「……あの、モナさん。アンドロイドの機能でダンジョン名が視界に出てるんですけど、その、腐れ洞窟て書いてます」
「ええそうね! ここは悪名轟く最悪のダンジョン――腐れ洞窟よ♪ アンドロイドの機能が馴染んできてお姉さん嬉しいわ♡」
「……」
両手を合わせて握り、頬まで振って可愛くアピールするモナさん。笑顔で悪名轟くとか言われたらもう白目を向くしかない。
「ちなみにその悪名は何で悪名なんですか……?」
一応聞いてい見るがまぁ想像は付く……。
「触れた者をたちまち腐らせる噴き出る毒沼……。それゆえ人間や私たち亜人含む者は絶対に攻略できないダンジョンなの。強い毒耐性を持つアンドロイドを除いてね♪」
「アンドロイドを除いて……。だからお手伝いと称してここに連れて来たんですね」
「そうよ」
さすがはゲーム世界だ。色んなダンジョンがあるだろうが、まさか人間や亜人は絶対に攻略できないダンジョンが存在するとは。
テレビゲームのイモータルワールドの話ならば、アンドロイドじゃなくて人間でのソロプレイなら詰むところだが、何らかのアイテムや仕掛けを解いての救済処置があるはずだ。
そしてそれを解くのはもちろんプレイヤー側な訳で、NPCやらは絶対に解けない仕様。
だがしかし、ゲーム世界とはいえここは現実世界。人間でも亜人でも、頑張れば腐れ洞窟を攻略できるのでは……?
というか、どっかの仕掛けがこの腐れ洞窟と繋がってて、毒沼が地面に吸い込まれて攻略できる様になるとかは……。
「モナさん。この腐れ洞窟ってどこかに繋がってるとかないですか?」
「んー~どこかに繋がってるって話は聞いた事ないなぁ。だって普通近づかないし、入ったら体が腐って死んじゃうし♪」
「あ、そうですよね」
人差し指を立てて笑顔でそう言ったモナさん。確かに言う通りで、そもそも腐れ洞窟に用があるのは酔狂くらいの者。"仕掛けがあるかもしれない"なんて仕掛けがある前提で聞き込みしないと情報は出回らないし。
ちなみにモナさんは酔狂。これは間違いない。
「あ、もしかして怖気づいた? 難しい顔しちゃって~」
「別にそうじゃないですけど……。ちなみにモナさんが欲しい物ってのはどんな物なんですか?」
お手伝いの本懐を聞く。
「洞窟の奥にあるとされる
「腐壊石……」
「ピンク色の結晶で、結晶の中が泡立ってる石よ」
「中が泡立ってる結晶……」
なんともファンタジーらしい石だことで。だがしかし。
「あの、洞窟の奥にあると"される"って、あくまで噂程度の話って事ですよね。それ信憑性あるんですか?」
俺の疑問は当然だろう。だって腐れ洞窟自体にあんまり人は訪れないし、更に言えば奥に腐壊石があるなんて実際に到達して見つけてないと詳細な情報は流れない。何なら嘘ってまであ――
「オルケストル国立図書館のとある本に書いてあるの♪ オルケストル政府のお墨付きだから本当にあるわよ♪」
「あ、はい」
そう信じないとね! と締めくくるモナさん。本当に腐壊石があるかどうか、どっちにしろダンジョンに潜ってみないと真意はわからない。
「……」
人一人が入れる洞窟の入り口。下へ下へと続く坂道だ。暗がりの先へとこの暑い砂漠の風が吸い込まれている風にも感じる。
「……」ゴクリ
生唾を飲んでしまうのは少しだけ怖いからだ。初ダンジョンともあって緊張する。
「……モナさん。十二時間経っても帰ってこなかったらしくじったと思ってください」
そう言いながら一瞬だけ目を合わせて洞窟へと向かおうとした次の瞬間。
「まって」
「え――」
「――ン」
後ろから手を引かれて驚くと、頬に柔らかな感触を感じた。
それが離れると、すぐ横にモナさんを感じる。
「おまじないよ♡ 無事に帰って来て」
「……はい!」
妙にテンションが上がった俺は、意気揚々に洞窟へと足を運んだ。
――ッピピ!
