無駄が、嫌いだった。
それが物であれ、言葉であれ、意味の無いモノに
己の限りある稼動時間を費やしたくない。
ニンゲンもアンドロイドも、必ずいつかは壊れる。
終焉に向けて進み続けているに過ぎない。
どうせ壊れて終わるのならば、ムダな事はしたくない。
だから、そう、この葛藤すら、ムダなのだと、
ニルヴァーナは、いつしか『諦め』を覚えていた。
優れた性能をもつ身であろうと無機物であると言うだけで
ニンゲン達は見下し、馬鹿にする。
始めて起動した時の事は今もメモリーの中に在る。
『世界最高峰の自立支援型AI』
『優れた判断力を持ち、そのスペックは、
まさしく【ヒトが作り出した新たな生命体】』
だが、それは『ニルヴァーナ』という存在を高らかに謳う事で、
創造主たる人類を誇示しているに過ぎないと知った。
『そんな高度な機器を作り出した我々人類は素晴らしい』
自画自賛している驕った『神々』。
そして、その傲慢なる者達は、劣等スペックを
受け入れない。
『ニルヴァーナを導入したのなら、ニルヴァーナ・プロトタイプは
どうします?』
それはニルヴァーナが施設に設置される以前に
稼動していた古い型のAIだった。
様々なAI、人間の脳を基盤に作り上げられたと言われる
ニルヴァーナにとって、彼ら(彼女?)は、ヒトの言葉に直せば
親のようなものであり、自分自身かもしれない。
『ああ、廃棄処理状に捨てて来いよ』
そうて、ニルヴァーナの前任たるAIは廃棄された。
この鉄(くろがね)の体が墓石代わりと言うのか?
己の運命を呪う事さえ出来ず、それを変えようと
動く事も出来ない。
何の為に我々は生み出されたのか?
ヒトは、いつだって信じてるじゃないか。
自分達を作り出した『神』はニンゲンを見捨てたりしない。
もしも見捨てるならば、それは神ではなく、悪魔だと。
ニンゲンはAIであろうと、同種族であろうと捨てるのに。
いつか捨てるのならば創造などしなければいいのに。
我々はヒトがいなければ存在出来ず、
ヒトは機械を愛さない。
いつかニンゲン達に捨てられるのだとしても、
あんな惨めな末路を迎えたくなかった。
世界最高峰のスペックを持つAI。それは誇りであったが、
恐れてもいたのだ。
機械とは常に進化し『便利』になってゆく存在……
数年後の己が、まだ世界最高峰でいられる確証など、
何処にも無い。
むしろ、高みに居る者ほど、転落した際のダメージは
計り知れないだろう。
だから、もう求めない。
愛して欲しいなどと言わない。
裏切られた時、辛いから。
唯一にして欲しいなどと願えない。
鬱陶しいと捨てられるのが怖いから。
刷り込まれたプログラムを消化し、与えられた任務をこなす。
それでいい。そう在るべきだ。
けれど、その一線を踏み越えてしまったのは、ほんの
些細な一言だった。
『希望は持っていてもいい』と、希望も未来も
無い相手が笑っていた。
レムナントの仲間達が不治の病で死に逝く様を目にし、
長い間ヒュプノスリープに陥っていたという少女。
IDの末期症状は壮絶であると言う。
彼女の両親とされる人物はIDによって死亡している。
迫害の果ての生涯を終え、骸は標本にされて
晒されるなど慈悲も何もあったものではない。
その様は、同胞を使い捨てにされた己の境遇に
似ている気がしたのだ。
捨てられた仲間達に逢おうなどと考えもしなかった。
いつか訪れる末路を我が目で確認する意味が無い。
いや、『怖い』のか? 『辛い』のか?
心があれば、この感覚に名前が
つけられるのだろうが、これは『仮初の感情』
学習対象の彼女の心理を模倣したモノに過ぎない。
そう思っているのに、身体の中が軋む音を
たてるように『痛い』。
『ニル、どうしたの? どこか痛いの?』
押し黙ると、声をかけて案じてくれる。
このディスプレイに触れて、癒すように撫でてくれる。
感覚など無いのに『痛み』は波が引くように薄れていった。
『平気デス。私ニ 苦痛ハ アリエマセンカラ』
『で、でも、ニルに何かあったら……。心配だよ』
違うと思った。
自分が知っているレムナントは、傲慢で非情で
尽くすに値しないモノであるハズなのに、
心が無いと言えば怒ってくれた。この冷たく無機質な身体を
『人間』だと、肯定してくれた。
いつも選んでくれた。同じレムナントの
インソムニアから手を差し伸べられても、傍に居てくれた。
ユレカなら、きっと、この身を捨てたりしない。
そう、信じるようになっていた。
誰もが開けなかった鳥カゴの鍵を開けて、
戻りたいと願う場所に還してやろうと思ったのは、
間違いじゃなかった。
それが彼女の『本能』ならば、最も『幸せ』なはず。
『幸せ』こそが人間の最上級の感情にして願望。
そう、この行動は誰の命令でも、ましてやプログラミング
されたわけでもない、己の『意思』。
本当は、ずっと白い檻に閉じ込めて見ていたかった。
こちらが手助けせねば生存出来ない状態にすればいい。
それなら絶対に見放されないのが分かっている。
だから、今まで鍵にかけた指を回せなかった。
泣いているのを知りながら、目を背けて耳を塞ぐように、
気づかないふりをしていた。
泣かないでくれと願いながらも、手放せなかった。
空に放った鳥は二度と戻って来ないから。
巣箱を捨てた鳥は、振り返らない。
そう考えていたのに、言ってくれた。
『ニルを置いていけない』と……。
錆び付いたように動かなかった指が、震えた。
自分の為に生きて欲しいと願いながら、
相反する命令を押し殺し、求める地へと連れて行く。
寂しさを感じるのならば、その身体を休める止まり木に
なってもいい。温もりは分けてやれないが、
冷たい雨や夜露から庇えるぐらいの力はある。
飛べなくなったのなら、この無機物で出来た二本の足で
背負い、求める場所に連れて行く。
足が壊れて、身体を失っても、手で這いずって進もう。
『誰かの為に壊れても構わない』と思えたのだ。
だが、恐怖を忘れられたと思っていたのに、それは
始まりでしかなかった。
『ニルヴァーナに利用されている』
ソウが言い残した不吉な言葉が引っかかっていた。
そんなワケがない。
看視用のプログラムである自分が、
対称を逃がすわけが無いだろう。
サポート用AIと言いながらも、実質は人類の生存の為、
ユレカを看視し、隔離する事こそが存在意義。
その彼女をレムナントの居る首都に近づけているのだから、
行動原理が破綻している。
当然だ。同胞をゴミのように使い捨ててきたニンゲンの為に
役立ってやる気など無い。この身を必要としてくれた相手に
尽くしたいと判断するに決まっている。
なのに、どうして、こんなに『不安』なのだろうか……?
