!


そして灯里は柔らかな笑みを浮かべ、甘く澄んだ声で言う。


「どうぞ、大切な人と楽しんで。私はお邪魔しませんから」


そう言って、彼の手を力強く外そうとした。

湊斗の顔は怒りで真っ青になり、灯里を腰から抱え上げて、そのまま部屋を出ていった。


静まり返った部屋。


廊下で、灯里は湊斗の肩の上で必死に抵抗する。

ちょうどエレベーターの扉が開いた。


湊斗は灯里を担いだまま中に入り、そこからは気まずい沈黙。


彼は彼女をそのまま乱暴に車の後部座席に放り込み、自分も乗り込んだ。


灯里は目が回りながら体を起こす。

逆さまにされて落とされたせいで、吐き気がこみ上げる。


湊斗は濡れた顔を拭きながら、冷たい声で問い詰める。


「ここに何しに来た。浮気現場でも押さえに?」


灯里はティッシュケースの後ろの銀色の四角い小さなパッケージに目をやり、胃の中がさらに逆流しそうになる。


すぐにドアノブに手をかけた。

この車、もう耐えられない。


「灯里!」湊斗は怒りを込めて彼女を引き戻す。

「どこへ行くつもりだ!」


灯里は呼吸を整え、手のひらをぎゅっと握る。


「帰る」


湊斗は険しい顔で田中翔に運転を命じた。

車内は沈黙が続く。


灯里はドアに体を寄せ、顔色は真っ青。

家に着くと、灯里はすぐにキッチンに駆け込み、冷たい水を一気に飲み干してようやく落ち着いた。


リビングに戻ると、湊斗が険しい顔のままソファに座っていた。

息が詰まるような沈黙の後、湊斗が先に口を開く。


「俺はプロジェクトの話に行ってたんだ!お前があんな騒ぎを起こして、どれだけ恥をかかせれば気が済む……自分のこと、みっともないだと思わないのかよ!」


「で?」


灯里は異様なほど冷静だった。


「これからも一緒にいたいなら、無駄な嫉妬はやめろ!俺はお前をあやす暇なんてない」

「うん、で?」


灯里の声は、変わらず静かだった。


「……」湊斗は眉をひそめる。


「灯里、今のお前、正直うんざりだ」


灯里は立ち上がり、口元にかすかな笑みを浮かべる。

すぐに、あなたがうんざりすることはなくなるわ。


そのまま二階へ上がった。

灯里の微笑みに苛立ちを覚えた湊斗は、しばらくリビングで座り込んだまま。

やがて寝室へ戻ると、灯里はすでに背を向けて眠っていた。


湊斗はシャワーを浴びてベッドに入り、彼女を強引に腕の中へ引き寄せて、怒りを込めて抱きしめた。


大きな体にがっちりと拘束され、灯里は身動きもできず、そのまま一晩中寝なかった。


朝、灯里は自分の朝食だけを用意した。


湊斗が下りてきて、灯里が一人で食事しているのを見て、

わざと彼女に近づき、耳元でやさしい声を作る。


「週末、船で出かけない?二人きりで」


灯里は牛乳を飲みながら、鼻で「うん」と返事をするだけで、何の感情も見せなかった。

案の定、金曜になると「香港に行かなきゃならない」と約束を破った。


灯里の心は何も動かない。


彼は、二人がどれだけ一緒に食事をしていないか、どれだけそばにいなかったか、気づいていないのだろう。


口では離婚しないと言いながら、もう灯里の存在など空気のように扱っている。

たとえ消えても、きっと気づきもしない。


土曜、灯里は自分の本を箱に詰めて、新しい家へ先に運んだ。

荷物を整理していると、めったに連絡してこない陽子から電話が掛かってきた。



陽子は高慢な声で言う。


「一度来なさい。前に話した件、書面で残すから」

「そんなの必要なの?」

「私が必要だと言ったら必要なの」

「わかりました。午後に伺います」

「今すぐ」

「……はい」


灯里は特に問題もないと思い、そのまま承諾した。


電話の向こうで、陽子は二階から庭を見下ろし、

並んで歩く湊斗と夜亜の姿に満足げな微笑みを浮かべていた。


灯里に“本当のお似合いカップル”がどうなのか、しっかり見せてやるつもりだった。


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