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第4話 物理カード

 ――ウイーン。


 聞き慣れ過ぎている自動ドアの音が聞こえる。知っている音を聞くと妙な安心感があるのは、アンドロイドになった俺に不安がある証拠だろう。


「おぉ……」


 思わず驚きの声が出た。


 外のビル群の鬱蒼としたピカピカ具合とは違い、建物の内部は観葉植物や半透明ディスプレイの掲示板、談笑用のテーブルにソファ、そして窓口が多い受付と非常にコンパクト。


 軽装備の剣士風の人やローブ姿で杖を持つ人、格闘家っぽい人が掲示板を眺めているのを見ると、ファンタジー感あるなぁと思う。そしてテーブルには髭もじゃの人たちがガハハと笑って談笑している。


 受付の上部には『砂漠に超巨大サンドワーム出現!! 迂回して渡るべし!!』と注意喚起のメッセージが流れている。


(サンドワームってアレだろ? 映画でよくあるクソデカい口の芋虫みたいなの。それの超巨大ってどんなだよ……)


 想像するのは砂漠を自由自在に泳ぐ巨大な芋虫。大きな口で何でも捕食するヤバイ奴だ。それの超が付くほどの巨大ならばもう災害レベルだろう。


(そんな事よりも受付だ)


 受付の上部看板に役所とかにある『○○課』みたいな表示は特にない。先に受付していた剣士で構成されたチームはどうやらクエスト? 帰りらしく、受付嬢から現金報酬を貰ってニッコリとギルドから出て行った。


 そんな彼らを横目にし受付の方を見ると、正面の受付嬢と目が合った。


「ふふ♪」


「……」


 俺に笑顔で手を振っている。用があるなら来いと言わんばかりだ。


 戸惑いながらも受付の方へと脚を運ぶ。受付嬢のニコニコ顔が俺を注視していて目を逸らせない。


「あ、あのぉ」


「ようこそオルケストル国営ギルド東支部へ! ご用件は何でしょう!」


 はきはきとした受け答えに絶やさない笑顔。女性慣れしていない童貞な俺はこれだけでドキッとしてしまうが、相手は普通に仕事で営業スマイルと察してしまうから何とも悲しい……。


「物理カードの身分証の発行をお願いしたいんですけどぉ」


「身分証の発行ですね! オルケストルギルドメンバー以外の方なので、こちらの端末にIDデータをお送りください!」


 そう言って受付嬢は半透明のディスプレイを映し出し、そこにデータを送れと指示してきた。


「……」


「……? あの、どうかされましたか? こちらの端末番号はSー516ですよ」


 終始笑顔だった彼女が微動だにしない俺に疑問顔。


「あの、実は俺生まれたばかりでして……。まだアンドロイドとして馴染んでないと言うか……かってがわからなくて……」


「エ!? そうなんですか!?」


 驚いた表情を見せる受付嬢。美人というより可愛い系の女性だからか、表情の一つ一つが見ていて可愛い。


 そんなことを思っていると、受付嬢は顔をブンブンと振り、また笑顔に。


「と、とりあえずこちらでご確認するので、お名前と性別を教えてください! 覚えているならばIDが早いですケド……」


「えっと、IDは確かZ41006で、名前はサンドリヨン。男です」


「はい! IDはZ41006ですねーZの41……ってZシリーズぅ!?!?」


「!?」


 今日一番のクソデカ大声に俺は驚愕。驚いた拍子に視線を感じると、周りにいた人たちや他の受付嬢までが珍獣を見るかのように俺を見ていた。


「すごい!! Zシリーズ初めて見ました!! 握手してください!!」


「は、はぁ」


 手を差し出されたので普通に握手した。ちなみに受付嬢の手は思ってより小さかった。女子ってそんなもんなの?


「おいあのアンドロイド、Zシリーズだってよ」


「マジかよ」


「私初めて見たかも」


「確かに普通のアンドロイドとは風体が違うな」


 なんか周りがざわざわし始めた。


「握手ありがとうございました! ごほん! えっと、ものすごくたまぁにですけど、生まれたばかりのアンドロイドは馴染んでない状態があるんです。時間経過でアンドロイドとしての性能を問題なく発揮できるようになるので、そこまで心配はいらないかと」


「そうですか……」


「それとですねぇ、このままでも物理カードの発行は可能なんですけど、発行手続きと同時にギルドメンバーになったりできます!」


 流れでギルドメンバーになるもんなど思っていたけど、発行とギルドメンバーは別の手続きなのに少し驚き。といってもそれが普通か。


「今のところギルドに入る予定も気持ちも無いです。そもそも何も知らないので……すみません」


「いえいえ! こちらこそ不躾な提案ですみません! では物理カードの発行のみのご要望で進めますね!」


 少々お待ちください! とディスプレイを操作。そしてトコトコと奥の角を曲がって姿を消した。


(発券機みたいなのが奥にあるのか……。日本の役所みたいだなぁ。……ん?)


