向田麻衣はすでに練習場で待っていた。
淡いイエローのワンピース型スポーツウェアに、ゆるやかな大きなウェーブヘア。
若々しくもどこか色気を感じさせる佇まいだ。
彼女は、水色のジャージに高めのポニーテール、ナチュラルメイクの灯里を見て、呆れたようにため息をついた。
「灯里、その格好…いっそ首まで隠しちゃえば?」
灯里は微笑みながら、「今日は面接に来たつもりだから」と返す。
「ねえ、男ってのは見た目に弱い生き物なんだから!」
「もし白金さんが見た目だけを求めてたら、今ごろ秘書が空席のままなんてことないわ」
「美しさと実力は両立できるのよ!」
麻衣はからかうように灯里の肩をつついた。
「ちょうどもう一着持ってきてるから着てみて!サイズも合うし」
有無を言わせず、更衣室へ灯里を引っ張っていく。
麻衣に紹介してもらう手前、断ることもできず、灯里はしぶしぶ着替えることに。
着替えて出てきた灯里は、一気にセクシーな雰囲気に変わった。
白のノースリーブタイトトップスに、黒のプリーツミニスカート。
胸元からウエスト、ヒップラインまでしっかり強調され、均整の取れた美足が眩しい。
「オーマイガー…」麻衣は思わず口元を押さえ、
「灯里、こんなにスタイルよかったなんて! 湊斗も見る目ないわね。戸崎夜亜なんて足元にも及ばない!」
灯里は後半の言葉を聞こえないふり。
鏡を見つめてため息をつく――
こんな格好で行ったら、白金さんに勘違いされないだろうか。
「麻衣、やっぱり…」
「シッ!」
麻衣は制止し、すぐに電話に出る。
「はい、新村さん? もう着いてるんですか? すぐ行きます!」
灯里は仕方なくそのままついていくことに。
移動中、灯里は小声で訊ねた。
「麻衣、白金さんに会ったことある?」
「6歳のとき、一度だけ両親に連れられて白金家に挨拶に行ったの。その時は、まだふっくらしてて可愛かったわ。でも十歳過ぎにはもう海外に行っちゃって、国内ではほとんど見かけなくなった」
ふっくらしてて可愛かった…灯里の脳裏に、ふと肉まんのイメージが浮かぶ。
カートがコースを曲がると、視界が開けた。
遠くには森と湖、近くの芝生には、スポーツウェア姿の男性が二人、談笑していた。
灯里はそのうちの一人に目を奪われ、思わず息を呑む。
ネイビーのトップスにキャメル色のパンツを履いているのは新村大介。
その隣に、彼より頭半分ほど背が高い男性が立っていた。
全身真っ白なスポーツウェアに身を包み、まっすぐな立ち姿。
広い肩に引き締まったウエスト、気品のある雰囲気。
横顔は光と影の中で、まるで現実離れした美しさを放っている――
灯里の視界が一瞬暗くなる。
新村大介は知っている。
なら、隣の男性はまさか――
「白金さんだ!」麻衣が小さく叫ぶ。
「うそ、子供の頃と全然違う!なんであんなに背が高くて、イケメンなの!私、ダメかも!」
「終わった…」
「灯里も落ちた? 一目惚れってやつ?」
「……」
灯里の顔は泣きそうなほど引きつっていた。
カートが止まり、談笑していた二人がこちらに気づく。
新村が手を振り、灯里に目を留めると、その表情は驚きに満ちていた。
白金雅貴の目にも、一瞬驚きの色が浮かんだが、すぐに冷ややかな無表情に変わる。
麻衣が灯里を連れて近づく。
「新村さん、白金さん!」
麻衣は明るく声をかけ、すぐに紹介する。
「こちら、私の親友の長浜灯里。今日は白金さんにお会いしたくて来たんです」
灯里は内心ドキドキしながらも、完璧な笑顔を浮かべていた。
新村がからかう。
「なるほど、長浜さんがここまでオシャレして来た理由が分かった。白金さんが目当てとは、大胆だな」
灯里は彼を無視し、新村に挨拶しつつ、白金雅貴に向き直る。
「白金さん、は、はじめまして。お会いできて光栄です」
その瞬間、灯里は自分の口が勝手に動いたことに気づき、内心青ざめる。
職場で鍛えた自動反応が出てしまった――
「はじめまして……?」
白金雅貴の静かな視線が灯里の顔に落ちる。
灯里は必死で落ち着いた表情を保ちながら、さらに明るい笑顔を作る。
「お会いできて嬉しいです」
その目には、どこか緊張と懇願が混じっていた。
頼むから、これ以上突っ込まないで…
白金雅貴は何かを察したように、口元をわずかに上げる。
「長浜さんは…本当に嬉しそうですね」
低くて落ち着いた声に、どこか優しさがにじんでいた。
その微笑みに、新村も麻衣も驚き、
麻衣は灯里に得意げな視線を送った――
「ほら、服変えて正解でしょ!」
灯里は心の中でため息。
これは褒め言葉じゃなくて、明らかに皮肉だ。
しばらくして、皆でゴルフを始める。
白金雅貴の腕前は見事で、新村大介もなかなかのもの。
灯里と麻衣は、ほとんど応援に徹していた。
一通りプレーが終わり、日除けスペースで休憩することに。
麻衣は新村を引っ張って新しいクラブを見に行くと言い、灯里にチャンスを作る。
白金が椅子に座る。
灯里は急いで水を差し出した。
白金は彼女の手元を数秒見つめるが、特に何も言わず、それを受け取る。
ただ、飲まずにテーブルに戻した。
灯里は心の中で落ち込む――
もうダメかも。
「“はじめまして”の長浜さん、ここまで手の込んだことをして――」
白金雅貴はおしぼりで汗をぬぐいながら、気だるげに続ける。
「僕のスリーサイズを知りたいだけじゃないでしょう?」
「……」
二重に皮肉が刺さる。
灯里は唇を噛む。
「“はじめまして”は言い間違いです。前に伊藤さんにサイズを聞いたのは、白金さんのスーツを汚してしまって……弁償しようと思ったからです。今回お会いしたかったのは、実は秘書を募集していると聞いて……」
この言葉には、はっきりとした目的意識がこもっていた。
白金雅貴はおしぼりを置き、きっぱりと言った。
「君は向いていない」
それだけ言うと、席を立ち、後ろの林の方へ歩き出す。
何も聞かれずに即答で落とされた?
灯里は納得いかず、すぐに後を追う。
二人が林へと歩いていくその時、少し離れたコースをカートが通り過ぎる。
橘川湊斗とクライアント、さらに戸崎夜亜が同乗している。
湊斗の視線は、セクシーな後ろ姿の灯里に釘付けになり、思わず眉をひそめていた。