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ガネーシャの章

ただ一人の象人

 私は、象人だ。


 象人は、世界でも私一人しか確認されていない。では私の両親は? とよく聞かれるが、その答えを私は知らないし、知りたくもなかった。


 私の父は元老議員・叢。母はいない。


 それでいいのだ。


 父が私に付けてくれた名は大樹たいきだが、今の私の名はガネーシャ。


 敬愛する皇帝陛下が授けて下さった名だ。




 象の顔と灰色の皮膚を持つ私は、生まれて間もなくゴミ捨て場に捨てられていた。回収業者に発見された私は、ニュースで大きく報道された。それを不憫に思った養父が、私を迎え入れてくれたのだ。


 ゴミとして捨てられ、死んでいくだけだった私が、なに不自由なく暮らしてこれたのは父のおかげ以外のなにものでもない。


 ゆえに、私は父を尊敬し何でも言うことを聞いた。父はそんな私を優しく、時に厳しく育ててくれた。物心ついたばかりの頃、獣型の狼人である父と自分の姿が似ても似つかない事に疑問を持った私が尋ねた。


 父は、全てを包み隠さず教えてくれた。


 そして最後にこう付け加えた。


「血が繋がっていなくても、お前は間違いなく私の息子だ」


 父は私にありったけの愛情を注いでくれた。


 私の記憶にある父は、常に穏やかなダークブラウンの瞳で私を見守ってくれている。


 父は議員の中でも特に皇帝陛下の覚えがめでたいため、とても忙しくしていて子供の頃の私はよく寂しい思いをしていた。


 学校ではいじめられる事こそなかったが、友達も出来なかった。常に奇異の目で見られ、敬遠された。


 私は寂しさを紛らわせるため、家の近くにある山に入っては、野生の動物を観察していた。


 この山は、ほんの数十年前にはとても動物が生息出来るような状態ではなかったらしいが、研究者達の努力の甲斐あって今では緑に包まれている。


 ブルーアースの旧日本領では、そうやって緑を取り戻した場所が至る所に見られるが、人間共の国家は荒野ばかりだという。


 その日、私はいつものように山を歩いていた。


「どうしたの? こんなところに一人で」


 突然頭上から声がして、驚いた私が見上げると、太い木の枝の上に一人の女性が腰かけていた。背中の大きな翼が、この世にただ一人の鳥人である事を示していた。


「皇帝陛下!」


「貴方は、叢の息子さんだったわね?」


 枝から飛び降り、私の前に立つと彼女はそう言った。


「はい、私はここに棲む色々な動物を見るのが好きで、よく一人で歩いています」


『叢の息子』


 皇帝陛下からこう呼ばれた事がとても嬉しかった私は、緊張しつつもいつになく饒舌に話していた。


「そうなんだ。私も動物が好きよ」


 そう語る彼女の目は、何故だかずっと遠くを見ているように感じられた。


 皇帝ガイアスは絶対的な存在。


 子供の頃から、国民の誰もがそう教えられて育つ。だが、私の眼前にいる彼女は、威厳も何もないただの少女だった。


「あ、私がここに来てる事は内緒にしてね。獅子丸がうるさいから」


 そう言って左手の人差し指を口元に持っていき、悪戯っぽくウィンクする彼女に、私は


「はい、分かりました!」


 と答える事しか出来なかった。


 この世にただ一人の鳥人。


 この世にただ一人の象人。


 この共通点に思い至り、すぐに不敬な発想だと自分を戒めた。だが、お付きも付けず一人で山を散策する皇帝陛下のあの遠い目が意味するものは……


 その日から、私は熱心に国会中継を見るようになった。

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