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孤児と将軍

 今日は、皆で町へ出かける日。


 戦争で偉大な成果を上げた将軍さまが凱旋するから、そのパレードを見に行くことになっている。


 私は本を読んでいたいんだけどなー。


 でも、人手を見込んで色んな屋台が出るからそっちは楽しみだったりする。


葉月はづきちゃん、準備できた?」


 緩くウェーブのかかった金髪を揺らし、輝く青い瞳に優しい光を宿した魚人フォイショーの女の子が話しかけてきた。


 この子は孤児院の友達で、名前はなぎさ


 魚人は下から三番目の種族で犬人と同じく被支配種族だ。被支配種族の中でも、下の種族を見下すのが普通なのだけど、渚は私とも分け隔てなく接してくれる優しい子だった。


 人型フーマーノなので魚っぽくはないけど、耳の後ろにあるエラで水中でも呼吸できるらしい。便利。


 そうそう、獣人の同じ種族でも人型と獣型ベソートーの二種類があって、人型より獣型の方がより強く地位も高い。


 もちろん私は人型。


 本当に底辺の底辺、最底辺の獣人なのだった。


「うん、おこづかいもばっちり! あの屋台また出るかな?」


「もう、葉月ちゃんたら」


 笑いあいながら出かける準備をする二人。


 そこに、人型の兎人レポーローの少女が声をかけてきた。


「こら犬! なにノロノロしてんの、もうみんな準備済ませてるのよ」


 この子の名前は美貴。美しく貴いと書いてミキ。完全に名前負けね。


 兎人は下から四番目の種族であり、また被支配種族の中で一番上の種族でもある。だからいつも私を馬鹿にして高圧的な態度で接してくる。


 兎人は身体能力が飛び抜けて高く、霊気レイキの量では下位の支配種族よりも高い。反面魔力マナが少なくて魔法が苦手なせいで支配種族にはなれない。


 でも戦争ではよく活躍するのでかなり厚待遇を受けているし、その分プライドも高いのだ。


「はーい、ごめんなさい」


 ケンカするのも馬鹿らしいし、素直に謝って集合した。気持ちとしては高圧的なもの言いにイラッとするけど、種族の階級差を考えれば美貴はむしろかなり優しい子なんだと分かってる。


 イラッとするけどね。




 町は獣人で埋め尽くされていた。


「ううー、思ったより人が多い」


「しょうがないねー、あの芳紀ほうき中将だもの。みんな一目見たいと思うよ」


 人の多さにげんなりして耳も尻尾も垂れてる私の手を引きながら、渚が苦笑する。


 芳紀中将は獣型の狼人で、史上最年少の将軍だ。若い、というより幼い頃から前線で戦い、何人もの人間連合軍の指揮官を倒してきた英雄なのである。


 英雄な上にイケメンなので若い女の子達の憧れの的なのだ。


 同じく活躍してるオジサン将軍には見向きもしないから人気の理由がわかるね。


「はーやれやれ、これだから女は」


「……葉月ちゃんも女の自覚を持とうね」


「えっ、声に出てた!?」


 手を引く渚にジト目で言われて、口に出していた事に気づいた。孤児院の女の子達ももちろん彼のファンなので冗談抜きに命に関わる失言である。


 焦って周りを見回した。


 幸い、聞いていたのは渚だけだったようだ。あぶないあぶない……


◇◆◇


 芳紀中将は、考え事をしていた。


「どうすればむらくも様は分かってくださるのか」


 叢とは元老院議員である。芳紀と同じく獣型の狼人で、議員の中でも特に強い権力を持つ人物だ。


 ブルーアースの国会は、皇帝、元老院議員と少将以上の軍人をメンバーとして開かれる。そこで芳紀中将はたびたび叢議員と意見がぶつかっていた。


「種族に身分を当てるべきではない。強さで階級を決めるのは軍人だけでいいはずなのに」


 彼は人種差別反対派だった。


 それに対し、叢は国の安定には厳格な身分差を規定することが重要と主張していた。効率の良い国家運営には、ある程度自由を犠牲にし、役割分担しなくてはならないのだと。


「叢様は戦争の間だけとおっしゃるが、百年経っても未だユーラシア大陸の半分しか奪取出来ていない」


 戦争が終わるのはいつになる事かと、暗い気持ちになりながら百年の戦争史を思い浮かべる。




 西暦2100年。

 日本国の首都東京に、突如として三人の獣人が現れた。


 一人は翼持つ少女。


 一人は獅子の頭を持つ大男。


 そして、もう一人は――




「閣下、民が手を振っていますよ」


 副官である逸樹いつき中佐の言葉に、思考を中断させられた。


「ああ、すまない。ちょっと考え事をしていた」


 今は凱旋パレード中である。民に笑顔を見せるのも仕事のうちだ。


 芳紀中将は群衆に手を振り返し、人々の笑顔を目に焼き付けていく。


「戦争が終われば、この人々も……」


 集まった群衆には支配種族も被支配種族もいる。皆一様に笑顔を見せていた。


(俺たちが頑張って早く戦争を終わらせれば良い、か。無茶を言うが、確かにそれが正論か)


「ん?」


 芳紀は、群衆の中にある一人の獣人を見つけていた。


(あの姿、たしか)


「……」


 逸樹中佐は、彼の様子をじっと見つめていた。


(あれは、犬人の少女か……フフ、将軍も年頃の男性だからな)


 彼は、あの真面目な上司に媚を売る良い機会が回ってきたと、心の中でほくそ笑むのだった。


◇◆◇


「あれ? なんかこっち見てない?」


 狼人の将軍が、私達のいる方に目を向けて来た。


「キャーーー! 芳紀さまーー!!」


 あのー、耳元で叫ばれるとうるさいんだけどー。


 渚や美貴をはじめ、孤児院の女の子達は興奮して大騒ぎだった。


 あははは……余計なことを口に出さないように気をつけよっと。

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