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第12話 砕けた画面


灯里は、静かに相手の言葉が終わるのを待っていた。

彼女の視線は冷ややかで澄んでいる。


「で?それのどこが偉いの?

五目並べもまともにできないそのブタ頭?それとも、私が使い古したものを宝物みたいに抱えること?もしくは私がやりたくもない仕事を奪って、勝ち誇ってる気?


毎日まともな仕事もせず、家畜みたいにだらしなく過ごして……そんな臭いだけの群れ、私には必要ないわ。あなたと湊斗だけ、ずっとその中で腐ってればいい」


穏やかな口調から吐き出される言葉は、鋭く毒を含んでいた。

戸崎夜亜は、怒りで顔がゆがみ、まるで鬼のような形相になった。

灯里が言い終わらないうちに、夜亜は金切り声を上げた。


「黙れっ!その口を引き裂いてやる!くたばれ!」


そのまま椅子から飛び上がり、爪を立てて灯里に襲いかかろうとした。

灯里は一歩も動かず、夜亜が目前に迫った瞬間、手にしていた分厚い書類の束を思い切り夜亜の顔に叩きつけた。


「バン!」


夜亜は勢いで後ろによろめき、鼻から血が噴き出した。


「引き継ぎ完了。早く橘川グループを潰してくれることを祈ってるわ」


灯里はそう言い残し、すぐに立ち去った。


「貴様!絶対に許さないから!あぁぁぁああ——!」


夜亜の絶叫がフロアに響き渡る。

企画部の誰もが近づくことができなかった。


灯里がオフィスを出てしばらくすると、同僚たちがようやくおそるおそる近寄り、心配そうに彼女を囲んだ。


第三グループのリーダー、佐藤心が勇気を出して中へ入り、

灯里の私物をまとめ、ゴミ箱から表彰楯を丁寧に拭いて箱に入れた。


「部長、私が下までお持ちします」


佐藤の心遣いに、灯里の胸はじんわりと温かくなり、目元が潤んだ。


「ありがとう」灯里は微笑んで応じた。


皆でエレベーターの前まで見送り、佐藤が箱を持って下まで付き添った。

別れ際、灯里は言った。


「みんなに伝えて。自分の仕事だけしっかりして、あのお嬢様には逆らわないように。いずれ飽きて自分から出ていくわ。


もしあの人のせいでプロジェクトに問題が起きたら、すぐ社長に報告して。責任を押し付けられる前にね。


何十億もの案件、あなたたちじゃ抱えきれない。

社長も彼女の問題だとわかっているから、きっと対応してくれる」


佐藤はうなずいた。


「わかりました、ありがとうございます!」


灯里は彼女を軽く抱きしめた。


「いつでも連絡して」


橘川グループを車で離れると、細かい雨がフロントガラスを打ち、なんとも言えない寂しさが胸を締め付けた。


あと十日。

もうすぐだ。



灯里が去った後、夜亜はすぐさま上の階へ駆け込み、泣きながら訴えた。

兄の戸崎克也もそこにいた。


「鼻、どうしたんだ?」


克也が驚いた声を上げる。

夜亜は二人の間に座り、泣きじゃくりながら訴えかける。


「私、親切でコーヒーを入れてあげて、席も譲ったのに……入ってきた途端、私のことを恥知らずだって侮辱して、湊斗のことも……家畜だなんて!

仕事を聞いても無視されて、挙句の果てには書類を顔に叩きつけられて、床に押し倒されて殴られたの……」


湊斗は黙ったまま、表情を変えなかった。

克也が怒りを露わにする。


「……頭がおかしいのか?!こんなの許せないぞ!湊斗さん、どうするつもりだ?」


湊斗は淡々と答えた。


「代わりに謝ります。灯里は最近情緒不安定で……」


それだけ?

夜亜が期待していたように、湊斗が灯里を呼び出して問い詰めてくれることはなかった。

ますます憤りが増した。


「誰があなたの謝罪なんて欲しいの!本人に跪いて謝らせて!そして私も仕返ししたい!」


湊斗の目つきが一瞬で鋭くなる。


「それは無理だ」


克也が憮然として言う。


「なぜ無理なんだ?俺の妹を無意味に殴られて、責任を取らせないつもりか?それなら戸崎家として法的手段に出るぞ!」


湊斗は拳を握りしめ、少し黙った後で言った。


「どうしてもそうしたいなら、こちらも契約を打ち切らせてもらう。それで訴訟になるなら受けて立つ」


戸崎兄妹は愕然とした。


「……そこまでして、彼女を守りたいのか?」


湊斗は椅子にもたれ、きっぱりと言い切った。


「灯里は俺の女だ。誰にも触れさせない」


夜亜は悔しさで震えた。

自分と一緒にいるときはあんなに楽しそうだったのに、家にも帰らなくなったのに……なぜ、そこまで?


嫉妬と不安で押しつぶされそうになり、夜亜はすぐに態度を変えた。


「もういいよ!長浜さんは私と湊斗が仲良くしてるのが気に入らないだけだと思う。ただの冗談だよ、跪いて謝らせるなんてするわけないじゃん。怒らないで」


克也は唇を噛みしめ、言葉にならなかった。

名家の令嬢がここまで情けないなんて……。


「でも湊斗、私こんなに傷ついたんだから、ちゃんと慰めてくれなきゃ」


夜亜が甘えるようにすがると、湊斗の表情が少しだけ和らいだ。


「もちろん」



灯里が家に帰ると、向田麻衣から電話がかかってきた。


「灯里、やったよ!水曜日の午後、京夏の社長が白金雅貴とゴルフに行く予定を入れたから、私が一人連れて行くって言っておいた。あとはあなたの腕次第!」

「さすが麻衣、大好き!チュチュチュっ!」

「ちょっ、鳥肌立つわ!じゃ、また水曜!」

「うん!絶対行くから!」


嬉しい知らせのおかげで、灯里は夕食をいつもより多めに食べた。



深夜、灯里は食後の運動がてらジムでウォーキングをしていた。

二十分ほど歩いたところで、スマホが鳴った――

湊斗からだった。


今日も帰ってこなかったのに、こんな時間に電話……?


灯里は少し迷いながら通話ボタンを押した。

電話が繋がった瞬間、向こうから男女の荒い、粘りつくような呼吸音がはっきりと響いてきた。


「……っ!」


詰まっていた胃が、激しい痙攣を起こした。

灯里は思わず床に崩れ落ち、盛大に吐き戻した。


スマホが「ガシャン」と床に落ち、画面が粉々に砕けた。


胃の中が空っぽになるまで、何度も何度も吐き続けた。

どうやって部屋まで戻ったのかもわからなかった。


ベッドに横たわり、今夜は眠れずに苦しむかと思ったが、心の中に渦巻く「毒」は発作しなかった。

目を開けたまま、自分の重くゆっくりとした心音と、静まり返った部屋の気配だけがあった。


やがて時間が過ぎ、ある瞬間、灯里は静かに目を閉じた。

全ての意識が、暗闇に沈んでいった。


朝になって目が覚めた。

灯里は身支度を整え、ジムを掃除し、朝食をとって新しいスマホを買いに出かけた。


午後、彼女は予定通り湘南カントリークラブへと向かった。

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