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第14話 服装

「湊斗、何見てるの?」


夜亜が湊斗の袖を軽く引いた。

木々に視界を遮られながらも、湊斗は目線を戻す。


「いや、何でもない」


前方を見つめたまま、心の中は重く沈んでいた。


森の中。

白金は木のそばで電話をしていた。

灯里はその後ろにぴったりとついていた。

彼は振り返り、灯里を一瞥する。


灯里は彼が通話中だと気づくと、足を止めて後ろのキノコ型ベンチに退いた。

額に手を当て、自分の行動に呆れる。


電話が終わると、灯里は気まずそうに、無理に明るく話しかけた。


「白金社長は本当に鋭いですね。私、空気すら読めないし、やっぱり秘書には向いていないみたいです。お邪魔しました」

「ここまでついて来て、それを言いに来たのか?」


白金の眉がわずかに動く。


「……」


灯里は彼の前では全く太刀打ちできない。

苦笑いしつつ、もう望みはないと悟り、率直に言った。


「本当はチャンスが欲しくて来たんです。でも私、最初の印象も最悪だったし、今日も散々でした。どうせ無理なら、早く終わらせてご迷惑かけない方がいいと思って」


白金は冷ややかな表情で言う。


「俺が断った理由がそれだと思っているのか?」

「違うんですか?」

「こんな格好で面接に来て……もし俺が受け入れたら、色仕掛けに引っかかったと思われるだろう? 俺が本当にその気だったとしても、わざわざ堂々とそんなことはしないさ」


灯里の顔が一気に真っ赤になり、耳まで染め上がった。


彼は灯里が色仕掛けで取り入ろうとしていると皮肉り、自分はそんなものには興味がないと示したのだ。


灯里は何も言い返せず、居たたまれなくなって早口で別れを告げた。


「勉強になりました。失礼します」


返事も待たずに早足で森を離れた。

麻衣と新村が戻ると、白金が一人で立っていた。


「灯里は?」

「もう帰った」

「え?」


麻衣は驚き、就職がうまくいかなかったことを察する。


「白金さん、灯里は本当に有能で……」


白金は話を遮った。


「そうは見えなかったな」


麻衣は一瞬で察した。

男心をわかっているつもりだったが、白金は一筋縄ではいかない。


「もう、誤解ですよ!」


慌ててフォローに入る。


「全部私のせいです!最初は普通の服だったのに、私が地味すぎるって言って、持ってきた服に着替えさせちゃって……」


白金は何も言わなかった。

灯里は家に帰り、着替えを済ませて化粧台の前に座り込んだ。


橘川グループも、湊斗も離れた自分は、何者でもなくなってしまったのか――

少しだけ気持ちが落ち着き、無音にしていたスマホを手に取ると、着信が山ほど残っていた。


湊斗と麻衣からだ。

湊斗の方は無視し、麻衣に電話をかける。


「ごめん、ちょっと低血糖で体調悪くて、先に帰っちゃった。伝えるの忘れてた」


麻衣はしばらく黙った後、

「……謝るのは私の方だよ」

「そんなことないよ。元々試してみたかっただけだし、麻衣には十分助けてもらった。恩は忘れないよ」

「恩なんて言わないで!服のことはちゃんと説明したけど、白金さんは特に反応なかった。新村さんから白金さんの連絡先もらったけど、もう一度アピールしてみる?」


灯里は数秒考えてから答えた。

「やめておくよ。白金グループとは縁がなかったみたい」


麻衣はそれ以上何も言わなかった。


灯里はベッドに潜り込んで眠ろうとする。

うとうとしていると、ドアが開く音がした。

目を細めると、湊斗が冷たい表情でベッドサイドに立っていた。


灯里は背を向けて布団をかぶる。


「ずっと家で寝てたのか?どこにも出かけてない?」


湊斗はそっと腰掛け、探るように言う。

灯里は黙ったまま。


「今日、湘南カントリークラブで、君にそっくりな後ろ姿を見かけたんだけど。」

「……」


灯里はぎょっとして目を見開く。

彼も来ていたなんて――

しかも夜亜まで実況中継みたいに電話してきて、よくもまあそんな顔で問い詰められるものだ。


「行ったけど何?」って言いたいけど、麻衣に迷惑かけたくないし……

灯里は黙り込んだ。


湊斗は布団の端をめくり、彼女の首筋をじっと見つめたが、怪しい痕はなかったので少し安心したようだ。

だが、まだ問いかける。


「本当に出かけてないのか?」

「出てない!午後はずっと庭の掃除してたの。もう寝るから、放っておいて!」


灯里は布団をしっかりかぶり、拒絶の意思を示す。

湊斗は彼女が嘘をついていないと見て、それ以上は追及しなかった。


夜になった。


白金雅貴は最上階の自宅で食事を取っていた。

執事の伊藤正がワインを注ぐ。


「ヘッドハンターからはまだ連絡がありませんか?」


白金はワインを一口飲みながら尋ねる。


「秘書から候補者リストが届いております。ご確認いただけます」


伊藤はふと思い出したように続けた。


「少しだけ中身を見たんですが、この前の接触事故の長浜さんもリストに入っていましたよ」

「そうか」


白金はグラスを置く。


「タブレット持ってきて」


その口調は穏やかだったが、二十年仕えてきた伊藤には、関心の現れだと分かった。


伊藤はタブレットを差し出す。

白金はリストを開く。


これまでの候補者は全て不合格だった。


彼が求めているのは、

経営に精通し、統率力があり、印象もよく、社交性も兼ね備え、彼の右腕となれる秘書だ。


「長浜さんは若いですが、かなり優秀ですよ。橘川グループで四年間、プロジェクトスタッフからマネージャーまで昇進しています。

ここ数年の橘川グループの急成長は、半分は彼女の功績と言われてます。


業界の引き抜きも多かったですが、橘川さんのパートナーだから誰も手を出せなかった。

でも、橘川家が戸崎家と縁談を進めるって話になって、彼女は怒って辞めちゃったそうです……ほんと、まっすぐな子ですね」


伊藤はしみじみと呟いた。


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