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「う~んん、よく寝たぁ!」
ノノが大きく伸びをして、
「だから、寝すぎなんだってば、ノノは」
葵は思わず突っ込みの手を入れた。
学校からの帰り道、ノノや葵たち四人は放課後の余った時間を利用して、学校から程近い商店街を散策していた。商店街の上には古びた看板が掲げられており、そこには『愛友市場』と何度も修正されたような字が手書きされている。行き交う車が漸くすれ違えるほど狭い道路の両側には昔ながらの個人商店がいくつも立ち並んでおり、地産地消を推進する政府のもと、近隣で作られた作物が多く売られていた。中でも肉屋で売られているコロッケが一番人気で、ノノたちの手にも一つづつ、紙に挟まれたコロッケが握られていた。
夕方ということもあり子供づれの主婦やノノ達のような学生に溢れ帰り、夕日に照らされた町並みやその向こうに見える瓦礫の山、どこまでも続いて見える大地が橙色に輝いて多くの人々の郷愁を誘う。
「でもぉ、凄いよねぇ、ノノちゃん」
そんななか褒めるように言ったのは、体育の授業で同じチームだった奈良飛鳥だった。肩まで伸ばしたブラウン色の髪はやや内側に巻いており、通学鞄に付けられた長いベルトを右肩から斜めにかけている。
「ほぼ全部の授業で寝ちゃってるんだものぉ」
それに対して、飛鳥の隣を歩く谷井ミユウが羨ましそうに言った。
「それなのに成績はそこそこ良いときたもんだ。ノノっちってよく解んなくね?」
ミユウは長い髪を後ろで束ねており、ノノや葵たちとは異なる鞄を提げていた。その鞄は明らかにボロボロで、聞けば通学鞄が高くて買えず、フリーマーケットでそれっぽいのを買ってきたのだということだった。そこか粗雑な物言いは、教師に注意されてもそれが自分の特徴であると言い張って直す気はさらさらない。
「全くよ」と言って葵も呆れた口調で、「いくら試験がマークシート方式とはいえ、七割以上が正解って絶対に有り得ないわ」
その言葉に、ノノは笑顔で頭を掻く。
「えへへへ~。なんか褒められるといい感じぃ~」
「ノノ? 褒めてるわけじゃないからね?」
「ほへ? そなの?」
「あれぇ? 違うのぉ?」
ノノと飛鳥が同時に首をかしげて、葵とミユウは肩を落とす。
「あんたらには、嫌味ってのが通じないのね」
「まぁ、仕方ないじゃん、葵。ノノっちはノーナシだからさ! ほら、『No,脳』だけに、脳無し、なんちって」
一人で言って一人でくっくっと笑うミユウに対して、ノノと飛鳥は二人して感心したように手を打ち、「あぁ!」声を合わせて頷くのだった。
そんな三人に呆れたように、葵は突っ込みを入れる。
「いや、そのシャレつまんないから。ノノも馬鹿にされてんの解ってんの?」
「えぇ~? だってぇ~、ノノ、ホントに馬鹿だも~ん!」
「自慢することじゃないでしょうーが!」
言って葵はパシンッとノノの頭を叩くのだった。
「い、痛いよ~葵ちゃ~ん」
ノノが頭を擦りながら言うと、
「あんたが馬鹿みたいなことばっか言ってるからでしょう?」
「だってぇ~」
「まぁまぁ、いいじゃんよ、葵。それがノノってもんだろ?」
ミユウは「な?」と葵の肩に手を乗せ、笑顔でウィンクしてみせる。
「それはそうだけど」と葵は肩を落とした。「ノノ見てると、どうも気になっちゃっうのよね。この子がこのまま大人になったら、悪い男に騙されちゃうんじゃないかって」
「それ言ったら飛鳥も一緒ジャン」
「えぇ、ワタシもぉ?」
飛鳥が目をぱちくりさせると、ノノはあははっと大きく笑った。
「わ~い! 仲間仲間~!」
「むぅ、酷いよぉ、ミユミユぅ」
「だってホント似てんじゃん、キャラが」
「でも飛鳥のほうがマシじゃない?」
葵は横目でノノを見る。
「ノノみたいに授業中寝るわけでなし、バスケのルールを覚えられないわけでもなし、宿題を忘れるわけでもないし?」
「うぐぐ~、確かに……」
ノノが胸を抑えながら蹲って、飛鳥はけらけらと笑った。
「ほらぁ、やっぱりワタシの方がユーシューだもん!」
それに対して、ミユウが言った。
「ねぇ、飛鳥?」
「ん? なぁに、ミユミユぅ?」
「五十歩百歩って言葉、知ってる?」
「なにそれぇ? 四字熟語ぉ?」
その返答にミユウは腹を抱えて笑い、
「前言撤回、やっぱ飛鳥もノノと一緒ね」
葵の言葉に、飛鳥だけでなくノノも一緒に首を傾げるのだった。