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第22話 血色の晩餐会

「場をめちゃくちゃにしに来たんじゃない?」

「はあ、まだ恥をさらしたりないの?自分を橘川家の奥さまとでも思ってるのかしら」

「両家とも婚約を発表したのに、これじゃ自分で自分を辱めてるだけよ」

「……でも彼女は何も悪くないでしょ。八年も付き合ってたのに、男が心変わりして別の女と結婚することになったんだし、なんで彼女がわるいみたいになってんの?」


……


会場のあちこちで、招待客たちがひそひそと噂し合っていた。


大半の人が面白がって、灯里の失態を期待している。

たまに聞こえるまともな意見も、すぐに野次馬根性の話題にかき消されてしまう。


戸崎夜亜が灯里の姿を見つけた瞬間、顔色が真っ青になった。

まるで幽霊でも見たかのようだ。


橘川陽子も動揺を隠せない。


だが、それ以上に慌てていたのは湊斗だった。

彼はすぐに灯里のもとへ行こうとする。


「行かないで!」


夜亜は湊斗の腕にしがみつき、周囲の目も気にせず、正妻気取りで灯里に向かって叫ぶ。


「湊斗はもうすぐ私と結婚するの!私たちこそが夫婦よ!もう邪魔しないで!」


湊斗は堪え切れず、声をひそめて厳しく言い放った。


「黙れ!」


そして彼女の手を乱暴に振りほどく。


夜亜は悔しさで今にも泣き出しそうになっていた。

湊斗がふたたび灯里の元へ歩み寄ろうとすると、戸崎亮介と戸崎克也の兄弟が立ちはだかる。


「橘川湊斗、しっかりしろ。お前はこの女のために、俺たちの妹を公衆の面前で辱めるつもりか!」


亮介が低い声で制止する。

湊斗は冷たい目で睨みつける。


「どけ!!」


会場の空気はさらに熱を帯び、囁き声がざわめきとなって広がっていく。

灯里は一歩も引かず、酒卓の脇に歩み寄ると、グラスに赤ワインを注ぎ、優雅に口にした。


「何をするつもりなの! すぐに出ていきなさい!」


陽子が壇上から駆け下り、灯里の前に立ちはだかる。

そのとき、湊斗はついに戸崎兄弟の手を振りほどき、灯里のもとへ向かう。

緊張した面持ちで彼女に囁いた。


「やめろ。帰ったらちゃんと説明するから……」

「湊斗」


灯里は彼の言葉を遮り、ゆっくりと皮肉を込めて言った。


「あなた、二人目の妻でも迎えるつもり?」


「二人目の妻」――

その言葉は雷鳴のように会場に響き渡り、戸崎家の人々は一斉に激怒する。


それはまるで、夜亜を愛人呼ばわりし、たとえ橘川家に嫁いでも正妻にはなれないと言っているようなものだった。

露骨な侮辱に、周囲も息を呑む。


「長浜灯里、よくもそんなことを!私こそが湊斗の妻よ!私たちは婚約したの!私は正当な立場なの!」


夜亜は取り乱して叫ぶ。


「黙れ!」


湊斗が怒号を浴びせる。

陽子は夜亜を抱き締めてなだめる。


「夜亜、もういいのよ。こんな人と口論してもしょうがないわ」


灯里はむしろ余裕の笑みを浮かべる。


「止めなくていいわ。好きなだけ話させてあげて」

「灯里っ!」


陽子は彼女が秘密の結婚について口にしないかと怯え、強気に脅す。


「何か余計なことを言ったら、一銭も渡さないからね!」


言い終えてから、サイン済みの契約書のことを思い出し、顔色を失う。


「金……?」


湊斗は鋭い眼差しで尋ねる。

陽子は視線を逸らした。


「あーあ、結局は金目当てだったのか」

「金をもらってまでここで騒ぐなんて、恥知らずにもほどがある」

「パトロンを失うのが惜しくて、騒げばもっと金を引き出せると思ってるんだろう」


……。


