「おかしい! 絶対おかしい!!」
「あはは、まあまあ」
渚に愚痴る私。さぞや迷惑なことだろう。ごめんね、甘えちゃって。
何を愚痴ってるかって? それは――
「もう半年になるのよ、半年! なんで何もしないの!?」
あれから度々芳紀様とお会いして色々な話をした。主に元老院に対する愚痴とか、夢を熱く語ったりとかだけど。
しかし逢瀬を重ね、次第に打ち解け、もはや私の彼に対する気持ちは愛へと変わっていた。でも――
「せめてキスのひとつぐらい、ねえ?」
そんなわけで、何も手を出してこない彼氏に苛立ちを覚え始めたのだ。
私のこと、ただの話し相手としか思ってないのかな?
あんなに二人で何度も会ったのに……
「時代は肉食系よ。男からのアクションを待ってばかりじゃなく、こっちから攻めて行かなきゃダメじゃないの!」
美貴が熱弁をふるう。コイバナの時は妙に積極的に絡んでくる彼女とは、いつの間にか気安く話せる仲になっていた。
肉食系かー、兎のくせに。
後から思えば、この頃が一番幸せだった。しばらくして、絶対的な知らせを受けとる事になるからだ。
――芳紀中将、戦死。
私は、戦う事が嫌いだった。犬人なんて、戦争に参加しても大した戦力にならない。だから、戦い方を学ぶより物語を書いている方がいいと思っていた。でも――
人間が憎い。
私から愛する人を奪った人間が、この上もなく憎かった。
親しい人の死に直面した時、人の心には命を奪ったものへの憎しみが生まれる。
それが病気であれば、病気をこの世から無くそうとし、それが事故であれば、事故の原因を無くそうとする。それもある種の憎しみなのだ。そして、人に殺されたのであれば……
憎しみは憎しみしか生まない。なるほど、確かにその通りだ。彼も多くの人間の命を奪っていた。私が憎しみに身を委ね、人間を殺せばまた人間も私を憎むだろう。
でも、しょうがないじゃない。この悲しみと憎しみを、抑え込むなんて無理。
だから、生まれて初めて強くなりたいと願った。
――人間を、皆殺しにするために。
まず、獣人の強さの秘密、霊気について詳しく学ぶ為、教則本や戦史を読み漁った。霊気は、肉体の機能を強化する技術だ。
霊気の名の由来は、レイキというエネルギーを使う事から来る。レイキとは、すなわち励起。獣人であれば、誰もが生まれつき備えている技術。身体を構成する分子を『励起する』というのだけど、ピンと来ない。ただ、このレイキエネルギーの差が戦闘力の差を生み出している。
戦闘力の差が、身分の差を生んでいる。それはつまり、犬人である私は生まれながらにして弱い事が決定づけられているという事でもある。
「後天的にレイキを鍛える方法はないのかしら?」
調べていくと、戦場において後天的にレイキを飛躍的に高めた事例がいくつか見つかった。
「なるほど、共通点があるわね。なんとかなるかも知れない」
◇◆◇
「おかしい! 絶対おかしい!!」
前にも同じセリフを言った気がする。
「どうしたの?」
渚が不思議そうに私の顔を覗きこんできた。
彼女は、芳紀様の訃報を聞いて取り乱す私のそばに、一晩中いてくれた。そして、一緒に泣いてくれた。
彼女がいなかったら、立ち直れなかったに違いない。
「どこにも、芳紀様を殺した敵の情報がないのよ。ブルーアース側の情報も曖昧だし、連合軍側にも戦果として挙がってないの」
「それって、どういう事? 敵の英雄的な司令官を討ち取ったなら、大々的に宣伝するよね?」
「もしかして……」
私が疑惑を抱き始めたのは、訃報から一月ほど経ってからだった。
ほぼ同時に、国内で陰謀論が囁かれるようになった。
――芳紀将軍は、敵対する議員に暗殺されたのだ。