営庭。
いつもは一部の熱心な兵士が運動しているぐらいで人はほとんどいないこの場所に、今日は溢れんばかりに兵士達が群がっていた。
どこで聞き付けたのか、俺と隊長の手合わせを見物しようと集まった野次馬である。
「準備はいい?」
愉しげに聞いてくる彼女。
「手加減はしませんよ?」
嘘だ。
俺には本気で戦うつもりなど欠片もなかった。そんな俺の言葉に観衆が騒ぎ出す。
「よく言った! 男の意地を見せろ!」
「青二才が調子に乗りやがって!」
「隊長! 生意気な若造を懲らしめてやって下さい!」
「分隊長(※堅牙の事)頑張って下さい!」
思ったより応援の声が多い。それにしても、隊長も俺と変わらない年齢なんだがな。
「では、カウントダウンで始めましょうか」
隊長が、その場の全員に促す。
「5!」
隊長の言葉を受けて、先任曹長が声をあげた。
「4!」
観衆が声を合わせる。
「3!」
俺は、腰を落として木剣を下段に構えた。
「2!」
隊長は、木剣を右手に持ったまま、両手を下げて足を肩幅に開く。無形の位か……
「1!」
二人がゆっくりと息を吸う。
「始め!」
俺は、地を蹴った。
神無隊長が、左手を前にかざす。
魔法か。
「ファジラ!」
視界が炎に覆われる。が、この程度は予測済みだ。
即座に大きく左に跳ぶ。このまま、回り込んで……
刹那。
視界の端に木剣の先端が映る。何かを考える前に、剣を振り上げた。
ガッ!
木と木がぶつかり合う鈍い音が響く。
「何故、こちらに跳ぶと?」
辛うじて彼女の斬撃を防ぎ、聞く。
「貴方の利き脚は右でしょう?」
内心、俺は舌を巻いていた。
こちらの動きを読まれた事よりも、彼女が先回り出来た事に対して、だ。
俺より、速い。
「はあっ!」
腕に力を込めて、彼女の剣を押し戻す。
「トランカ!」
後ろに跳び、更に魔法を放つ白狼。聞いたことのない魔法だ。
彼女はまた左手を俺に向けている。すぐにまた右に小さく跳んで、着地と同時に彼女に向かって突進した。
キキキキキン!
後ろから大量の金属音と野次馬の感嘆の声が上がるが、無視。
一気に間合いを詰めると、力任せに下段から剣を振り上げた。
体を回転させ、剣で受け流すように払う隊長。だが、俺はそのまま逆足を前に踏み込み、全力で上段から剣を振り下ろした。
素早く後ろに跳んだ彼女は、俺の振り下ろしによって生じた衝撃波を食らい観衆に突っ込んだ。
「ごめんなさい、大丈夫?」
下敷きになった兵士に謝り、彼女が戻って来る間に俺は誰にも聞こえないように詠唱を済ませる。
「凄い腕力ね。こんなに吹き飛ばされるなんて」
「隊長も、よくそんなに速く動けますね」
手加減するつもりだったが、とてもそんな余裕はなかった。
「行くわよ。フルーエ・トランカ!」
彼女の左手から放たれた光弾が高速で向かってきた。
「レフレクティロー!」
準備しておいた魔法を放つ。俺の前に生まれた光の壁が、光弾を弾き返した。
神無隊長に向かって飛んで行く光弾。だが、彼女は微動だにしない。
何だ?
「ミグル」
また、知らない魔法。だが、効果はすぐにわかった。
二人の位置が入れ替わったのだ。
――避けられない!
光弾は、無数の刃に変化し俺を取り囲んだ。身を屈める俺の身体に、襲い掛かる刃。グレーの毛皮に傷が刻まれていった。
それにしても、こんな魔法を撃ち合ってるんじゃ武器だけ木剣にしても意味ないよな……
俺は無数の刃に切り刻まれながら、今更過ぎる事を考えていた。