周囲はますます冷ややかな視線を送る。

戸崎家の面目も丸潰れだ。

亮介が灯里に詰め寄る。


「長浜さん、すぐに退場してもらおう。さもないと我々も手加減しないよ」

「手加減しない?」


灯里は涼しい微笑みを浮かべ、亮介を見返す。


「あなたたちに何の資格があるの?昔の時代なら、戸崎さんが嫁ぐとき、新婚の夜にまず私に跪いてお茶を差し出して、『お姉さま』と頭を下げるのが礼儀でしょう?」


その言葉は穏やかだが、内容は衝撃的だった。

亮介はその笑顔に一瞬目を奪われ、すぐに呆れたように顔をしかめる。


周囲も、灯里がついに正気を失ったかと思う。

夜亜は怒りで笑い出す。


「あなたに頭を下げる?何様のつもり!?墓参りならしてやるわ!」


灯里は静かに彼女を見つめる。


「納得できないの?」


灯里はワイングラスを置き、バッグから結婚証明書を取り出して開き、夜亜の目の前に突きつけた。


「今答えて。私に跪いてお茶を差し出す資格があるかどうか」


夜亜は一瞬、石のように固まった。

会場全体が静まり返る。


橘川湊斗と橘川灯里――

二人はすでに結婚していたのだ。


誰もが金目当てで騒いでいるとばかり思っていた灯里が、実は正妻の立場から、不倫相手とその実家を糾弾していたとは――。


戸崎家の面目は、今日という日にすべて失われた。


「婚姻中の不倫、既婚者を誘惑して堂々と婚約発表までして、恥を知らないの?あなたたち……少しは法律の知識あるの?重婚は犯罪よ」


灯里は冷ややかに周囲を見渡す。

戸崎家の面々は顔色が真っ青になり、戸崎夫人はその場に倒れそうになっていた。


自分の娘が既婚者の愛人に成り下がったことを、しかも自分自身も橘川陽子と一緒になって広めていたのだ。


「陽子さん!どうしてこんな大事なことを隠していたの!あなたのせいで娘は人生を棒に振ったのよ!」


戸崎夫人は震える声で叫んだ。

陽子は慌てて言い訳と謝罪を繰り返す。


湊斗はこめかみに手を当て、もはやこの修羅場を止めることを諦めていた。

灯里はもう一度ワイングラスを手にし、湊斗の前に進み出る。


彼女は静かに――青春をともに過ごし、結婚し、そしてこんな悲惨な結末を迎えたこの男を見つめていた。


次の瞬間、灯里は勢いよくグラスの赤ワインを湊斗の頭上から浴びせかける。

会場は騒然となった。


湊斗は灯里の手首を掴み、今にも骨が折れそうなほど強く握りしめる。


「もういい加減にしろ。ここまでしないと気が済まないのか?」


傷が治りきっていない手首に強い力がかかり、包帯の上から血がにじみ出す。

紅いリボンに染み込み、床にぽたぽたと落ちていく――

灯里の砕けた心そのもののように。


怒りと絶望で彼女の瞳は血走っていた。


「離婚しよう」


彼女は全力で湊斗の手を振りほどき、空になったグラスを夜亜の足元に叩きつけた。


「こんなクズと一緒にいたくない。二人で地獄にでも落ちなさい!」


湊斗は灯里の目に宿る激しい憎しみに圧倒された。

手のひらに感じた湿り気に気付いて下を見ると、そこには鮮血が広がっていた。


慌てて灯里の手首を掴み直すと、包帯が真っ赤に染まり、血が止めどなく流れ落ちている。

あまりの衝撃に、会場の全員が息を呑む。


戸崎家は夜亜を連れてその場を離れようとした。


――その時、会場の視線が灯里と湊斗に集中する中、夜亜が突然狂ったように灯里に向かって突進し、彼女を床に突き飛ばした。


「このビッチ!昨日はあんなに男に抱かれて、まだ死なないの!?さっさと死ねばいいのに!!」


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