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選考試験2

 見込みがあれば、軍に入れる。軍に入れば、私の知りたい情報も手に入れやすくなるだろう。


 よし、アレを仕込むぞ!


「美貴、葉月。貴女達の番です」


 何故か狙ったようにこの組み合わせ。そしてどういうわけか藤乃枝議員が進行役だった。


「葉月……生まれつき、どうにもならない事があるって教えてあげるわ」


 そう言って、戦闘態勢に入る美貴。レイキを身に纏い、鎧に変える。硬質化したレイキは見上げるほどに大きくなり、美貴の身体も浮かび上がって私の頭上から見下ろしてくる。


……えっと、これは鎧って言うか、巨大ロボ?


 初めて間近で見る兎人のレイキは、想像を遥かに越える質量を感じさせた。


「ほう、あれほどの使い手がシビリアン(※市民。単に軍属ではないというだけでなく、下層民的な意味合い)とはな。わざわざ出向いた甲斐があったのう」


 元帥閣下まで感心するって事は、コイツが特に強いって事か。ずっと同じ屋根の下で育ってきたのに、全然知らなかった。


 一方、私のレイキは何も変わっていない。貧弱な犬人のレイキだ。


「ふっ!」


 美貴が息を吐く音が耳に届いた。


 まずい。


 そう思う間もなく、体が勝手に後方へ跳んでいた。


――シャッ!


 美貴の木刀(から伸びた巨大なレイキの剣)が空を切る。


「ファジラ!」


 ただ、恐怖に駆られて。


 私は仕込んでおいた魔法を放った。


 前に突きだした左手から炎が生まれ、美貴の全身を包む。


「詠唱ストック! 犬人が行う戦法か!?」


 獅子丸元帥の驚嘆の声も、気にしている余裕はなかった。


「へえ、なかなかやるじゃない。渚に教わったの?」


 大したダメージを受けた様子もなく、余裕の表情で佇む兎人の娘。


 戦場には、こんな化け物が闊歩しているのか。


 僅か数秒の攻防で、私の心を絶望が支配し始めた。


「これで終わりよ!」


 美貴が木刀を振り上げた。


 ああ、負けた。


 観念した。


 彼女が突進してくる。


 やっぱり、犬人の私には荷が重かったか……


 完全に諦め、敗北を受け入れようとした瞬間、脳裏によく知る狼人の姿が浮かんだ。




――違う!!




 私の目的は、こんなどうでもいい試合に勝つ事じゃないでしょ?


 美貴の強力なレイキに呑まれて、肝心な事を失念していたわ。


◇◆◇


「この組み合わせ、仕組んだな?」


 獅子丸が藤乃枝を咎める。


「ほほ、どうせなら全力を見せて貰わねば。

……最初から決まっているのでしょう?」


 藤乃枝の余裕の態度に、押し黙る獅子丸。


「しかし、彼女の姿を陛下がご覧になったらさぞ驚くでしょうね」


◇◆◇


――ワタシハ、断罪スル。


 昨日自ら傷つけた場所が疼く。


 私は、一人だった。


 産まれて間もなく、親に捨てられた。


 理由はわからない。


 施設の他の子は皆、親と死別した身寄りのない子達。


 私には親がいて、名前も付けられた事は聞かされた。


 でも、養育権は放棄し、施設に入れた後は一切関わりを持たないように要望されたらしい。


 私は、捨てられた子。


 その事を嘆いていたら、美貴が厳しく当たってきた。


 今にして思えば、美貴はそれでも家族が生きている私が羨ましかったんだろう。種族なんて、関係なかったんだ。


 私は、芳紀様の事を本当に愛していたのだろうか?


 解らない。


 ただ、初めて大切に思えた人だった。


 その人を失った時から渚との心の距離は近づき、親友と言えるまでになった。彼女と同じ悲しみを知ったからかも知れない。


 なら、いま目の前にいるこの子とも――




 駆け出していた。


 まだ彼女は私の位置にたどり着いていない。


 何かがおかしい。


 時が止まった?


 いや、動いている。ただ、時間の流れがひどく遅い。


 地面を強く蹴って飛び上がり、手に持った木刀で美貴のがら空きの脇腹を横に薙いだ。


――まるで、豆腐に包丁を入れるようだった。


 レイキの鎧が消え、その場に倒れ伏す兎人の娘。


 見れば、血が吹き出している。木刀なのになんで!? いや、それより早く助けなきゃ!


「生命の根源たる水よ、肉体の根源たる土よ、この者に再生の力を与えよ!」


 回復魔法を使うための呪文を詠唱する。


「リ・フリジィ!」


 回復の魔法をかける。が、この程度では焼け石に水のようだ。見る間に彼女の顔が青ざめていく。


「美貴、美貴!!」


 どうしよう。


 どうしたらいいの!?


「レ・ヴィ・ヴィゴー」


 聞いたことのないキーワード。


 美貴の腹部の傷は、何事もなかったかのように消え、頬に赤みが差してきた。


「藤乃枝、様?」


 私は、魔法を使った主を見た。


 彼女は落ち着きはらった様子で周囲に指示を出していく。


「心配は要りません。あの程度の傷、私は毎日治しています」


 そういえば、彼女は高名な医師でもあったっけ。


「後はまかせて、貴女は休みなさい」


 藤乃枝議員に促され、私は控え室に戻った。

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