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双環のレゾナンス
双環のレゾナンス
乾為天女
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年07月25日
公開日
1.6万字
連載中
 二〇二五年六月一日、東京・新宿駅構内で突如発生した地下鉄崩落事故。通勤途中の金融システムエンジニア・真聖と、武道を志す空手家志望のつむぎを含む九人が光の縦穴に落下し、目覚めた先は二重の太陽が輝く異世界ルメリスだった。彼らは王国の王女リアスと出会い、帰還方法を探す代わりに、暴走する古代魔導兵器「二重輪(ダブルリング)」の調査を依頼される。  しかし二重輪は単なる魔導兵器ではなく、未来の地球で開発された世界融合実験装置であり、異世界の崩壊を引き起こす前兆だった。利害が絡み合う王国の内紛、隣国イェルダの侵攻、各地で発生する異能災害――混乱の中で九人は三組に分かれ、対立と和解を繰り返しながら絆を深めていく。  自分の感情を抑え冷静に判断し続ける真聖。闘争心を燃やしつつも礼節を忘れないつむぎ。しつこく食い下がる俊介や、他者を支えることに喜びを見いだす侑希、家族よりも仕事を優先してしまう雄一など、個性の強い仲間たち。それぞれが自身の価値観と向き合いながら、二つの世界を守るために“レゾナンス計画”を実行する。  帰還か残留か。未来を捨てるのか守るのか。選択を迫られる中で、真聖は感情を抑えてきた己の心を解き放ち、世界をつなぐ架け橋となる。やがて二つの世界は周期的にリンクし、人々は新たな時代を迎える。  異世界での出会いと別れが、彼らをどう変えていくのか―

第1話_崩落の午前八時

 六月一日、午前八時。

  雨上がりの東京・新宿駅構内は、朝の通勤客でごった返していた。改札を抜けた真聖は、いつものようにスマートフォンでニュースを流し見しながらエスカレーターへと足を運ぶ。

