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時代劇好きの狼

 俺の名前は竪牙りゅうが


 狼人の男は、名前に牙がつく事が多い。昔は獣人にも人間のように姓があったらしいが、変に家柄を気にする連中にキレた獅子丸元帥が無くしたそうだ。


 物心ついた時から、俺は誰にも負けたことがなかった。勉強も、武術も。当然、ケンカだって負け知らずだ。


 何の疑問も持たずに軍に入り、腕にものを言わせて出世していった。この世で一番強いのは自分だと、信じて疑わなかった。


 そんな俺に転機が訪れたのは、軍曹になって二年目の春だった。


「いや~、やっぱり江戸時代はいいな!」


 時代劇は最高だ。


 俺は当然のように武器に日本刀を選んだ。刀好きは山ほどいるらしく、有名な刀匠も多い。大体は蜥蜴人だ。手先が器用なのと、暑さに強いのが理由だ。


 俺の愛刀は、新進気鋭の刀匠八幡やはたの手によるものだ。綺麗に整った刃紋と艶やかな輝きが見るものを惹き付ける。


 閑話休題。俺は娯楽室を占領して、大型スクリーンで時代劇を鑑賞していた。


「班長、新しい隊長が来られました!」


 至福の一時を台無しにする部下の報告に、苛立ちながらも出迎えの準備を始めた。


「ええと、名前は神無。女か……十月生まれ? 神無月で神無か、安直だな」


 机に置かれた資料で新隊長の情報を確認する。自分が一番だと思っているので、隊長だからと変にかしこまるつもりはない。その器を見定めてやろうと思っていた。


「はじめまして。本日よりこの部隊の指揮を執る、神無少佐です」


 新隊長が挨拶をしている。


 若いな。俺と大して変わらないんじゃないか?


 身体も小さいし、威厳ってものを感じねぇなあ。


 それが、彼女の第一印象。


「あなたが竪牙軍曹ね。噂は聞いているわ」


 その日の午後、神無隊長が俺に話し掛けてきた。


 いつもの事だ。俺は好き勝手やるので、上司になった奴はまず最初に俺に釘を刺しにくる。


 やれ命令に従えだの、任務の重要性だの、面倒くせぇがしょうがない。さっさと出世して偉くなるまでの辛抱だ。どうせ一月もすればどいつも匙を投げる。


 どんなに上司に嫌われたって活躍すれば出世するこの組織は、まさに俺の為にあるようなもんだ。


「良い刀を持ってるんでしょ? ちょっと見せてくれない?」


 おっと、懐柔策か?


 なかなか上手い手だが、お見通しだぜ。


「いいですよ。この刀の銘は……」


 その後、数時間に渡って愛刀自慢で盛り上がった。




「やっぱり、時代劇は人間がやった方が良いわねぇ」


「そうですね、獣人に丁髷ちょんまげは似合いません」


 神無隊長は、まったく軍人らしくない人物だった。威厳もないし、戦う姿もまるで見せない。だが、物腰柔らかで人当たりの良い彼女はすぐに人気者になった。


 俺は、そんな彼女が何故この若さで少佐になったのかが気になっていた。


「知らないのか? 無詠唱の神無。入隊前から注目の的だったぞ」


 妙に馴れ馴れしい同僚が情報を寄越した。


「無詠唱って、まさかあの」


「そうさ! あの伝説の『星落とし』だ」


 人の言葉に被せるな。


 イラつきつつも納得した。


 ブルーアース建国当初、軍を率いて人間を蹴散らしたのは若かりし頃の獅子丸元帥ではなく、狼人の娘だった。その二つ名が『星落とし』だ。


 魔法は、軍隊の号令に似ている。号令は予令と動令からなり、「右向け右」なら「右向け」が予令、「右」が動令となる。


 魔法では長い呪文を唱えて、マナに己のやるべき事を理解させ、キーワードを発してマナを思い通りに動かす。呪文が予令、キーワードが動令になるわけだ。


 だが、予令のない号令――例えば、「気をつけ」――があるように、呪文の詠唱を伴わない魔法もある。


 無詠唱とは、全ての魔法を詠唱無しに使える能力だ。上級兵が使う戦術、『詠唱ストック』に似ているが、あちらは予め詠唱しておくのに対し、こちらは詠唱する機会そのものがないのだ。


――伝説の、オオカミか。

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