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喉元過ぎれば

 次の日、孤児院に軍の偉い人がやって来た。少佐だか中佐だかって言ってたけど、よく分からない。


 とりあえず分かることは、私が誰かから指名されたという事だ。


 こういう事はよくあるそうだ。そりゃ国内全て階級社会だものね、最下層の女なんて上位階級の慰みものになるために存在しているようなものよね。


 と、強がってみても、やっぱり怖い。せめて乱暴にしないで欲しいなぁ……本当に。


「ああ、そんな……なんで葉月ちゃんが」


 目に涙を溜め、オロオロとしている渚に手を振って心配しないでと伝える。


「葉月!」


 迎えの車に乗り込もうとすると、孤児院の入口に走って来た美貴が私の名を呼んだ。が、その後に続く言葉が出てこないのか口を真一文字に結んで立ち尽くしている。


 初めて美貴に名前を呼ばれた気がする。私は無理矢理笑顔を作って見せ、車に乗った。




 そこは、いかにもな寝室だった。ふかふかの大きなベッドはどう見ても二人用。少し暗めの照明が不安を駆り立てる。


「どうか、優しくされますように」


 もうここまできたらそれだけが唯一の望みだった。酷い目に遭わされ、死んでしまった子もいるというのだから。


 少しして、ドアが開いた。思わず身をすくめ、入って来た人の顔を見る。


 それは、昨日見た顔だった。精悍な顔つきの若い狼人。鋭くも憂いを帯びたグレーの瞳に吸い込まれそうな感覚を覚える。


「ほ、芳紀将軍?」


 えっ……?


 予想外の人物だった。だって、こういうのってもっと歳のいった中年エロ親父みたいなのがでっぷり太った腹をさすりながらゲヘヘとか言って入って来るもんじゃないの!?


 女なんてよりどりみどりでしょこのイケメンは!


 昨日の女子達の狂乱を思い出す。


 こっちを見ていたのは、そういうことだったのか……こ、これはまずいですよ。別の意味で命の危険が!


「あの……」


「申し訳ありませんでした!」


 突然の土下座。


 ええと、これはどういう状況なのでしょうか?


 国民的英雄で、若くて美形で、地位も名誉も最高級のスーパースターが、人型の犬人で親にも捨てられた孤児の、底辺も底辺、最下層民の私に向かって土下座している。


 何かの試練? 私、試されてる?


「私がちゃんと説明しなかったのが悪いのです。貴女を見ていたのを、性的な欲求から見ていたと勘違いした部下が気を利かせたつもりでこのような事を」


 ああ、なんとなく事情はわかった。忖度そんたくってやつね。でも……


「何故、私を見ていたのですか?」


 気になる。聞きながら芳紀将軍の手を取り、土下座をやめてもらった。怖いからね、色々と。


「それは……知っている人に、よく似ているのですよ」


 私の目を見つめながら言う。あ、ヤバい、ドキドキする! 私顔赤くなってない?


 それから、ベッドの横にあるソファーに座り、話をした。あの時はたまたま彼が頭に思い描いていた女性とそっくりな私を見つけて驚いて凝視してしまったのだという。一体誰に似ているのかな?


 あとは私の身の上を聞いて、彼の夢を語ってくれた。


「私は種族で身分が決まる今の制度を廃止したいと思っています。このような事がまかり通っているのはおかしい」


 このような事……私が連れて来られた理由ね。


 でも相手が芳紀様だったら……いやいや、何考えてるの私。さっきまであんなに怖がってたのに。


「葉月さんには将来の夢とか何かありますか?」


「あ、私は本を読むのが好きで、小説家になりたいなって思ってます。あんまり上手く書けないけど」


「それはいい、是非夢を実現させて貴女の書いた本を読ませて下さい」


 何なのこのお見合いみたいな会話は。この状況、やっぱりうちの女子達には話せないなぁ。


「あの、葉月さん。もしよろしければ、またお会い出来ますか? もっと貴女とお話がしたい」


「え? は、はい。喜んで!」


…………へ?


 これって……どう……いう……?


 えええええ~~~~~っ!?




 そして私は彼にエスコートされて孤児院に戻り、女子達のなんとも言えない凄まじい表情に出迎えられたのだった。


◇◆◇


 東京のある一室。


「あの子が、連れ出されたと聞いたわ」


 透き通るような声が室内に響く。声の主は、少女の姿をしていた。そしてその背中には大きな純白の翼。


「なあに、心配はいらん。あやつは儂が心配になるぐらいの堅物でな。仮に何かあっても責任は取らせるさ」


 軍服に身を包んだ大男が軽い調子で答える。その頭は白髪のたてがみを持つ獅子。襟元には、軍の最高位である、元帥を示す階級章が付けられていた。


「そうね、もう十七才になるのだから……いつまでも子供扱いするものでもないか」

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