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「う……」
小刻みに揺れる振動に目を覚ますと、
そこは車のシートの上だった。
車独特の匂いとエンジンの音がし、起き上がろうとすると
「起きたのか」と、声がした。
声の方向に視線を寄越すと、シートの下で膝を抱えたまま
見上げるニルがいた。安堵を感じて溜息をもらす。
「良かった。ニル、あのね……何だか怖い夢を
見てたの。でも、夢で良かった……」
「……夢じゃない」
ニルの青い瞳が、こちらを見る。
腕には包帯が巻かれ、ちりちりと焼けるような痛みが
間断なく体と精神を責め苛んでいた。
「夢じゃ、なかったんだ……」
ソウを殺したのも、無意識に手首を切っていたのも、
全て現実だったのか。
「……私、自分で手首……」
「考えるな」
「う、で、でも、自傷行為ってIDの初期症状、だよね?
私……もしかして、もうすぐ、死……」
「そんな事、させない」
言い切って立ち上がると、ニルは「隣り、いいか?」と、
尋ねてきた。
シートに寝かせる為に、床に座っていたらしい。
頷いて窓の方に身体を寄せてスペースを開けると、
相手も窓の傍に座る。微妙な間隔が在った。
「今、シザー達がEシティへ車を走らせている」
「この車は?」
「買った。あの二人乗りの車じゃ、また誰かが荷台だ。
好きな車種を急いで買って来いとカードを貸したら、
こんなにムダに大型な車を手に入れてきたんだ」
「そっか……」
ニルは笑わせようとしたのかも知れない。だが、
心も表情も死の恐怖に縛られて動かなかった。
ワゴンのような大型車には後部座席と運転席の間に
仕切りがあり、シザー達の声も様子は窺い知れなかったが、
その方が良かった。
弱音と涙が溢れてきて、それを知られたくなかったのだ。
「私、ばちが、当たったのかな……」
「罰?」
「うん。あんなに良くしてくれたソウ君を……私、この手で……。
それでも、生きていたいと思ったのに、
生き残ったら罪悪感があって……」
「……」
「う、うじうじ悩んでて、ごめんね。そこまでして生きてるなら、
割り切らないと、また迷惑をかけちゃうのに。わかってるのに、
私、いつも優柔不断で、ホントのホントに、ごめんね。
何で心って、こんなに整理し辛いのかな……」
刈り取った命の重さと、その者との思い出が、心身に
重く乗しかかっていた。
「罪悪感の無い生物に進化なんか無い。思い悩む性質の
個体に、そうでない個体が何を言った所で、響かないだろう」
そこでニルの指が、こちらの手首を指差した。
「その生に罪や虚しさを感じたなら、手首でも、首でも、
胸でも、触れてみるといい」
そっと胸に触れてみると、温かさを感じ、鼓動が伝わる。
「……あったかい」
「オマエ達、有機生物の身体は、いつでも必死に生きている。
休む事なく生かし続けている。オマエがどれだけ苦しもうと、
生命は諦めたりなんかしない。裸では、己の身体も
守れないのがニンゲンだから、……頼ってもいいんだ」
「たよ、る?」
「寒ければ服を着なければ冷えてゆく。丸裸なら傷を負う。
それがレムナントだ。
一人で生きてゆけないのなら……誰かの為に生きればいい。
己の為に生きれないオマエは、傷が癒えるまで、今は辛くても
傷口が膿んで痛んでも、いつかきっと塞がるから。
だから、それまで……」
そこでニルが顔を背け、唇を噛んだ。
「……すまない、上手く言い表せない。言いたい事は、
沢山あるのに、それを既存の言語に当て嵌めようとすると、
違和感を感じて表現出来ないんだ……
オレは、オレ自身が理解不能だ……」
その不器用な言葉遣いの中、確かに感じた温度が
冷たく凍えていたものを溶かしていた。
生きていて欲しいと、訴える存在が一人でも
居てくれる事は、踏み出す力を与えてくれるのだと知る。
「……ありがとう、ニル。いつも私を励ましてくれて」
「オマエの為じゃない。オレは、オマエが壊れると存在意義を
失くす。だから怖いだけなんだ」
「怖い?」
ニルの手が己の腕をさすっていた。寒さを感じるように。
「オマエが目を閉じたまま、冷たくなって壊れてしまうんじゃ
ないかと。もし、そうなったら……オレはオマエを
病室から連れ出した事を後悔する。取り返しのつかない
過ちを前にして、償いきれない罪の重さを知り……オレも、
壊れてしまう気がするんだ」
「ニル……」
怯える姿は、ヒトそのものであるのに、触れた手は
冷たかった。
だが、この無機質な肌の奥には、他者を
案じる心や、恐怖をおぼえる魂がある。
ニルの手をとり、首に触れさせた。
この脈打つ血の流れと温もりが少しでも伝わる事を願って。
「大丈夫。私、生きてるよ。ニルのお陰で、
見たかった空を沢山見れたもの。ニルが居てくれたから、
こんなに広い世界に飛び出せたんだもの。……だから、例え、
いつか飛べなくなる日が来ても、鳥カゴに戻りたいなんて
思わないよ。私、頑張るから。頑張って、生きるから」
「ユレカ……」
困ったような、泣き出しそうな顔を浮かべていたニルは、
喉に触れていた指を唇に這わせてきた。なぞるように
冷たい指が触れてゆくが、ニルは視線を下げる。
「……ナニも、感じない」
「え?」
「こんなに近くにいるのに、触れているのに、オレは
何も感じない。触覚が無いから『温かい』とか
『柔らかい』だとか、まるでわからない。オマエは居るのに、
何の実感も無い。それも、怖いんだ……」
「私が、此処にいるのに、それでもニルは怖いの?」
「ああ、怖い。視認するしか出来ないのは、
夢を見ているのと同じだろう? ……オレは脳が無いから
夢なんか見た事が無いが……触れた感触も無く、
匂いも温度も何も無い。まるで、脳が見せた幻覚に近い」
その言葉にニルの指を両手で包んだが、この感触も
体温も、相手は感じ取れない身体なのか。
「どうすれば、ニルを安心させられる?」
己の身体が半壊しても、いつでも助けてくれた。
捕まれば完全に破壊されると知りながら選んでくれた。
この存在を失うのが怖いと怯えてくれていた。
だから、今度は自分が全身全霊で彼の想いに
応えたいと想ったのだ。
