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第23話 証拠

灯里は床に崩れ落ちた。


湊斗は「離婚」という言葉の衝撃からまだ立ち直れずにいる。

その瞬間、戸崎夜亜の悪意に満ちた告発が雷鳴のように響き渡った。


「湊斗!あの女はもう汚れてるのよ!昨夜、八人もの男と乱れてたの。その中にはエイズ持ちまでいたんだから!あんな女、もう完全な雌犬よ!それでもまだ庇うの?!」


嫉妬と憎しみに呑まれた夜亜は、自分の発言が犯罪の証拠になることさえ気づかず、

ただ灯里を湊斗に徹底的に嫌わせたい一心だった。


会場全体が凍りつき、次の瞬間、ざわめきが広がった。


一晩で八人も?

しかもエイズ?

そんなこと、あり得るのか。


それにしても――

夜亜はなぜそこまで詳しく知っている?


橘川陽子は何かに気づいたように、青ざめてその場に立ち尽くした。

灯里は既に立ち上がり、夜亜をまるで汚物を見るような目で見つめた。


「この件、まだ清算してないのに、自分から暴露するなんて。バカで毒が強いわね」


そして陽子に視線を向ける。


「これがあなたが選び抜いた名家のお嬢様?あなたと一緒に罪を犯して、牢屋に入る覚悟のある素敵なお嫁さんなのかしら?」


陽子は喉を詰まらせ、言葉が出ない。

湊斗の目は底知れぬ暗さを湛えていた。


戸崎家の家族も顔色を変え、不安げに周囲を見回す。


招待客たちにも空気の変化が伝わる。

――もしかして、夜亜と陽子が灯里を罠に嵌めたのか?


だからこそ、あんなにも酷い姿で現れたのだろう。

手首の傷も、明らかに暴力を受けた跡……


どんなに奔放な女性でも、一晩で八人もの、しかも病気持ちの男たちと関係を持つなんて自滅行為をしないはず。


もし本当に夜亜と陽子の仕業だとしたら――

その悪意は想像を超える。


「何見てんのよ!信じないで!あれは自業自得なの!あの女こそエイズよ!近寄ったらうつるわ……!!」


夜亜は一切反省せず、ヒステリックに灯里を貶め続けた。


「――っ!」


次の瞬間、湊斗の大きな手が夜亜の喉を鉄のように締めあげた。

彼女を目の前に引き寄せ、怒りに満ちた声が響く。


「お前たち…灯里に何をした……!答えろ!一体何をしたんだ!!」


その叫びは傷ついた野獣の咆哮のようで、心が引き裂かれる痛みが滲んでいた。

夜亜は息ができず、顔が紫色に変わる。

死の恐怖に駆られ、必死で湊斗の腕を叩いた。


戸崎亮介と克也兄弟が慌てて駆け寄り、湊斗の手を無理やり引き剥がして、瀕死の夜亜をかばう。

亮介が必死に叫ぶ。


「落ち着け!夜亜は……多分、ただの言いがかりだ!」


姉の戸崎静香も夜亜を庇う。


「仮に本当だとしても、証拠がなければ夜亜の仕業だとは言えないでしょ?

灯里さんが寂しさに耐えきれず、男と関係を持ってるのを誰かが見かけて、それが夜亜の耳に入っただけじゃない?

失敗を隠すために、夜亜のせいにしてる可能性だってあるわよ」


灯里はあまりの言い分に思わず笑いそうになるが、反論せず、静観を決めていた。

やっぱり、夜亜はすぐに姉の言葉に飛びつき、涙を浮かべて無実を装う。


「湊斗、私がそんなことするわけないよ。私の友達が長浜さんがホテルに入るところを見たの……。その前から、何人もの男がその部屋に入っていったんだよ!その中の一人は有名な遊び人で、病気持ちだって……

本当は言いたくなかったけど、長浜さんがあんなにひどいことを言うから!


それに、恋に順番なんてないでしょ…?結婚してたって、愛がなければ意味ない。

私たちこそ本当の愛なの!あの女はただの邪魔者、消えればいいのに!」


この図々しい「本当の愛」論に、会場の奥様たちは顔をしかめる。

浮気相手を懲らしめるのは彼女たちの日常茶飯事。

夜亜の言い分は誰にも響かず、むしろ不快感しか残らなかった。


だが、戸崎家の権力を恐れて、誰も口には出せない。

湊斗の顔はますます暗くなる。


「今言ったこと、責任持てるのか?」


彼は夜亜の関与を問いただす。


「もちろん!誓うわ!もし嘘だったら、地獄に落ちても構わない!」


夜亜は強気に言い放ち、灯里に勝ち誇った視線を送る。


証拠なんてあるわけがない。

あの男たちとも連絡が取れないし、灯里が何かできるはずもない。

どうせ湊斗も、頭が冷えたら自分を選ぶはず。

――そう信じていた。


あまりに強烈な誓いに、客の中には信じかける者すら現れた。

戸崎夫人は勢いづき、灯里を罵倒しはじめる。


陽子はただ黙り込んだまま、顔は死人のように青白い。


灯里は終始冷静だった。

罵声が止むのを待ち、静かに前へ進み、氷のような視線で夜亜を見据え、一言一言を刻むように言った。


「地獄に落ちても構わない……戸崎さん、あなたは本当に恐れないのね」


そう言って、灯里はバッグからスマホを取り出し、画面を操作した。

次の瞬間、会場に夜亜の甘ったるくも毒々しい声が響き渡った。


『湊斗はもうあなたの電話なんて出ないよ~

ところで、用意した男たち、気に入った? 教えてあげる、あの中にはエイズ持ちも混ざってるんだよ~!


あとで盛り上げるための注射もしてあげる。きっととろけるような夜になるんだから!

明日には、『一晩で八人の男と乱れた女』の映像がネット中にばらまかれるかもね。家族も友達も、みーんなあなたがどんな女か知ることになるわ!


そうそう! あなたの人生が終わる記念に、明日、私と湊斗が婚約を発表するの。

あなたは一円も手に入らず、虫けらみたいにみんなに軽蔑されるだけ。警察に行く? 横浜じゃ、うちと橘川家の力であなたなんてアリ同然よ!


どんな気分? 男も地位も奪われて、今度は人生ごと壊されるんだよ。でも私は幸せな花嫁になって、湊斗とずっとラブラブでいられるの。

あなたは……ただ汚れて、苦しみながら、朽ちていくだけ!ははははっ!』


狂気じみたその笑い声が、会場にいつまでも響き渡った。


録音が途中まで流れた時点で、戸崎家の人間たちは血相を変えてスマホを奪おうとするが、若い男性客が間に入って阻止した。


録音が終わると、会場は再び静寂に包まれる。


極限までの悪意と卑劣さに、誰もが言葉を失った。

夜亜には軽蔑の視線が突き刺さり、湊斗と陽子もまた、恥辱の極みに追い込まれる。


夜亜の顔は死人のように青ざめ、湊斗の殺気立った視線に怯えて、兄たちの後ろに必死に隠れた。


……終わった。

湊斗にはもう二度と相手にされない――。

焦った夜亜は、とっさに陽子を指差して叫ぶ。


「違う!陽子さんに命令されたのよ!」

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