フルの力を手に入れた俺は、新しい名と神将とかいうやたら偉そうな階級を貰えるらしい。
今日はその式典だ。
順番に並んで皇帝陛下に呼ばれるのを待つ。こういう時は序列順と決まっているので、必然的に神将の強さランクも解る。
俺は三番手だった。
まあ、百歩譲って俺が一番じゃないのはいい。だが、前に並ぶ二人の顔ぶれが問題だ。会場に居並ぶ将兵の中からも、困惑する声が聞こえる。
「まさか、犬人がトップだと?」
「あの娘、見たことがあるぞ」
ざわめく場内だが、前の二人はお構い無しだ。ニュースに疎い俺は知らないが、顔を知っている将官もいるらしいし、どうやらただ者ではないようだな。
だが、気に入らねぇ。
自分で強さを確かめないと納得出来ねーな。俺より強い奴が犬人と猫人の娘だと?
しかも、二人とも人型だ!
何かの間違いじゃないのか?
それとも、とんでもなく強い天使の力を得たのか?
「あなたの名前はフェンリルです。これまでの名は捨て、神将として戦に臨むのです」
皇帝陛下から名を授かり、式典が終わると俺はあの娘――マステマを探して外に出た。
猫人の娘――バステトも気になったが、やはりリーダーとなる犬人の力を確認しなくては。
「勝負だ!」
俺はマステマに勝負を挑んだ。
「いいよー。その代わり、負けたらちゃんと言うこと聞きなさいよね?」
あっさりと挑戦を受けるマステマ。どうやら、腕に自信はあるようだ。
「よし、じゃあどこか広い場所に行こう」
「いいわよ、ここで」
提案を却下する娘。広さを必要としないということは、魔法で戦うんじゃないのか?
「可愛い顔して肉体派か。俺を甘く見るなよ?」
「さて、どうかしらね?」
軽口を叩き合いながら、互いに距離を取る。口調とは裏腹に、緊張の高まりを感じる。ベテラン兵が戦闘態勢に入る時に見せる気配だ。
「はっ!」
先手必勝、レイキを込めた拳を最短距離で突き出した。が、拳の先に犬人はいなかった。
総毛立つ感覚。懐に『敵』が入り込んでいる気配。
――
俺は確かにマステマの姿から目を離していなかった。にもかかわらず、動きを視界に捉える事は出来なかった。まるで、時間を止めたかのように……
次の瞬間、顎に衝撃を受けた。
アッパーか!
そう思った時には、俺の身体は仰向けに地面の上で寝ていた。すぐに起き上がろうとしても、力が入らない。
一撃で、勝負は決まったのだった。
心を覆い尽くす屈辱感。負けた事が屈辱なんじゃない。
あの女……
鋼のごとき毛皮に覆われた、狼人のこの俺を!
握れば折れそうな細腕の犬人の娘が!
怪我させないようにと気遣いやがったんだ!!
「くっそー……完敗だ」
しばらく、屈辱感から起き上がれずにいた。そして、冒頭に続くわけだ。
「そう言えば、妹さんは見つかったんですか?」
穏やかな笑顔を見せる神無議員に、気になっていた事を聞いてみる。
大丈夫かな? 傷付けないだろうか?
ドキドキする俺に、明るい声で答える彼女。
「ええ、見つかったわ」
なんと!
「本当ですか! おめでとうございます!」
自分の事のように嬉しい。ずっと気になっていたからな。
「どんな人なんですか? 今度紹介してくださいよ」
喜びのあまり勢いで言ってしまったが、妹を紹介してくれって言うとなんか違う意味に聞こえるな。
「うふふ、私から紹介する必要はないわ」
楽しげに答える神無議員。
「えっ、もしかしてもう会った事があったりします? 神将の中にいたりとか?」
えーっと、あと四人はどんなメンバーだったっけ?
「さあ、どうかしら?」
本当に、本当に楽しそうな彼女を見ていると、とにかく良かったという気持ちになった。
◇◆◇
「本当に、元気でいてくれて良かった」
慈しむような目で呟く神無の言葉は、フェンリルの耳には届かなかった。
第二章 フェンリルの章 完