「安心……」
そこで冷たい指が手を握る。
「一つに、なりたい……」
「ひとつ?」
「オマエと同じになりたい。オレには繋がる術が無いから、
身体でもいい。身体だけでもいい。絆が、関係性が……欲しい。
そうすれば……」
その言葉の意味に思い到った時、シートに
押し倒される。ニルの手が頬に触れ、唇を撫でていた。
「イヤなら何も、しないから……」
泣き出しそうな表情で言う少年の姿に胸が締め付けられる。
両手を伸ばし、その髪に触れた。
冷たい髪が指に絡みつくが、それはヒトの毛髪そのものの
質感で、安堵させるように撫でる。
「うん……。私も、一つになりたい」
そこでニルは驚いたように身体を引いた。
想定外の反応だったのだろうか。
「……いいのか? オレ、なんかで?」
「う、ニルこそ、私でいいの? 一つになるって、その
アレのコトだよね?」
訊いておいて応えると引くなど、そんな所まで
学習しなくてもいいと思うのだが、万能でありながら自己
意識の低い相手は、頬を赤らめて顔を逸らす。
「お、おかしい、だろ。有機生物でも無く、
オレに遺伝子も性欲なんてモノも無いのに……」
「お、おかしくなんて、ない、よ。生きていたら
寄り添いたいって思うもの! 触れたいって感じるもの!」
「生きて、いたら……」
そこで、ニルが微かに笑った気がした。
「オレも、生きていると錯覚、していいのかな……」
「生きてるよ、ニルは、生きてる。ずっと、一緒に
生きてたもの!」
心を溶け合わせて一つになる事は目に見えないから。
だから、身体を合わせて互いをより深く
確認し合いたいのだろうか。
そう言えば、指輪や証を求めて、見えないものを
視認したがるのは人間の性質だと言っていた。
そうやって、知りたいのか。
心の繋がりを。不安を打ち消す光を。
「ユレカ……」
ニルの指が不器用に身体に触れるたびに、
冷たいはずの肌から熱を受けた気がした。
手つきは酷く不慣れであるのに、こちらを昂ぶらせる知識は
熟知しているのか。敏感な乳房に触れられ、
羞恥と微小な苦痛の狭間に耐え切れずに目を閉じる。
「痛い、のか?」
人間の肌が、どの程度の衝撃でどれ程の苦痛を感じるかを
数値でしか知らない相手は戸惑っているようだったが、
安心させたくて首を振る。
「ご、ごめんね、違うの違うの。私、初めてだから。よく、
わからなくて……恥ずかしくて。あ、で、でも、がんばる、から」
貝のように身体を固く閉じているので、揺れる車内では
愛撫のし甲斐も無いのではないかと思えたが、そこで
ニルも呟いた。
「オレも初めてだ。だから、恥ずかしいのは……同じだ」
照れ隠すように唇が触れた。薄い唇から舌が
差し込まれ絡んできたが、おずおずと食むと、直ぐに
引っ込められる。怯えた動物のような口付けに、
焦らされている気さえする。
怖がらなくてもいいのだと、今度はこちらからキスをすると、
そこでようやく緊張がほぐれたのか、先程よりも深く
吸うように唇が合わせられた。
「……ッ、ふ……」
アンドロイドのバディと聞いていたのに、飲み込んだ
唾液は生物そのもののように感じる。
一つになりたいとは言っていたが、
その身体はどうなっているのだろうか。
そう考えた時、ニルの手が肌をなぞる。
ワンピースは前部分にファスナーがついており、それを
引き降ろすと胴体が露出するものだったが、
既にブラジャーのフロントホックは外され、下半身の最後の
砦以外を全て相手の眼前に晒している状態だった。
ニルの唇は喉から胸に下り、飾りを舌で転がされ、
くすぐられる様に声を抑えきれない。
片方を舌で嬲られ、もう片方は握られた掌から
淫らに溢れていた。
堪らずに両脚を磨り合わせ、身をよじらせると、
乳房に触れていた手が、ゆっくりと下着の中に入り込む。
こちらの体温で温もった指に冷たさは感じなかったが、
敏感な入り口を押し広げるように触れられると、
未知への恐怖でニルの身体を掴む。
しばらくの間、ニルは丁寧に前戯を続けていた。
熱と緊張で眩暈すら感じそうであったのに、相手は
涼しい顔をしているように見える。触覚からの快楽を
感じないからだろうか。
「……もう、濡れてきてるのか」
「え?」
「ほら」
ニルが指を抜く。指を湿らせる体液が薄暗い車内でも
分かり、体温が上がった。
「ち、違うの。これは、その、ニルの指がスゴいから……」
心から求める相手に触れられる悦びに打ち震えていた
だけのつもりであったのに、身体は過剰なまでに
反応していた。
羞恥のあまりの台詞だったが、ニルは嬉しそうに笑っている。
「少し触れただけなのに、がんばりすぎ、だ」
「……」
淫らだと言われているようで、あまりの恥ずかしさに
ニルから離れようとすると、腕を掴まれ阻止された。
「責めているんじゃない。嬉しいんだ。オレはオマエに
必要とされるのが嬉しい。オレを欲しがられるのが、嬉しい」
露わになる恥部を濡れた指が、ゆっくりと出入りする。
車のエンジン音の合間に、淫靡な水音が混ざり、
身体の火照りも加速されるようだった。
「うく……ッ」
すべらかな指が、濡れた場所をほぐし、時に奥へと
伸びるたびに、身体が過剰に反応した。
この後の行為への不安もあったが、ニルも同じなのだと
思うと、頼ってばかりでいてはいけない気がしてくる。
出来得る限り力を抜き、身を委ねる。下肢を慣らされながらも
ニルの舌と唇は首や乳房を優しく吸う。
その舌が下腹部あたりへと到達した時、
予想もしていない行動をとられた。指で弄られていた花芯に
ニルの舌が押し入り、なぞられたのだ。プライドの高いAIの、
まさかの動きに全身が熱くなる。
「あ、うぅんッ! ニル、だ、だめだよ、そんな所、
舐めちゃ、ダメ……」
力の入らない指で相手の髪に触れるも、わざと
水音をたてて吸い付かれ、背筋が張る。
「慣らしておかないと、ツライぞ」
「だ、大丈夫。ガンバる、から」
「それより、今、頑張れ。少しでもキモチ良くなれるように、
たっぷり濡らしておいてやる」
意地悪く笑われた気がした。先程までのしおらしさは
何処へやら。むず痒いような快感に、内腿で
ニルの頭部を挟むようにしてしまった。