 手持ち無沙汰でそんな事を思っていると、周りのざわめきが沈まないと思い、ざわめきの方へと顔を向けた。


 案の定テーブルを囲う髭もじゃの人や、掲示板を見てた剣士チーム、その他にもチラチラと俺を見ていた。

 そして俺と目が合おうとそれぞれが一斉に目を逸らした。


 否。


「ふ~~ん♪」


 ケモ耳――いや、うさ耳のセクシーな女性が脚から頭の天辺まで、舐める様な視線で俺を見ていた。


(うぁ流石色物ファンタジー。涼しい顔で下乳見えてる衣装着てるよこの人……。どんなファッションだよ……)


 この場に居る人や外ですれ違った人たちは、みんなファンタジー感ある服や近未来的な服、日本現代にも通用する様な服装だったりだが、うさ耳の人は違う。


 黒のブーツに生足ホットパンツ。そしてへそ出し下乳出しでオレンジ色の半袖ジャケットを羽織っていて挑発的なファッションだ。


 妖艶な舌なめずりに目が行きがちだが、よく見ると鼻筋が通った端正な顔立ち。ミディアムショートヘアとうさ耳でキャラが立ちすぎている。


(!?)


 瞬間、俺に電流走る。


(思い出した!! このうさ耳の人、原作キャラじゃないか!?)


 妖艶なお姉さん属性にセクシーすぎるファッション。そして濃すぎるキャラ性。それもその筈、あのうさ耳の人は『イモータルワールド』のパッケージ裏で顔出ししていたキャラの一人だと思い出した。


(よくよく思い出してみると、うさ耳の人は羽織ったジャケット上からの画像が使われていた。つまり何が言いたいか……。昨今の厳しいCERO事情故のパッケージ配慮。下乳隠しの顔出し。つまりは制作側の妥協……!!)


 感度3000倍かよと思ってしまう程のセンシティブに敏感な昨今。牛乳の"乳"ですらクレームが来ると言われる魔境にて、もはや下乳なんて以ての外だろう。


(ちょ、怖い怖い……!)


 センシティブは置いておくとして、そもそもの話この時代は『イモータルワールド』原作終了の世界なのか、それとも原作前なのか、現在進行形なのかも一切分からない。


 だからこそ、どうあがいてもイベントが発生する原作キャラと関わるなんてくじ運悪いどころの話じゃない。ただでさえ選挙投票に行くだけでビビり散らかしている大学生だったんだぞ俺は。


「お待たせしましたー! こちらがカードになります!」


「あ、どうも」


 戻って来た受付嬢さんの声を聴き振り返る。デスクの上にはトレイに置かれた物理カードがあった。


「あの、いつの間に顔写真が……」


「中央管理局にすべてのアンドロイドデータが保存されています。指紋から顔写真まで。ここから一部アクセスできるので!」


「はぁ……」


 すべてのアンドロイドデータは中央管理局なる所が管理している。そしてギルドは一部だけアクセスできるから情報を読み取ったと。


 生まれたばかりで当然だが、ホント俺は何も知らない。まずはこの世界のこと、ひいてはこの未来都市である『オルケストル』のことを知って行かないとな。


「お名前は間違いないですね?」


「はい」


「ではお受け取りください!」


 ちゃんと名前がサンドリヨン。IDも合っているし問題ない。バーコードとQLコードを混ぜた様なコードも載っている。


「では事務手数料として500クレジットをお願いします!」


「……。……え」


 瞬間、俺の顔色がみるみるうちに青くなっていくのがわかった。


 何故ならば。


「……あの。俺、その、生まれたばかりだから、その、ぉカネない……」


「ふぇ?」


 そう。ポカンとする受付嬢さんの反応通り、俺には一銭のカネも無い。


 しまったと思わず顔を手で覆った。


(そもそもこう言った手続きはカネがいるのが普通だろ!! 失念。圧倒的失念だッ!!)


「えっとぉ、ギルドメンバーならお金を前借できるんですケド、もう手続きは戻れないしぃ……」


 受付嬢さんもあたふた。


 そんな時だった。


「――お困りかしら?」


「「!?」」


 突如後ろから女性の声。


 俺は条件反射で振り向くと、すぐ後ろにうさ耳の人が立っていた。

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