目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第3話 世界観

「おいおい、電子IDの出し方がわからないなんてアンドロイド初めてだぞ……」


「そんな事言われましても……」


 困惑。二人して困惑。公安の人からすれば身分証のID提示はごく普通のことらしいが、当の俺もIDの所持、又はそれの出し方有り方すらしらない。


 人間だったころ職質された経験があるからこそ、身分証を提示できないヤバさは理解している。得体の知れない奴……。それが今の俺だ。


 そう思っていると、公安の人が耳にかけている装置をいじり出し、装置の一部分が発光。公安の人の前に半透明なディスプレイが出てきた。


 宙に浮くディスプレイを慣れた手つきで操作。


「とりあえず性別と名前で検索だな。固有名称……名前は?」


「えっと、サ、サンドリヨン……です」


「サンドリヨン? 聞き慣れない名前だなぁ」


 そう言いながら打ち込んでいく。


「あーあえて聞くが、声や姿から見て男性タイプだよな?」


「はい……男性、タイプです」


「OK~~。男か女か見分けがつかないアンドロイドも居るからな」


 そう言いながらポンポンと空間に映るディスプレイを触る公安の人。手持ち無沙汰な俺は往来する色んな人々を興味深く眺めていた。


 そして数秒後。


「お、ヒットした。生まれた日時が今朝だから生まれたてほやほやだな。IDはっと……。……Z」


 ブツブツと独り言を言っていると思ったら、急に黙り込んでディスプレイに釘付けになってた。


(……え? なんで黙るの!?)


 そして俺は一気に不安になった。警察官に職質され、身分証を提示したら様子が変わった。そんな状況に陥れば怖いし、知らない間に何かしでかしたのではと頭を抱えたくなるのは当然だろう。


(めっちゃ怖いんですけど……。早々に逮捕されるかッ!? 逮捕待ったなしか!?)


 何の根拠もなく不安に駆られておかしくなる俺。そんな俺とは裏腹に。


「握手してくれ!! サンドリヨン!!」


 満面な笑みを浮かべる公安の人。訳も分からず言われた通りに右手を差し出すと、ガシッと両手でブンブンと握手された。


「いやぁ~~伝説の"Zシリーズ"と握手できるなんて役得役得ぅ!」


「ぜ、ゼット?」


「ID―Z41006!! 冠にZが付くアンドロイドはこの世界に安寧をもたらすと言われているIDだ! ちなみに数字の数だけ居る訳じゃないからな! 俺が知る限り片手で数えるだけだ!」


 色々とツッコミたいけど、"言われている"ってただ噂の域を出ないってことだろ……。


「おっと、つい興奮してしまった。ン゛ン゛! 気を取り直して……。無事に素性はわかった訳だが、これから何も予定が無ければ国営ギルドに行って物理カードの身分証を作るといい」


「……国営ギルドですか」


「ああ。読んで字のごとく、民間が運営するギルドじゃないくて国が運営するギルドだ。アンドロイドは電子身分証を持っているが、物理カードも持っていると何かと便利だしな。あ、アンタが電子身分証を提示できないのはぁ……たぶんまだ馴染んでないからだろ。生まれたばかりだし」


「はぁ……」


 確かにメッセージ曰くギルドに入るも良しと書いてあったが、民間運営と国営運営の違いがあるなんて初めて知った。電子身分証なる物の存在も気になるが、当の俺がピンと来ていないのもあり、物理カードを作るのが無難か。


 今みたいに公安に絡まれる時もあるだろうし、なにより俺、暇だし……。


「?」


 そんな事を思っていると、何の脈略もなく視界に矢印が出てきた。矢印の方向を向くと、床に青白いラインが見えるようになり、俺をどこかに誘っているとわかる。


 そして視界の左上には『目的地:オルケストル国営ギルド東支部』とメッセージがあった。


「どうした」


「あ、急に床にラインが出てきて……」


「それはアレだな。アンドロイドが持つ便利機能だ。目的地まで案内してくれる。俺たちは端末を見ながら移動するが、アンドロイドの利点はそこだよな」


 そう言うと公安の人はニッコリと笑った。


「俺はニックて名だ。見ての通りしがない公安さ」


「あ、俺はサンドリヨンです」


「ハハ、もう知ってる。これも何かの縁だ。連絡先の交換と言いたいが、アンタは生まれたばかりで本調子じゃない。調子が良い時にでも声をかけてくれ」


「はい!」


「よし。俺は仕事に戻るとする」


 じゃあな! と後ろを向いて軽く手を振ってくれた。


「ニックさんか……」


 声をかけてくれたニックさん。目じりの小皺がキュートな人で優しい人物だ。俺みたいなアンドロイドに積極的に声をかけて手助けしている人。たとえそれが仕事の一環だとしても、滲み出る人柄の良さを買われての採用だろう。


 有能。あまりにも有能な採用担当だ。


「俺の調子が良くなったらニックさんに会いに来よう」


 そう独り言を呟きながら、視界に映る青いラインの上を歩く。


 空飛ぶドローンや街行くアンドロイド。大型モニターや宙に映し出される半透明のモニター。そこに映る広告。


 植えられている観葉植物の有機物と、高層ビル群の無機物。相反するそれらが何故こうもマッチするのか。タイヤの付いていないバスを運転する車掌さんに問いたいところだ。


(おっと。赤信号だ)


 この世界にも信号の概念があるのは当然と思いつつも少なからず驚きもある。というか、それ以外のも驚きがある。


(まさか未来都市スタートだとはなぁ)


 『イモータルワールド』のパッケージ裏にはファンタジー色の強い中世風の世界や、武侠風の中華風ファンタジーの世界、夜空に桜が舞う日本風の世界や、ここ未来都市世界の画像が散見された。


「パワースラッシュ!!」


 剣士になってモンスターを倒すも良し。


「金剛無双拳!!」


 古に伝わる武の真骨頂を操るも良し。


「一式抜刀!!」


 日本刀で妖怪を斬るのも良し。


 そんな中俺は。


「やりやがったなこのやろう~~! ロケットパーンチ!」


 ――ビヨ~~~ン。


 だもんなぁ。日本男児よろしく日本刀を携えてブイブイ言わせたいでそうろう。桜が舞う月夜で酒を飲む。これもしたかったで候。


 二十歳になって酒も飲めるようになった。そしてビールの美味さを知る歳になったけど、京の都で飲む日本酒は最高の一言だ。


 そもそもの話、俺は酔えるのかはなはだ疑問だ。だってアンドロイドだもん。


 合コンの折。酒に酔い気持ちよくなった男女が人知れずどこかへ行く現象。そんな奴らが下半身気持ちよくなってる時に、俺はゲボゲボ吐いていた。もちろん飲み過ぎてだ。


 今にして思えば苦い思い出だが、何とも言い難い癖がある……。


『目的地に到着しました』


「……あ。着いた」


 そんなしょうもない身の上話を思い返していたら、いつの間にか目的地に着いていた。


 目の前は三階建ての小さなビル。ビル群の合間に建てられたには何とも乏しい印象を受けるが、『支部』なのでこんなもんかと納得できる。


「ふーん」


 そして自動ドアから鎧や軽装備といった如何にもファンタジーしてる人たちが出入りしているのを確認。それ以外にも作業着姿の人や、俺がいた現代でも通用するファッションの人たちも出入りしている。


(時代錯誤が過ぎる……)


 そう思いながら俺も建物に入った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?