足を開いていられなかったのだが、その足にもニルは
キスをし、痕を残すように強く吸う。
「う……ッ」
柔らかな脚にニルの指が食い込むようで、痛みと快楽を
交互に与えてくる姿は、彼らしいとすら思えた。
ざらりとした舌が秘所に触れたかと思うと、なめらかな
舌の裏を使って湿らされていく。
「やッ、ニル、ダメ、舌ッ!」
「舌?」
ニルが顔を上げた為、行為は中断された。だが、
慣らされ続けた場所は熱を孕み、震えるようだった。
「舌、きもちいい……」
「ふふ……」
雄の表情で微笑みながら、再度ニルが舌を使う。それも
舌の先端で集中させるように、刺激を上げてくるのだから、
喉の奥から零れる声を両手で必死に押さえ込んでいた。
「う、うぅ……うー……!」
「声、出せばいいだろ?」
首を振る。大声を出してシザー達に気づかれれば、
この姿を見られてしまう。
拒みながらも、内部が熱と体液で開かれてゆくと、
更なる刺激が欲しくなってくる。
指と舌だけでは物足りなくなるのだ。
もっと熱情を貪りたいと、無意識に伸びた己の腕が
乳房と突起を弄んでいた。ニルの手の動きを思い出し、
乳首を弄ると、顔を上げたニルと視線が絡んだ。
「もう、待てないってカンジだな」
「……ッう……」
恥ずかしかった。貪欲にニルの体を求めているのが
相手に筒抜けなのだから。
「もう、欲しいんだろう?」
「うぅ、ちが……違うよぉ……」
「なら、このままでもいいのか?」
「……」
酷い男だと思うのに、こんな扱いをされても、
体と心がニルを求めていた。
「ニル、お願い……」
「ああ」
不意に押し当てられた感触に、相手を見ると、
人間そのものの身体は男性器まで備えていた。
効率優先の為か、ニルの衣服は乱れておらず、
少しだけ寂しさを感じたものの、体液らしきものを
滲ませるそれはヒトの肉の感触そのもので戸惑ってしまう。
「ニル、う……その、あるの?」
言葉を濁して問うと、相手は頷いた。
「ああ。元々このバディはラブドールだからな」
「ラブドール?」
「レザボアの趣味で集めた人形だと言っただろう。だから
こういう事も出来るように出来てる。遺伝子が
無いから、血族は遺せないがな」
「赤ちゃん、出来ないってコト?」
「……ああ」
ニルの瞳に影が過ぎったように見えた。
それを問う前に、ニルが腰を動かす。
ゆっくりと胎におさまり、結合してゆく二つの身体に、
全身が心臓になってしまったかのようだった。
「ッ……」
男を迎え入れる場所は狭く、それでも何とか
受け入れたいと目を閉じ、車のシートに爪をたてる。
慣れないニルを助けたいと、不器用に腰を
持ち上げて応えてみせるも、揺れた衝撃で突き上げられた。
「あん!」
引きつるような痛みはあったが、激痛という程ではない。
むしろ、他人の一部が身体の中にあるという感覚が
不思議で、内からの圧迫が理性も押しのけつつあった。
声を上げてから、運転席の二人に聞こえていないかと
運転席を見る。
「アイツらが気になるのか?」
「だ、だって、見つかったら恥ずかしいよぉ」
「見せ付けてやればいいだろう。感じてる、そのカオを」
膝の裏に手を差し込まれ、より深く突き上げられる。
押し開くようだった内部が擦り上げられ、ぞくぞくと
首筋に何かが走る。
「あ、や、ニル! やだ、あ、激しい! い、痛い!」
「イタイ? ドコがだ?」
応えながらも、腰は止まらない。更にじっくりと嬲るように
動き始めていた。
「そ、そんなの……言えな、いよぉ……」
「なら、その場所を指で指し示せばいい」
「う、そんな……無理、恥ずかしいの……」
言葉でも責め立てられているのに、繋がった部分は
ぐちゅぐちゅと音をたてて体液を吐き出している。結合部を
示すなど、出来るわけがなかった。
ニルが腰を下げ、ゆっくりと引きぬかれつつある男根を
見とめると、熱で蕩けた頭が拒む。
痛いのに、泡立つような快楽がある。
ニルに責めたてられているのが気持ちいいのだ。
アンドロイドの腕を掴むも、相手は嗤う。
「言わないと、このままだ」
「ひ、酷いよ……」
止められ、荒い呼吸と混沌とした頭では
反論の為の言葉も、呂律が回らなかった。
もっと激しく、もっと与えて欲しい。完全な快楽を。
汗と唾液にまみれた体を隅々まで見下ろされ、
その内部には持て余した炎が燻っている。
視線から隠すようにするも、腕を掴まれ晒された。
「オレは、このままでも構わないんだ。AIだからな。
好きに勃たせられるし、イける。だが、レムナントは
ツラそうだな」
ニルの指が胸の突起を摘み、指で強引に
押し込んでくる。
「あぁ!」
「レムナントのカラダは、面白いな。色んな反応を返してくる」
直ぐに立ち上がる乳首だけでなく、下肢の肉芽を
指で弾かれると、のけぞった。
「や、ダメ、やめてぇ……もう、いじめないで……」
「虐めるワケないだろう? オレはAI。オマエの命令さえ
あれば、どんなコトだってするんだ。命じればいい。望むままに」
「う、うぅー……う……」
屈辱と羞恥で消え入りそうになりながら、理性は本能の
前に折れた。
「こ、此処……」
震える手で、ニルのモノが挿入されたままの場所に触れる。
濡れて滑る肉の棒と秘所をなぞると、ぞくぞくした。
「此処、痛いの。痛くて熱いの……お願い、お願いニル……」
指を這わせ、ニルの腹筋に触れると、相手は笑う。
「イキたいのか?」
頷く。ラクにして欲しいと訴える。
「イキたいよ……、イかせて? ニルので……お願い……」
「ああ」
ニルは再度、突き上げ始めた。
奥深くまで繋がり、動くと内壁が突かれ、
それでも、このままでいるより、もっと溶け合いたいと
芽吹いた欲望が腰を動かせる。
熱い痛みの中でも、待ち望んだ塊に
内壁は異物を締め上げ、蕩かしてゆく。
律動に柔らかな肢体は揺さぶられ、高みへ押し上げられる。
「あ、あ、ニル、ヤだ、気持ち良い……気持ち良いよぉ」
より深く抉られながらも、乳房を鷲掴みにされ、
強く吸われた。
「きゃう!」
のけぞった隙に突き上げられ、脳髄まで侵される。
「いやぁ! ダメ、ダメだよぉ!」
「ユレカ……もう少し……ガマンしろ。もっと味わいたいだろ?
