見込みがあれば、軍に入れる。軍に入れば、私の知りたい情報も手に入れやすくなるだろう。
よし、アレを仕込むぞ!
「美貴、葉月。貴女達の番です」
何故か狙ったようにこの組み合わせ。そしてどういうわけか藤乃枝議員が進行役だった。
「葉月……生まれつき、どうにもならない事があるって教えてあげるわ」
そう言って、戦闘態勢に入る美貴。レイキを身に纏い、鎧に変える。硬質化したレイキは見上げるほどに大きくなり、美貴の身体も浮かび上がって私の頭上から見下ろしてくる。
……えっと、これは鎧って言うか、巨大ロボ?
初めて間近で見る兎人のレイキは、想像を遥かに越える質量を感じさせた。
「ほう、あれほどの使い手がシビリアン(※市民。単に軍属ではないというだけでなく、下層民的な意味合い)とはな。わざわざ出向いた甲斐があったのう」
元帥閣下まで感心するって事は、コイツが特に強いって事か。ずっと同じ屋根の下で育ってきたのに、全然知らなかった。
一方、私のレイキは何も変わっていない。貧弱な犬人のレイキだ。
「ふっ!」
美貴が息を吐く音が耳に届いた。
まずい。
そう思う間もなく、体が勝手に後方へ跳んでいた。
――シャッ!
美貴の木刀(から伸びた巨大なレイキの剣)が空を切る。
「ファジラ!」
ただ、恐怖に駆られて。
私は仕込んでおいた魔法を放った。
前に突きだした左手から炎が生まれ、美貴の全身を包む。
「詠唱ストック! 犬人が行う戦法か!?」
獅子丸元帥の驚嘆の声も、気にしている余裕はなかった。
「へえ、なかなかやるじゃない。渚に教わったの?」
大したダメージを受けた様子もなく、余裕の表情で佇む兎人の娘。
戦場には、こんな化け物が闊歩しているのか。
僅か数秒の攻防で、私の心を絶望が支配し始めた。
「これで終わりよ!」
美貴が木刀を振り上げた。
ああ、負けた。
観念した。
彼女が突進してくる。
やっぱり、犬人の私には荷が重かったか……
完全に諦め、敗北を受け入れようとした瞬間、脳裏によく知る狼人の姿が浮かんだ。
――違う!!
私の目的は、こんなどうでもいい試合に勝つ事じゃないでしょ?
美貴の強力なレイキに呑まれて、肝心な事を失念していたわ。
◇◆◇
「この組み合わせ、仕組んだな?」
獅子丸が藤乃枝を咎める。
「ほほ、どうせなら全力を見せて貰わねば。
……最初から決まっているのでしょう?」
藤乃枝の余裕の態度に、押し黙る獅子丸。
「しかし、彼女の姿を陛下がご覧になったらさぞ驚くでしょうね」
◇◆◇
――ワタシハ、断罪スル。
昨日自ら傷つけた場所が疼く。
私は、一人だった。
産まれて間もなく、親に捨てられた。
理由はわからない。
施設の他の子は皆、親と死別した身寄りのない子達。
私には親がいて、名前も付けられた事は聞かされた。
でも、養育権は放棄し、施設に入れた後は一切関わりを持たないように要望されたらしい。
私は、捨てられた子。
その事を嘆いていたら、美貴が厳しく当たってきた。
今にして思えば、美貴はそれでも家族が生きている私が羨ましかったんだろう。種族なんて、関係なかったんだ。
私は、芳紀様の事を本当に愛していたのだろうか?
解らない。
ただ、初めて大切に思えた人だった。
その人を失った時から渚との心の距離は近づき、親友と言えるまでになった。彼女と同じ悲しみを知ったからかも知れない。
なら、いま目の前にいるこの子とも――
駆け出していた。
まだ彼女は私の位置にたどり着いていない。
何かがおかしい。
時が止まった?
いや、動いている。ただ、時間の流れがひどく遅い。
地面を強く蹴って飛び上がり、手に持った木刀で美貴のがら空きの脇腹を横に薙いだ。
――まるで、豆腐に包丁を入れるようだった。
レイキの鎧が消え、その場に倒れ伏す兎人の娘。
見れば、血が吹き出している。木刀なのになんで!? いや、それより早く助けなきゃ!
「生命の根源たる水よ、肉体の根源たる土よ、この者に再生の力を与えよ!」
回復魔法を使うための呪文を詠唱する。
「リ・フリジィ!」
回復の魔法をかける。が、この程度では焼け石に水のようだ。見る間に彼女の顔が青ざめていく。
「美貴、美貴!!」
どうしよう。
どうしたらいいの!?
「レ・ヴィ・ヴィゴー」
聞いたことのないキーワード。
美貴の腹部の傷は、何事もなかったかのように消え、頬に赤みが差してきた。
「藤乃枝、様?」
私は、魔法を使った主を見た。
彼女は落ち着きはらった様子で周囲に指示を出していく。
「心配は要りません。あの程度の傷、私は毎日治しています」
そういえば、彼女は高名な医師でもあったっけ。
「後はまかせて、貴女は休みなさい」
藤乃枝議員に促され、私は控え室に戻った。