目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

選考試験1

「私、軍人になる」


 私の宣言に、不安そうな目を向ける渚。


「何をしたいのかは分かるけど、危ないよ? こう言ったらなんだけど、葉月ちゃんは戦うのに向いてないと思うし」


 もちろん、犬人の私が戦いに向かないのはわかってる。戦場に出たらすぐに死んでしまうかも。


 でも、芳紀様の死の真相を知りたい。そのためには、軍の内部から探るしかないと思う。


「……なら、これに参加しなさい。現実を教えてあげる」


 美貴が手渡してきたのは、隊員募集のチラシだった。


「こんな時期に新隊員の募集?」


 どれどれ……試合形式の隊員選考と書いてある。


「私はこれに応募するわ」


 つまり、美貴と試合するってこと? 勝てるわけないじゃない。


 別に偉くなろうとは思ってないんだけど。弱いし。


……でも。


 何故だか、挑戦してみたいと思ってしまった。




 その日がやって来た。


 昨晩、本で調べた霊気を強化する方法を試したからかなんか変な感じ。


 その方法とは、自傷行為だった。芳紀様の仇に対する憎しみを込めて自分の腕や足、胸から背中までナイフで切り付けていった。魔法で傷は治したけど、痛みの記憶は残っている。違和感があるのはそれだろう。


 ちなみに霊気が強化されたような感じはない。まあ、単なる思いつきだし仕方ないね。


 鏡を見ると、そこには長い黒髪が印象的な犬人の少女が立っている。薄い鳶色の瞳はキラキラと輝き、ピンと立ったグレーの耳と、緩やかなカーブを描くグレーの尻尾を持っている以外は人間と変わらない。


 準備を終えて会場に向かう途中、渚に出会った。緩くウェーブのかかった髪は肩にかかる程度。碧い瞳は澄んだ輝きを持つ。一見、人間と見紛う姿だが、耳の後ろにエラがある。


 人型の魚人は総じて美形が多く、しばしば支配種族に鑑賞用として売られるらしいが、彼女を見ていると納得してしまう。


「渚、おはよう!」


「おはよう、葉月ちゃん。元気みたいね」


「もちろん! 今日は大事な日だからね」


 二人で話しながら歩いていると、今度は美貴に出会った。


「あら、身の程知らずな犬が歩いているわ。今日は何の日か知ってる?」


 久々に聞いた、彼女の嫌味ったらしい言葉。なんとなく、無理をしているように聞こえる。


 黒の髪はショートカット。頭の上に伸びる二本の耳は、戦士の種族であることを誇るようだ。兎人の特徴である赤い目は吊り上がり、きつい印象を与える。


「知ってるわよ、新部隊の隊員を選考するために獅子丸元帥の前で模擬戦をするんでしょ」


「違うわ、元帥閣下の目前で哀れな犬が惨めに叩きのめされる日よ」


 ウザい。


 どうした肉食ウサギ? 機嫌が悪いのかな。


「緊張してるのよ」


 その場を離れてから、渚がこっそりと耳打ちした。そうか、人生が変わるかもしれないんだものね。兎人なら選ばれる可能性も高いし。




 選考会場は、思ったより小さな建物だった。元帥閣下が来るのに……と思ったけど、関係ない者は中に入れないんだっけ。


「おや、お嬢さんも志願されたのですか?」


 入り口で渚と分かれ、控え室に向かう途中。ゆったりとした口調で話しかけられた。


 振り返ると、そこにいたのは獣型の蜥蜴人。


 あっ、この人見たことある!


 全身を覆う鱗は白で、紫の着物が映える。蜥蜴そのものなのに、気品を感じさせる顔立ち。


「ふ、藤乃枝様!」


 それは、支配種族の中では一番下の蜥蜴人でありながら元老院でも一、二を争う有力者として有名な藤乃枝議員だった。


「木刀で打ち合う模擬戦とはいえ、大怪我をする危険もあります。くれぐれも、気をつけて下さいね」


 優しい言葉をかけられてしまった。


「はい! 気をつけます!」


 笑顔で答え、控え室に向かった。


 選考の流れは至って簡単。くじで決まった相手と獅子丸元帥の前で戦うだけ。


 種族関係なく、見込みのある者を雇うという事で志願者も多いかと思ったのだけど、あまり多くはなかった。


「私達のような身寄りのない者でもなければ、正規の方法で入隊するのよ」


 不思議そうにしている私に、美貴が教えてくれた。さっきのようなトゲトゲしさはない。




 元帥閣下が会場に姿を現した。軍服の上からでもわかる、筋骨隆々の肉体。金色に輝くたてがみは、まさに百獣の王とも言うべき威容を示していた。あれで百歳を越える老人なのだから恐ろしい。


「ふむ、皆なかなか気合いのはいった顔をしておるな。勝敗は直接には関係ないから、気楽に挑んでくれたまえ」


 軽い調子で言う閣下。集まった子達の緊張が緩むのを感じる。


「儂の目にかなう者がいれば、容赦なく軍に入れるからな。ここにいる全員が明日には軍人になっているかも知れんぞ」


 え? 募集は一人だけって……


「軍は常に人手不足。有望な人材を放っておく余裕などないのじゃ」


 確かに、言われてみれば当然か。にわかに会場が熱気に包まれた。誰もがこの話にやる気を引き出されたようだ。


 もちろん、私も。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?