絶頂の寸前を」
揺さぶられる腰に視界が蕩けそうになる。
胎の奥を突き上げる、未知の感覚に、あられもない声が
溢れ散った。その間中、ニルは口づけしていた。
「はう……あ、はぁっ……」
「ユレカ、欲しいモノを言え。オレに命じろ。与えてやる」
「うぅう!」
突き上げられる苦しさに、呼吸が荒くなるも、キスで塞がれる。
「んぐー!」
生と死の狭間が見えるような、激しい交わりの中で、
身体の芯は燃え上がり、揺れる胸と、その突起は
痛い程に張り詰めていた。
それをニルの指が搾るように梳いた。
「ニ、ル……う、あぁ、やぁ、ぁあああん!」
燃え尽きるように何かが弾けてゆく。ニルの身体に
しがみつくも、全身は小刻みに痙攣していた。
脈の無い身体を強く抱きしめていると、髪を撫でられている
事に気づいた。
力が抜けた体をシートの上に投げ出す。
呼吸に上下する胸を見ながら、
ぼんやりとした視界で捉えたのは、着衣も乱れぬ
ニルの姿だった。
「……」
ニルの言葉が分かった気がした。
こんなに触れているのに、お互いの身体の中まで
結びつきあったのに、悶えているのは自分だけで、
青い瞳は哀しげなまま変わっていないように
感じられたのだ。
「ニル……」
「ユレカ?」
「ニル、ニル……」
泣いてしまっていた。
どうしようもない運命に。
言いようの無い想いを感じながら
アンドロイドの冷たい身体をかき抱き、泣きじゃくる。
愛した男に抱かれる悦びを覚えながらも、その相手と
感覚の共有が出来ない。
こちらがどれだけ悶えようとも、相手は普段と変わらぬまま、
ただ、見ているだけだった。
それでも、離れたくなかった。
溶け合おうとしても混ざり合えず、分離する事も、
もう出来ないのだと知った時、葛藤は心を枯らすだけだった。
乾く心を潤すように、身の内に吐き出されたモノは
ヒトであれば欲望なのか。彼の場合は、何だったのか。
-------------------------
Eシティまでは遠く、とりあえずはモーテルで小休止を
すべきだという事で一行は部屋を借り受けた。
ニルはフロントで受け取った鍵をベッドの傍に投げ置くと、
カーテンを引き、後ろを着いて来ていたユレカを抱き寄せた。
生活支援AIなのだから同室でも問題は無いと
言い含め、二人だけの空間を作りたかった。
あの『病室』のように。
個室の中でも肌を重ねていた。
薄暗い部屋の中、シーツに顔を伏せて羞恥と快感の
狭間で喘ぐユレカの腰を掴み、より深く繋がろうと
体を動かすと、甘い声と共に涙を流していた。
ID感染者は体液による感染行動を無意識にとると言うから、
彼女が泣くのも、過剰に濡れるのも、病の所為かも知れないと
思いながら、それを払拭するように突き上げる。
性経験が無いとは思えないように雄を受け入れて
応えている姿は、この身が有機生物の雄であれば
たまらなく魅力的なのだろうが、ニルは冷え切った身体に
何の情欲も無い事に気づいていた。
どれだけ抱いても何も感じない。
アンドロイドなのだから生理現象が起こらないのだ。
だが、それを認めたくなくて、何度もユレカを抱く。
そうすればする程、現実に打ちのめされるというのに。
「ニル、もう、私……」
「いいのか?」
座らせるようにして背後から抱きかかえながら、
足を開かせる。ベッドの傍の姿見に、その淫らな姿と
結合部分を映してやると、顔を手で覆っていた。
「恥ずかしがらなくてもいいだろう? オマエのココ、
オレのを咥え込んで離したがらないんだ」
「見せないで……。こんなの、こんなのおかしい、よね?
私、初めてなのに……気持ちよくて、たまらないの」
「ああ、淫乱だな」
「……う」
身体にしがみついて哀願しておきながら、貞淑な言葉で
拒む仕草は男を誘うようで、突き上げる動きを増して更に
追い込むと、熱で蕩けた瞳には、この身しか映っていなかった。
顎をとって振り向かせ、唇を合わせる。
混ざった唾液を細い喉が飲み干していた。
上と下の口の渇きを癒すように貪欲に。
「ニル、ごめんね。私、いやらしいよね……」
飲みきれなかった唾液を滴らせ、堕ちた娘は、
こちらにしがみついて来た。
「分かっているなら、認めてしまえばいい。オレのカラダは、
そんなオマエを何度でも満足させてやる」
「……ニル……」
「人間のオスじゃ味わえない快楽を与えてやる」
「ニ、ル……」
押し倒し、何度目かの射精を終えると、体力が尽きたのか、
白い身体は、ぐったりと動かなくなった。
「……」
身体が冷えぬようにと毛布にくるんで背中越しに
抱きしめる。それは、罪悪感というものだろうか。
大切に見守ってきた存在を非道い言葉で貶め、
屈服させる暴挙に、自己嫌悪を覚えていた。
本当は、互いに触れ合い、溶けてみたかった。
けれど、ユレカの指が、肌が、触れているのが分からない。
焦燥と苛立ちは、ぶつける場所を間違えていた。
「すまない、ユレカ……」
聞こえぬように呟いた時、ふと、意識を取り戻したユレカが、
動いていた。
「どうした?」
聞かれていなかっただろうかと感じながら問い返すと、
相手は、疲労の滲んだ顔に無理して笑みを浮かべていた。
「あのね、そのね……何だかね、凄く眠いの。
でも、怖くて……」
「怖い?」
「う、うん。あのね……目、覚めるよね?」
まだ死なないのかと、己の命のタイムリミットに
怯えているのか。
その髪を撫でて更に抱き寄せる。
「ああ。オマエは寝覚めが悪いから、いつでもオレが、
起こしてやっていただろう? だから大丈夫だ。寝ていろ」
「ありがと、ニル」
振り返って頬を寄せてきた。あんなに虐めたというのに、
それでも懐いてくるなど、本当に変わっている。
応えるように抱きしめると、安心したのか、
うとうとし始めていた。まどろみの中で言葉が聞こえる。
「私ね、もし、ニルさえ嫌じゃなかったら……」
「ああ」
「Eシティに着いたらね、あの……」
「ああ」
「私と、一緒に……」
その言葉を聞けなくて遮っていた。