  彼の足取りは速くも遅くもない。焦燥も高揚もなく、ただ習慣に従うだけの動きだ。

  「――危ない!」

  甲高い声が背後から飛んできた。反射的に振り向くと、長い黒髪をひとまとめにした女性が、スーツケースを抱えて駆け込んでくる。つむぎだった。

  彼女は空手道場に通う社会人で、勝ち気な視線を真聖に投げてきた。

  「どいて!」

  礼を失しない言い方ではあるが、強い闘争心を帯びている。真聖は肩をずらし、彼女が前に出られるよう道を開けた。

  ――その瞬間。

  大きな揺れが床下から突き上げ、轟音が響き渡った。

  周囲の通勤客が一斉に悲鳴を上げ、荷物を取り落としながらしゃがみ込む。

  「地震か?」

  真聖は冷静に周囲を確認し、エスカレーターの緊急停止ボタンを目で探す。しかし、次の瞬間、床が大きく裂けた。

  エスカレーター中央部から下方へと暗い縦穴が広がり、真聖とつむぎを飲み込むように崩れ落ちた。

  重力に引かれ、二人の身体は暗闇へと投げ出される。

  風圧が頬を打ち、耳元で鉄骨が軋む音が響いた。

  「真聖!」

  つむぎの声が近くで聞こえる。彼は必死に手を伸ばし、彼女の手首を掴んだ。

  その瞬間、視界全体が虹色の稲妻で覆われた。

  雷鳴のような音が鼓膜を突き抜け、身体中の毛穴が総立ちになる。

  次いで、あらゆる音が消え、白一色の世界が広がった。

  上下も前後もわからない空間で、真聖は不思議と恐怖を感じていなかった。

  ――ただ、静かだった。

  気がつくと、背中に固い石畳の感触を覚えた。

  顔を上げると、そこには見たこともない街並みが広がっていた。

  瓦礫が散乱し、建物はどれも異国風の尖塔を備えている。

  そして頭上には、二つの太陽が並んでいた。

  「……ここは、どこだ?」

  真聖は無意識に声を漏らした。

  その傍らでつむぎも目を覚まし、瓦礫に手を突いて立ち上がった。

  「さっきの縦穴は? 東京は? ……いや、ここ、暑いな」

  彼女の額には玉の汗が滲んでいた。

  ――異世界、という言葉が脳裏をよぎったが、真聖はその可能性を無理やり押し殺した。



 周囲から甲冑の軋む音と、複数の足音が近づいてくる。

  振り返った先には、銀色の鎧をまとった兵士たちがいた。槍を構え、異様な緊張感を放っている。

  「待て、動くな!」

  先頭の兵士が鋭く命じる。

  真聖は両手をゆっくり挙げた。パニックを起こすより、状況を観察する方が得策だと判断したのだ。

  つむぎは眉をひそめつつも、無駄に反抗はせず、その場で足を止める。

  「ここは……どこなんですか?」

  問いかけたが、兵士たちは互いに顔を見合わせるだけで答えない。

  兵士の一人が、何やら見たことのない円形の装置を腰から取り出し、こちらにかざした。

  淡い青色の光が真聖とつむぎを包み込み、すぐに消えた。

  「……異邦の者か」

  先頭の兵士が呟くと同時に、二人は背後から拘束された。

  「ちょっと待て!」

  つむぎは抗議の声を上げたが、兵士の一人が淡々と答えた。

  「説明は王宮でだ。動くな」

  こうして真聖とつむぎは、異世界と思しき場所で、いきなり王宮へと連行されることになった。

  その道中、真聖は周囲の建築様式や人々の衣装、そして二つの太陽を何度も確認する。

  頭のどこかで、これは夢だと断じたい気持ちがあった。

  しかし、つむぎが隣で現実感を帯びた息遣いをしている限り、それは否定された。

  王宮と呼ばれた建物は、広大な石造りの城であった。

  天井の高い玄関ホールに入ると、鮮やかな赤い絨毯の先に、白銀の髪を持つ女性が立っていた。

  王女リアスと呼ばれるその人物は、凛とした佇まいで二人を見下ろした。

  「天より落ちた者たち、か」

  リアスの声は落ち着いていて、しかし厳しさを孕んでいた。

  「名を名乗れ」

  「真聖。東京から……いや、地球から来た、としか言いようがない」

  「つむぎです。同じく」

  リアスは視線を鋭くした。

  「地球? 聞いたことのない国だ。だが……おまえたちは偶然の旅人ではないな」

  その一言に、真聖は軽く眉を動かした。

  この世界で何が起きているのか、そしてなぜ自分たちが巻き込まれたのか――答えを探さねばならない。

  だが、胸の奥底で不思議な高揚感が芽生えていることに、真聖自身も気づいていた。



 リアスは玉座の前で片膝をつき、片手を胸に当てた儀礼の姿勢を崩さない。

  「おまえたちが落ちてきた地点――地下遺跡の入り口は、今や危険地帯となっている。原因は“二重輪(ダブルリング)”と呼ばれる古代の魔導機械だ」

  その言葉に、真聖は思わず問い返す。

  「二重輪……それが、俺たちをここに?」

  「可能性は高い。輪が完全に暴走すれば、王都ルテオラそのものが消えるだろう」

  リアスは表情を変えず淡々と語った。

  「帰還したいなら、輪の調査に協力せよ。おまえたちの知識が役立つやもしれぬ」

  「つまり……王国の依頼を引き受けろと?」

  真聖は一拍置いて頷く。「分かった。俺たちも帰り道を探す必要がある」

  つむぎも小さく息を吐いた。「やるしかない、ってことね」

  彼女の声音はどこか戦場に挑む覚悟を宿していた。

  ――こうして、真聖とつむぎの異世界での生活が始まる。

  まだ、仲間との再会も、待ち受ける試練も、このときの二人は知らなかった。

  ただ一つ、確かなのは――落下で始まった運命の歯車は、もう止まらないということだった。

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