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第4話 存在する価値もない

 フリードがファイエンの元へ向かう少し前。

 ファイエンは謁見の間にいた。

 王の前に跪き、頭を下げている。


(火の勇者ではなくなったのに、王様はどうして僕を――)


 フリードに敗北したファイエンは、自宅に引きこもっていた。

 時々、シャーリィが様子を見に来てくれたが、話す気分ではなかった。

 そんなファイエンにヴォルガン王から手紙が届き、ここにいる。

 呼ばれた目的が分からないファイエンは、王の言葉を待っていた。


「ファイエンよ。火の勇者の件は残念だった」

「……」

「勇者の役目がフリードに移ったことにより、そなたが戦う必要は無くなった」


 王は辛い現実をファイエンに突き付ける。


「相当、落ち込んでおるとそなたの父親から報告を受けておる」

(前置きはもういい)


 言われたのが王様でなければ、ファイエンは怒りをあらわにし、話を最後まで聞かずにこの場を立ち去ったであろう。


「ファイエン、顔をあげよ」


 王の言う通り、ファイエンは顔をあげ、その場に立ち上がる。

 王が合図すると、淡いピンク色のドレスを身にまとった王女が現れる。

 王女はファイエンと同い年の十七歳で、火のような赤髪が特徴的な大人しい女の子。

 パーティで何度か顔を合わせ、そこで会話をする程度の間柄だ。

 幼いころから共にいたシャーリィほど、親しくはない。

 王女はファイエンの隣に立ち、恥じらっている様子。


「余の娘と結婚し、王家の一員とならぬか?」

「結婚……」


 王の突然の提案にファイエンは言葉が詰まる。

 ファイエンは隣にいる王女を見る。

 顔を真っ赤にした王女は、こくりと小さく頷いた。


「娘はそなたのことを大変好いておる。そなたが頷けばすぐに結婚の準備を――」

「陛下、待ってください」


 ファイエンは王の言葉を遮る。


「その……、結婚の件、父上は了承済みなのですか?」


 ファイエンは自身の父がこの話を知っているのか問う。


「当初は”婚約”という形に収める予定じゃった」

「どうしてそれが突然、結婚と――」

「魔王討伐という役目がなくなったからじゃ」

「……」


 王は”婚約”という形をすっとばし、結婚を提案したのはファイエンが火の勇者として魔王討伐をしなくてよくなったからだという理由だった。


「ファイエンさま」


 王女がファイエンの服の裾を引っ張る。


「城内では、ファイエンさまの事を悪く言う者たちもいます。ですが、わたくしと結婚したらそう言う者たちもいなくなりますわ」


 王女はファイエンに接近し、彼の胸の中に納まる。

 王女の潤んだ緑の瞳に見つめられ、ファイエンは狼狽えた。

 後ずさるも、王女はファイエンの身体に密着する。


「わたくしはファイエンさまの事を慕っております。この話……、受け入れては下さいませんか?」

(……家庭を持つのもいいかもしれない)


 王女の押しに、ファイエンの意思が揺らぐ。


(悪い話ではない……、でも――)


 考えた末、ファイエンは王女から離れる。


「正直、急な話で戸惑っています。考える時間をくれませんか?」


 自身の気持ちを整理したいファイエンは、結婚の話を先延ばしにしようとした。


「考える時間じゃと?」


 ファイエンの返事に王の態度が一変する。


「余はこれまで火の勇者として役目を果たしてくれたそなたに褒美として余の娘を授けるのじゃぞ? 考える必要などあるのか!?」


 王は不満をファイエンにぶつける。

 自慢の娘と結婚できるのなら、即、縁談を受け入れるべきだとファイエンに迫る。

 王の態度を見て、ファイエンは察する。


(もう、僕はこの結婚を受け入れるしかないんだ)


 ファイエンの意思など関係ない。

 これは”王命”なのだと。


「ファイエンさま、わたくしのこと……、お嫌いですか?」


 王女もファイエンに迫る。


「いえ、そういうわけでは……」


 上手く言葉が返せないファイエンに、王女は顔を手で隠し、しくしくと泣きだした。

 大事な娘を泣かせた者として王は更に不機嫌になる。


「娘を泣かせおったな」

「申し訳ございません」

「余は火の勇者ではないお主を王家に迎えるのは反対じゃった。じゃが、娘がどうしてもというから縁談を進めようと思ったのに、そなたは余に恥をかかせるのか!?」

「火の勇者でもない僕……」


 ファイエンが一番言われたくない言葉を王は感情に任せて言い放つ。


「出来損ないが! それだからフリードとかいう奴に負けるのじゃ!!」

「っ!?」


 出来損ない。

 魔王を討伐する火の勇者として生まれたファイエンは、先代の父親の指導の下、技の習得に十七年の人生を費やした。

 皆の期待に応えたい。

 封印されている魔王を倒し、真の平和を迎えたい。

 けれど、努力だけでは強くなれなかった。

 フリードというポッと出の天才に勝てなかった。


「僕は火の勇者になるために遊ばず、友達もつくらず、父と共に鍛錬に励んだのに……、努力したのに……」


 王の言葉をきっかけに、ファイエンの心に負の感情が溢れ、プツンと心の糸が切れた。


「出来損ないなんだ。ただの僕になんの価値もないんだ」


 ファイエンの落ち込みようを見て、王は失言をしてしまったことに気づく。

 ゴホンと咳ばらいをして「すまなかった、今のは――」と我に返るも、ファイエンには何も聞こえなかった。


「……失礼します」


 ファイエンはとぼとぼとした足取りで、謁見の間を出た。

 謁見の間の先には、民衆に姿をみせるためのバルコニーがある。

 ファイエンの足取りはバルコニーに向かっていた。

 手すりの前で立ち止まる。

 見下ろすと十分な高さだ。


「僕は……、存在する価値もない」


 火の勇者として人生を捧げたファイエンにとって、今の自分は抜け殻そのもの。


「ここから――」


 悩みから解放されるため、ファイエンは手すりを乗り越え、バルコニーから飛び降りた。



 フリードはファイエンを探す。

 シャーリィの話だと、ファイエンは謁見の前でヴォルガン王と会っているらしい。

 ならばと、フリードは謁見の間へ向かう。


「ファイーー」


 謁見の間を出るファイエンの姿が見えた。

 ファイエンは虚ろな表情でトボトボと歩いている。

 いつもと違う様子に、フリードは声をかけるのをためらった。

 ファイエンはそのままバルコニーへ向かう。


(嫌な予感がする)


 バルコニーは相当な高さだ。

 飛び降りたら、ゲームのキャラクターでも死んでしまうだろう。

 最悪の場合を考えて、フリードはファイエンの後をそうっとつける。

 そして――、ファイエンはバルコニーから飛び降りた。


「だめだ!!」


 後ろから見守っていたフリードはファイエンが飛び降りたバルコニーに駆け付け、寸前のところで彼の足首を掴んだ。

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