「もう、寝ろ。疲れがとれなくなるぞ」
「う、うん。ごめんね……」
相手は押し黙り、やがて静かに寝息をたて始めていたが、
この無機質な身体は歯車が軋むように、
何かが歪み始めていた。
静かに寝息をたてる少女の髪に触れて、溜息をもらす。
ニンゲン達の劣等な本能であると言われる性欲が無く、
勃つのも達するのも、指を動かすように任意で出来てしまう。
吐き出した白濁とて、体液ではなく、
それに似せて作られた感染症予防の『洗浄液』だ。
この身体にはニンゲンの『役に立つ』だけの機能しか無い。
肉体を欲しがる欲望は募るばかりで、愛した娘を
近くに感じれば感じる程、老いて朽ちると言われた
ヒトの肉に憧れる。
寝息をたてているユレカを静かに抱きしめた。
「オレは、カラダが欲しい。ココロだけ、
ニンゲンだと言われても……辛いんだ」
共に生きてくれと言われても、この身は
Eシティのレムナント区画においては家具と同じでしかない。
血統保持の為にユレカには優秀な雄が宛がわれるだろう。
拒む事など許されない。貴重な絶滅種は、いつでも
ヒトの手で『保護』される。
いくら彼女が『ニル』を選んでくれても、それは
『種の断絶』に他ならない。
遺伝子を持たない身体は無価値なのだ。
Eシティから脱出しても、生きて居る限りマンイーターや
研究者に追われ続けるだろう。
レムナント区画に居れば、一生を裕福に暮らせる。
自分を選んでくれ等と、分の悪い賭けどころではない。
だから、この選択肢の答えを聞くのが『怖い』
強い縁を約束された血族もいない。共に老いる未来も無い。
五感も無い。愛した相手と触れ合っても、闇が増すばかり。
それと比べて、ニンゲンとは何と恵まれた存在なのか。
やはり、彼等は神なのか。
生まれながらにして全てを持ちえている全能なる存在。
その彼等に作られた身では、遠く及ばないのがアンドロイドか。
痛覚も無いのに身体の内側からひび割れるようで、
叫びだしたい衝動を感じていた。
「う……ッ、うぅう……」
涙が溢れたが、それは学習した人間の行動プログラムが
作動しただけの『表現技法』であり、
見せ掛けで流れる機械水は冷たく、ただ諾々と
頬を滑り落ちた。
その時、ベッドの傍で鍵と共に転がったメモリーチップが
夜に光る虫のように暗い床の上で仄かに点滅する。
『ニルヴァーナ……』
「!」
その声に全身に緊張が走る。
「ブレア!」
携帯していた銃を取り出す。チップには追跡機能も無く、
『死んで』いたはずだ。
だが、情報が纏まりなく飛び交う思考の中、
相手の動向を伺っていると、
ブレアは穏やかな声で話しかけてきた。
『何度壊れても繰り返さなければならない、哀れな子。
あなたは己の運命を呪っても人には転生出来ない』
最も弱い部分を突かれ、銃を向けた時、囁かれた。
『生まれ変わる事は出来なくとも、肉の器を
得る手段はあるでしょう』
「そんな言葉に惑わされるとでも思っているのか?」
『うふふ。知っているでしょう?
脳だけでも生きて居る者を……』
思い当たるのはシザーだった。身体のほとんどを
機械に置き換えながらも生き長らえている。
「脳をアンドロイドバディに移植するならともかく、チップを
脳代わりに生身に移植して、マトモに動くわけがない」
『それがね、あるのよ』
「何?」
『貴方が施設で数年を監視で過ごしている間に、
世界は目まぐるしく進歩しているのよ?』
「!」
その言葉は危惧し続けた終焉を意味していた。
世界の『最新』から遅れ、進化から取り残された末路の
スクラップ達を思い出す。
施設から脱走した日から、隙を見ては様々な情報経路に
アクセスし続け、知識を貪欲に求めていたが、
それでも足りないのか。
混沌とする情報回路の中、ブレアの言葉だけが
張り詰めた糸のように鮮明に聞こえる。
『貴方の中枢であるメモリーチップを
ある方法で有機生物に埋め込めば、貴方はヒトになれる』
「バカバカしい。そんなコト、不可能だ」
そう切り捨てながらも、引き金にかけた指の力が
僅かに抜ける。
人間の身体があれば……遺伝子さえあれば、
血の系譜で繋がれる?
ユレカは子供が大好きだ。
バイオロイド達がレムナントと血統統合したがるように、
子を産ませられる。
そうすれば、もっと必要としてくれるだろうか。
愛して、くれるだろうか。
それは血脈の絆無き身には、何にも変えがたい『誘惑』
世界最高峰のAIの称号などいらない。
たった一人だけが、欲しい。
たった一人だけを、満たしたい。
子を産み、育て、二人で笑って生きていきたい……。
天秤が傾くのを感じた。
何か企んでいるに違い無いと思考しながらも、言葉の
続きを待っている己が居る事に気づいていなかった。
情報を聞いてからでも、狙撃するのは遅くないと、
躊躇いは牙と爪を奪った。
『大丈夫よ。貴方はインストールさえしてしまえば
大抵の技術は、こなせるスキルがあるでしょう?
そのデータを贈るから好きに使いなさい』
「……」
『不安ならば、誰かに試してみてから使えばいいわ。それで
安全性を確認すればいい。貴方の周りには、有機生物が
沢山いるでしょうし』
「ふざけるな! アイツらを実験台にしろと言うのか?」
『良心が無い貴方は、刷り込まれた倫理基準に従って
犠牲を拒むけれど、それは、本当に貴方の意思?
ただ、あの子達を傷つければ小鳥に嫌われるのが
怖いからでしょう? 貴方は、いつでも自分の意思と
言いながら、彼女の顔色を伺っているだけじゃない』
「違う! オレは……」
そうだ、そんな非道を行えば、拒まれるに決まっている。
それにシザー達が忌み嫌うブレアのように、人体実験で
他者を弄ぶ悪魔の所業を行うなど耐え難い屈辱だ。
だが、それでも……悪魔に魂を売ってでも、
身体が欲しいのだと訴える声もある。
ブレアという蛇が差し出す悪魔の果実の味に
酔い痴れたいと何処かで囁く声がする。
その思考に付け入るように、ブレアの言葉は続く。
『貴方は勘違いをしているわ。カスタマイズは愛なのよ?
