僕の身体は全身真っ赤に染まっていた。どろどろの体液が服に染み込んで肌に貼り付く。鼻を刺激する血の臭いと腐臭が、たまらなく僕の心臓を高鳴らせた。
本当はこんなはずではなかった。もっとスマートに、あのおじさんを殺したときみたいに、何の痕跡もなく殺すつもりだった。ここまでするつもりなんて、全くなかった。
……本当に?
僕は自分自身に問いかけ、そして否定した。
そうだ。僕は最初から望んでいた。生きながらに身体を斬り刻まれて、絶望に怯えるその姿を見たくて見たくてたまらなかった。
だから、僕はあの女をこの手で殺した。
刃こぼれして使えなくなったアーミーナイフの代わりに、僕は死んだ父さんのコレクションしていた長い刀を持ち出し、握り締め、前を歩く女の足に、その切っ先をさっと振った。
女は悲鳴をあげた。それと同時に、女の足が太ももからずれてバランスを崩し、地面に落ちた。
驚愕と恐怖の眼をこちらに向けて、僕の手にする刀に叫び声をあげようと口を開いた。
信じていたのに、という絶望に歪むその表情。
僕はその開いた口の中に、素早く刀の切っ先を差し込んだ。
くぐもった声だけが漏れ、だらだらと女の口から赤黒い血が零れ落ちた。
僕はゾクゾクが止まらなかった。心臓が高鳴ってしかたがなかった。あまりの快感に、僕はいつものように失禁した。尿と、それ以外のものが太ももを伝って垂れていった。
僕は女の口に差し込んだ切っ先を、思いっきり横に振ってみた。
スパッと女の口が裂けて、滝のような血があふれ出した。
女は声なき悲鳴をあげた。痛みに震え、地面の上をごろごろと転がった。転がれば転がるほど、女の太もも、そして口から大量の血が流れ出し、川辺の草むらを真っ赤に染めた。
その女の悶え苦しむ姿がたまらなく面白かった。
面白かったから、僕はもう片方の足も斬り落としてあげた。
女が大きく眼を見張った。
絶望の叫び声は、けれどやっぱり声にはならなくて。
こんな良い刀をコレクションしていただなんて、天国の父さんに感謝しなくちゃならないと僕は天を仰いだ。
快感が止まらなかった。
こんな日の出ているうちから殺しをやるだなんて、弟を殺したころから考えるとあり得なかった。
なんて気持ちいいんだろう、なんて楽しいんだろう。
あぁ、身体が震えてたまらない。
脳が痺れて頭がぼんやりする。
口からは涎が垂れて止まらなかった。
ふと女に眼を戻せば、残された二本の腕で、必死に逃げようと藻搔いているところだった。
ずるずると地面を這うように、泣きながら、唸りながら、助けを求めて、河原の向こうに見える道へ向かっている。
幸いなことに、その道を行く人影はない。
あったとしても、どうでも良かった。
僕はその醜く逃げる女のあとをゆっくり追って、右腕の付け根に刀を振った。
スパッ――
女が唸り、仰け反る。
続けて左腕も。
スパッ――
女の四肢を失った身体が、血の海の中を、蚯蚓や芋虫のようにのたうちまわる。
けれど、さすがに血を流し過ぎたのだろう、だんだんその動きも鈍くなって。
「あ~ぁ、つまんないの」
僕は口にして、女の首に、刀をぐっと差し込んだ。
グジュリッ――
女の口から、最後の呼吸。
一気に力を込めて、その身体から頭をさよなら。
ついでに女も、この世にさよなら。
ごろりごろり、歪んだ表情の女の頭が地面を転がる。
僕はふと、橋の袂に眼を向ける。
見覚えのあるコンクリート塀。
そうか、ここはあの夜、あのおじさんを殺したところか。
僕は女の流した血を人差し指と中指で掬い上げると、女の頬に、二つの縦線をその血で描いた。
――11。
その数字を見るたび、描くたび、自分という存在が確かなものになっていく。
その時、誰かの叫び声が河原の向こう側から聞こえてきた。
それに続いて、たくさんの人の騒ぐ声。
――あぁ、見つかっちゃったか。
僕はため息とともに、肩を落とす。
まぁ、いいか。今は逃げよう。
僕はまだまだ捕まりたくない。
僕はまだまだ――殺したい。