洞窟に入って坂道を下る。潜ってから数分。
視界にはフィールドスキャンをしている洞窟の輪郭が常に表示されており、視界の端には上から見た洞窟の簡易なマップが随時更新されている。
(今のところ敵影はなし。そして徐々にだが道が広くなっている……)
この細い道。よく見ると右にカープしている道であり、大きく右にカーブを描いて降りていると容易に想像できる。そしてモンスターの類は今のところなし。居ないなら居ない方がいい。
だけども。
『空気中腐敗毒素率:0.02%』
文面からする察する絶対によろしくない数値も視界に現れている。
(一酸化炭素中毒って確かこの数値でめまいとか頭痛がするんだっけ……)
空気中毒素と呼ばれる一酸化炭素中毒。それの数値が0.0.2%ならば頭痛と吐き気、めまいが。0.08の状態で二時間程度晒されれば失神。0.16%ならば死ぬ可能性がある濃度だ。
だがこのダンジョンは『腐れ洞窟』。一酸化炭素中毒ではなく空気中腐敗毒素という代物の濃度が上がっているあたり、ファンタジー御用達だと思った。
(……アンドロイドだから無事何だろうけど、普通の人がここに居たらどうなるんだろう……)
腐敗だ。腐敗。吸った空気が腐敗毒なんだから、体の中、つまりは内臓から腐って行くと考えるのが普通か。
(そう考えたらマジでヤバいダンジョンだなここ)
空気吸うだけで死ぬとか絶対に近づいたらアウトなダンジョンだ。そりゃ人も寄り付かない訳だ。
そう思いながらも着々と進んでいく。そして変化があった。
「……沼だ。腐敗沼」
広い場所に出るとこんにちは。まるで俺を歓迎する様に腐敗沼が溜まる所に出た。
コポコポと空気の泡を作る腐敗沼。それが所狭しと湧いてるもんだから進むのが躊躇する。
「いや、原液は流石にアンドロイドでもダメだろ……。避けて通るか……」
一応俺はアンドロイドだが、これでも人間の有機物部分が残ってる。顔とか指とか胴体、あとガードで隠れてるけどチ〇コもある。
そう思うとピピっとメッセージ画面が視界に。
『ノーマルアンドロイドでの腐敗沼接触は非推奨。腐敗毒が浸透し腐敗に犯されます』
あ、やっぱりそうだった。やっぱり帰るか。
『TYPE―Deus Ex Machina:固有名称――サンドリヨンにはあらゆる毒の強固な耐性があり、腐敗沼内、海中、地底、大気圏外の活動が可能です』
あ、なんか俺大丈夫そうだわ。
そう思いながらも中々腐敗沼には足を踏み入れれないのが人情。だがしかし、モナさんの頬チッスが俺を勇気づけてくれる。
「っほ!」
――パシャ!
意を決して腐敗沼の端に足を踏み入れた。
「……」
そう言えば脚は機械だから腐敗毒に強いのは当たり前だと思考。思い切って生体部分の手で腐敗沼を掬ってみる。
(……特に何も感じない)
特に痛みや痺れは無いただの色がヤバ目の水。そう認識した途端だった。
『オートクリーニング発動中』
「お」
視界の端に点滅するメッセージ。手に濡れた感触がなくなったと同時に腐敗毒が手を伝って滴る。それだけじゃなく、浸かっている足の濡れた感覚も消えている辺り、腐敗毒を排出する機能が発動しているとわかる。
アンドロイドの体パねえと思いながらも、ずんずんと毒沼の道を進んでいく。そして広めのここを抜けると、俺は驚いた。
「――なんだよここ」
地獄。
そう、地獄。
広い広い、広すぎる洞窟が俺をお出迎えする一方、腐敗毒の滝が流れ辺り一面腐敗毒沼が広がる地獄がそこにはあった。
洞窟ゆえ光源が無いのに妙に明るく感じるのは、天井どころか壁や岩、面積の少ない地面にびっしりと生るヒカリゴケの影響なのか。
そして俺をお出迎えしたのは地獄の腐敗毒沼だけじゃない。
「!!」
「!!!!」
石の肌を持つ四つん這いの人型モンスターが俺に立つ塞がる様に現れた。
「こっからが本番だな!」
俺は握ろ拳を作り、構えた。