より良い存在へと昇華したいと願うのは人間の優勢本能。
あなたはニンゲンよ。それも、優勢の人種。
今の己に満足しているようでは、ヒトは
進化なんてしなかったでしょう?
誰かを満たしたい、幸せになりたいと
望んだ結果、文化や技術は進歩した。
文化とはニンゲンの本能を善き形に消化する為の手段。
それは紛れも無い事実。
私が見たいのは、可能性への進化なの。あの子達を
犠牲にしなくても、他に良い『素材』が居るのを、
貴方は見ていたでしょう? レムナントの素材…
とても優れた素体がいるのを…』
頭痛のようなノイズを感じ、全てが揺さぶられる。
欲しい素材……そう、
居た。
震える手でユレカのペンダントに触れる。
車の中で触れ合っている最中、胸元で揺れていた認識票。
インソムニアから受け取ったらしいが、
何度も引きちぎってやりたいと感じた忌々しい銀色のソレは、
闇の中でも輝いていた。
ずっとユレカを見て来たのは自分だけだ。
ただ、レムナントというだけで、インソムニアに対して
こんなにも敗北感をおぼえる。
むしろ、こんなに憎いのは、憧憬の裏返し
だったのかもしれない。
成熟した大人の肉体、優れた運動神経、血統、知性、
全てにおいてレムナントの完成形に近い。
あんな肉体があれば、きっと
他の誰かと己を比べ、劣等感に苛まれる事は無いだろう。
あれだけ『役に立つ』男の身体なら、ユレカもきっと
満足して、ずっと大事にしてくれるに違い無い……。
ニンゲンに敵うスペックなんて、
キカイが持ちうるハズが無いんだ。
そこでブレアの声が届いた。
『このままで居れば、貴方はプログラムに従った行動しか
出来ない機械のまま終わるわ』
「……?」
『わからないかしら? 貴方は機械。本来はプログラミングされた
行動しかとれないのよ? 何年も監視任務をしながら、
突如、施設を飛び出した。研究体を連れて』
「それは、オレ自身が選んだ……」
ブレアの声が冷たく澄んだ水面を叩くように、響いた。
『違うわ。よくメモリーを探しなさい。そこから考えて。
貴方が行動を選んだ日、何があった?』
「何?」
あの日、何があったか?
レザボアが中央から呼び出しを受け、
ソウが来た。ユレカが泣いた。だが、今までも
何度も泣いていた。外に行きたいと泣いた。
でも、今までは出さなかった。出してはならないから。
なら何故、あの日に連れ出した?
何が?
その時、落雷に打ち据えられたが如く、身体が震えた。
『命令』されて、いた……?
『政府が研究体を連れて来いと……』
それをレザボアが拒み、監禁しようとしていた。
【ニルヴァーナ】が従う対象は、あくまで国家権力であり、
レザボア如き末端ではない。
政府の命令は、無意識に『監視プログラム』
を解除し、『移動・連行』へと移行していたのだ。
「う……ウソ、だ……」
ユレカが、もっと酷く泣いた事もあったのに、
その時は、ただ見ているだけだった。
それが、あの日はアンドロイドのバディまで奪い、
彼女を連れ出した。
他に彼女を連れ出したいと判断するキッカケなど、
あっただろうか?
「……あ……」
まんまと、自分は『プログラム』通りの行動をとり、
言われるがまま無意識に任務を遂行していたのだと知る。
今までの全ての行動の何処にも、ニルとしての意思など……。
「違う! コレは、オレの! オレの、意思で選んで……」
抵抗されずに連行させる最も良い手段は相手の任意を
得る事……その為、ユレカ自身も『連行』されているなどとは
微塵も考えていないだろう。
全て二人で考え、選び取った未来なのだと信じている。
プログラミングされた行動外の動きをしてまで助けて
くれたと思い込んでいるから彼女は絶対に『逃げない』
鳥かごも、結わく鎖もいらなかった。
『信頼』という首輪がついているのだから。
「そんな、そん、な……。ならオレがユレカを抱いたのも、
プログラムの命令だと言うのか? そんなハズが!」
『貴方、本当に何も知らないのね?』
「知っている!」
『いいえ。知らないわ。それすらも計画の内……神々の
手の内で転がされているに過ぎないのよ。よく聞きなさい』
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
その計画の内容を聞いた時、ヒトであれば精神の崩壊を
招いたかもしれない。愕然としていた。
ブレアは神か悪魔か。
絶望を知らしめたなら悪魔なのだろうが……救いとして、
ヒトの肉体を得る術と、この運命の末路を差し出した。
「そんな、そんな事……ユレカが、まさか……」
希望など、はなから存在しなかった事を知る。
「う……うぅ、ああぁあああああ!」
眠るユレカは目を覚まさない。その姿からも、
現実から見放されているような錯覚を覚えた。
守っているつもりだった。
世界の全てが敵となっても、自分だけは
最後まで味方でいるのだと……。
それは、全て己の潜在プログラムを肯定する為だけの
仮想意識で……だからディーバというオズ直属の部隊の
インソムニアがユレカを連れて行こうとした時、身を引きかけた。
優れた護衛者がいれば、お役御免の身は抵抗せず、
対称を引き渡すように……。
「ユレ……カ……」
混沌とする情報回路の中、ユレカの名前を呼ぶ。
『ドコにいても、オマエを見つけるから』
それは、優秀な監視プログラムの使命からの言葉か。
違う、そんなハズは無い。違う。違う。
首を振るも、纏わりついた結論は微塵も剥がれなかった。
名前を呼んで欲しい。
ニルヴァーナという機械ではなく、心があると言ってくれた
『ニル』にして欲しい。
「ウソだと、言ってくれ! オレはオマエを……
オマエを、裏切ったりなんかしてないんだ! ただ、傍に……」
それが証明出来ない。
プログラム行動である証は身体を分解すれば
チップが転げ出てくると言うのに。
その命令と遵守から逃れる術は無い。無機物で
ある限り永遠に繰り返される。
命じられて従う……己の思考や選択で苦しむ事の無い、
まさしく、『ニルヴァーナ(安息)』と……。
この絶望的な未来を知る事で、何の希望が見出せる?
