「気分はどうかな?」
獅子丸元帥が控え室に入って来た。
「美貴は! 美貴は大丈夫なんですか!?」
心配のあまり、相手の身分も気にせず詰め寄る。
「心配はいらん、藤乃枝は最高の医師じゃ。普段から、死者だって生き返らせると豪語しておるほどでな」
確かに、さっきの魔法は凄かった。あの様子なら、問題ないだろう。
少し冷静になって、息をつく私に獅子丸元帥が言葉をかけてきた。
「葉月、名前を捨てる覚悟はあるか?」
「へ?」
言っている意味がわからない。
「我々ブルーアースは、『神』を必要としておる。神に、人の名は不要」
「ど、どういうことですか?」
「ふふん、なぁに心配はいらん。儂が全てを教えてやろう。あと、儂に敬語を使うな」
「な、何だかよくわからないけど……わかりました!」
「ほら、敬語!」
「あ、わ、わかった!」
一体なんなの~?
◇◆◇
混乱する葉月を、愛おしそうに見つめる獅子丸。
「……立派に育ったな」
彼の呟きは、誰の耳にも入ることは無かった。
◇◆◇
「貴女の名前はマステマです。これまでの名は捨て、神将として戦に臨むのです」
あれから数日後、私は帝国軍の『神将』なるポストに就く事になった。その任命式で、初めてこのブルーアースの皇帝陛下を間近に見る。
身長は私よりも小さい。肩で揃えたシルバーブロンドは、青みがかって見える。自然の色なのだろうか? 何よりも目を引くのは、純白の巨大な翼。
その姿は、まさに天使。
不死皇帝の二つ名とは相容れぬ、儚げな少女だった。
「……りなさい」
え?
しまった、見とれてぼーっとしてたら何て言ったのか聞き取れなかった!
慌てて彼女の顔を見ると、その赤い瞳に吸い込まれそうになる。
彼女はそれ以上何も言わず、ただ微笑みを浮かべただけだった。
式典のあと、所在なくベンチに座っていた私に声をかける者がいた。
「納得いかねえ!」
ええと、フェンリルだったかしら?
私と同じく、神将に選ばれた若い獣型の狼人。全身の毛はグレー、瞳は薄い茶色。芳紀様に比べて、全体のフォルムがごつい。
「何が?」
大体予想はつくけど、一応聞いてみる。
「お前が七神将のリーダーになることがだ!」
はいはい。そうだと思ってました。
「それで、どうしたら納得するの?」
「勝負だ!」
う~ん、暑苦しい。
ま、こういう奴は嫌いじゃないけど。
数分後、私は地面に仰向けで倒れる狼人をそこに残して、支給された新居に向かうのだった。
第一章 マステマの章 完