「驚いた。たったそれだけしか傷を負わないなんて」
我ながら、頑丈な身体だ。魔法の刃は、体組織に有効なダメージを与える事が出来なかった。
まあ、表面は傷だらけだがな。
「俺のレイキは特別製でしてね」
軽口を叩いて、次の攻撃の準備に移る。あれをやってみるか……
剣を持った右手を左肩に持っていき、左腕で右腕を体に引き付ける。ちょうど、体の前で両腕がクロスする形だ。
「何か、必殺技的なものが出てきそうね」
「さて、何が出ますかね?」
口の端を上げ笑いながら言うと、彼女は初めて剣を構えた。
しんと静まり返る営庭。
全員、息を飲んで次の攻防に意識を集中させている。これで決着がつく。そう、誰もが確信していた。
二人同時に体を沈める。
「そこまで!!」
大きな声が、戦いを終わらせた。
人垣が割れて、声の主が姿を現す。
「ふむ、なかなか元気があってよろしい。だが、仲間同士で本気になってはいかんなあ」
金に輝くたてがみは力強く、全身からあふれでる威圧感は、とても百年以上生きた老人とは思えない。
獅子丸元帥だ。
全員、その場で背筋を伸ばして敬礼をする。一体何故、こんなところに?
「その元気は人間に向けて貰おう、竪牙。そして、神無……お主がこれから向かう場所は、戦場よりも過酷な世界じゃ。あそこは、正に悪鬼羅刹の巣窟」
どうやら神無隊長に会いに来たようだが、酷い言われようだな元老院。
「地獄に乗り込み、その白い身体をどす黒く染めてでも、あの娘を探し出す覚悟はあるか?」
あの娘?
……生き別れの、隊長の妹か!
「はい!」
それまでかしこまって聞いていた隊長の目に、鋭い光が宿った。
「困った時は、いつでもおいで。お主は儂の孫のようなものじゃ」
元帥閣下の話と共に、俺達の勝負はお流れとなるのだった。
神無隊長が部隊を去って数ヶ月が経った。俺は相変わらず好き勝手やっていたが、ずっと彼女の事が気になっていた。
彼女は、妹の行方を突き止めたのだろうか?
ニュースで見る彼女は、部隊にいた頃と変わらぬ微笑みを浮かべていて、その心中をうかがい知る事は出来ない。
「竪牙軍曹、隊本部からの呼び出しです」
何だ?
突然の呼び出しに首を捻る。心当たりがない。
「おう、元気そうでなによりじゃ」
隊長室にいたのは、獅子丸元帥だった。
前回といい、何の事前連絡もなしに動き回って……
本当に、俺もかなわない奔放ぶりだ。秘書官の苦労が偲ばれる。それにしても、何の用だ?
「今日は、ちょっとお主に手伝ってもらいたい事があってな」
俺に手伝ってもらいたい事?
きっと厄介な事なんだろうな。
「七人の部隊で迷宮を探索してくれ。ちょっと武器を取ってきて貰いたい」
あ、これは想像を遥かに越えた厄介事だ。ブルーアースで迷宮と言えば、一つしかない。今は亡き伝説の星落とし――彼女の墳墓だ。
この獅子丸元帥が作らせたものだが、内部は相当な『お宝』の山らしい。頻繁に盗掘に挑戦した不届きものが逮捕されたニュースが流れる。
「とは言っても、他の六人と行動を共にすることはない。どちらかと言うと競争じゃな」
競争?
「その武器とは、一体何です?」
俺の質問に、不敵な笑みを浮かべて短く答える。
「オリンピアの七天使」
七人……七天使……競争。
そういう事か。
その一言で、俺が自分で使う武器を取りに行くのだと理解した。しかもどうやら、それらは同じ性能では無いようだ。
「全員の準備が出来次第、向かうぞ」
獅子丸元帥の言葉には絶対的な強制力があった。逆らう気など更々無いがな。思いがけない冒険の予感に、俺はワクワクが止まらなかった。