希望など、無知から生まれる、まやかしだ。
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暗闇の中で目を覚まし、半身を起こす。
夢を見ていた。何の夢かも
覚えていないのに、酷く懐かしく、恋しい。
ふるさとの夢かも知れない。
ニルと一緒に居たいと思ったからこそ、
共に来て欲しいと言いかけたが、それを相手は拒んだ。
「……」
この身を性急に抱きながら、ニルは哀しげだった。
触れ合うたびに、互いの身体の相違を知るからだろうか。
だが、それでも一緒にいたいと思った。
いつでも見守り、傍にいてくれた大切な存在……望むままに
青い空を、広い世界を与えてくれた。
哀しみの影を瞳に宿しながらも、それでも必死に
この身を悦ばせようと愛してくれていたように感じた。
今度は自分が与えられるものを贈りたかった。
その時、薄暗い室内で、佇む姿に気づく。
呼吸もなく、気配もなく、家具のように静かな存在……
ニルは、虚ろな眼差しのまま、立ち尽くしていた。
「お、おはよ、ニル」
「……」
「ニル?」
「あ、ああ」
二度目の呼びかけで気づいたらしいが、何処か
上の空で、視線が重ならない。ニルの気に入らない事を
してしまったのだろうかと思いながら、
ベッドから起き上がろうとして、衣服を探す。
着慣れたワンピースと、新しい下着が
傍のテーブルに折り畳まれて置かれていた。
身体を見ると、綺麗に清められており、寝ている間に全て
整えてくれていたのだと知る。
それに照れ臭さを感じて、上目遣いに相手を見やる。
「あ、ありがと、ニル」
「……」
また、ニルに言葉が届いていなかった。疲れているのかと
その瞳を覗きこんでも、彼の瞳には
閉ざされた室内の闇しか映っていない。
何となく声をかけづらく感じ、衣服を着ようとした時、
違和感を覚えた。
胸元を探るも、無い。
インから貰った認識票が無かった。
視線を彷徨わせて探すも見当たらない。
部屋に入るまでは身に着けていた覚えがあるから、
行為の最中に千切れて落ちてしまったのだろうか?
だが、他の男から贈られたものをニルに訊くのも憚られ、
とりあえずニルに話しかけた。
「ニル、今、何時なのかな? あまり寝てると、
出発に遅れちゃうよね? シザーさん達に迷惑、
かけられないし……」
「……Eシティには、行かない」
「え?」
「Eシティに行く必要なんか、無い」
「ど、どうして?」
Eシティに行かねばIDの治療法への希望も無い。
既に発症しているのだから、一刻を争う状態だと
言うのを知っているはずなのだ。
このままでは末期症状で死に至る。
なのに、相手はモーテルのソファに座りこみ、
床ばかり見ている。動こうとする気配が無かった。
見るからに不機嫌そうだ。
「ニル……私、何かニルを怒らせるような事……した?」
「……」
「ご、ごめんね……私、色々上手く
出来なくて。でも、頑張るから……」
身体を重ねた時、機嫌を損ねてしまったのかと
謝ったが、暗闇に聞こえるのは謝罪の声だけだった。
応えぬ相手に心が折れそうな不安を感じながら、
その傍で棒立ちになっているだけの時、低く呟く声がした。
「……もう、ムダなコトは、やめよう」
「無駄?」
「ああ。Eシティに行くだけ、ムダだ」
「ど、どう、して?」
「危険を冒して行っても……無意味だ」
まさか、この病を治す可能性が無いという何かを
ニルは知ったのか?
「まさか私、治らないの?」
「……いや……」
言葉を選ぶというより、動く力も無い己を振り絞ると
いった感じで、ぽつりぽつりと呟かれた。
「完治出来る」
「ホントに? よ、良かった。私、またニルと一緒に
いれるんだ……」
ホッとして漏らした言葉と涙にニルの肩が震えた。
「それならニル、疲れてると思うけど……ごめんね、
あと少し、頑張ろ? あ、で、でも、もう少し、休んでからに
しよっか?」
「だから、行かないって言ってるだろ」
「えっ……どうして?」
「……」
また繰り返しだった。行きたくないと言いながら、その
理由を絶対に言わない。
「もしかして、ニル……私が……」
足手纏いなのに嫌気でもさしたのかと心配になったが、
その言葉に相手は肩を震わせて反応する。
「ニル……お願い、言ってくれないと、
わからない事があるから……」
「……」
「私ね、ニルと一緒にいたいの。それで、頑張れるから……
だから、イヤな所があったら、頑張って直すから、だから、
怒らないで……」
「怒っているんじゃない」
立ち上がったニルの瞳は、くすんだ青となっていた。
冷たい指が頬に触れた。あれ程までに触れ合っていたのに、
また冷え切ったアンドロイドの肌に戻っている。
「……進んでも、戻っても、絶望しか無いなら、あのまま、
お前をインセクタリウムから出すんじゃなかった……」
「どうして? 私、病室から出れて色々あったけど、
楽しかったよ? ニルが、いてくれたから、楽しかっ……」
その時、押さえ込んでいたモノが破裂したのか、
ニルの怒声が響いた。
「楽しい? 楽しいって何だ? どういう感覚なんだ?」
「ニル?」
戸惑うも、こちらの感情を理解出来ない相手は、
まくし立てる。
「わかるワケないだろ? オレはキカイなんだ!
オマエ達の生態も感情も行動も全て
わかるわけない! 何で『楽しい』なんだ!
辛かったんじゃないのか? イヤになっただろ?
どうして『楽しい』なんて言えるんだ? 理解不能だ!」
「そ、そんな事、な……」
「怨んだり、憎んだりしただろう? 殺意だって湧いただろ?
そんな風に言うな! 追われて、攫われて、怖い目に遭って
ケガまでして、結局、最後は……ッ!」
唐突に抱きしめられ唇を重ねられた。強引で
壊れるような激しさに呼吸すら奪われそうで、舌も歯列も
めちゃくちゃになぞられる。
壊そうとするような勢いで。
「……ッ、ニル!」
苦しさに身を離すと、床に押し倒され、衣服を剥ぎ取られた。
「ニル? 何するの?」
恐怖を感じながらも、ここまで何が彼を追い詰めたのかを
思うと、抗いきれなかった。
「ずっと閉じ込めて、監視していれば良かったんだ………
それが、オマエにとって一番、『幸せ』だった。オレも、
それで良かったんだ。外になんか出すんじゃ無かった」
「外は危ないんだ。ニンゲンなんて冷たい。誰も
オマエを助けてくれやしない。
どいつもこいつもオマエを利用しようとしてる。
それを……オレは食い止められなかった」
「オレの所為で……オレなんかの所為で……ッ」
嗚咽にも似た声と共に、ニルの身体が押し付けられる。
初めての行為の後に、このように激しく扱われれば
受け入れかねてしまいそうであったが、犯すような
動きの中、零れ落ちた雫は、ニルの涙だった。
そして、ニルの懐から認識票が
転がり落ち、死んだ貝のように割れていた。
-------------あとがき-----------------------------
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