### 部活動
入学式の帰り、校舎外では部活動の勧誘が始まっていた。
「ハヤトは何部に入るんだろ?」
ボソッと呟いたカズのもとに、ジャージ姿の先輩が話しかけて来た。
「君、脚速そうだね? 何部に入る予定?」
「えっと⋯」
ドギマギしながらモゴモゴしていると、先輩はカズの手を取り、
「陸上部なんだけど、良かったら案内するよ」
そう言って、カズを引っ張る。
カズは戸惑いながらも、先輩に手を引かれて歩き出す。
校舎の外には、色とりどりののぼりや看板が立ち並び、さまざまな部活動が新入生を勧誘していた。
吹奏楽部の音楽が遠くから聞こえ、野球部の先輩たちはキャッチボールをしながら声をかけている。
カズは、どこに行けばいいのか、何をすればいいのか、まったくわからず、ただ先輩の後ろについていくしかなかった。
「ここが陸上部の部室だよ」
先輩は、グラウンドの隅にある小さな倉庫の前で立ち止まった。
そこには、古びたトレーニング器具や、使い古されたスパイクが並べられていた。
カズは思わず目を細めた。
陸上部という響きは、なんとなく「走るのが好き」な人が集まる場所だと思っていたが、実際に目の前にすると、なんだか緊張してしまう。
「俺は佐藤って言うんだけど、三年生だよ。この部活、去年と一昨年は県大会にも出場したんだ。君、走るの早いって噂だったけど、本当?」
カズは少し恥ずかしそうにうつむいた。
「そんなこと、ないです⋯⋯ただ、運動会の徒競走でちょっと⋯⋯」
「へえ、それだけでも十分だよ。俺たち、今ちょうど新入生を募集してる最中なんだ。よかったら、一度体験してみない?」
カズは迷った。
正直、部活動なんてまだ何にも決めていなかったし、陸上部に入るつもりもなかった。
でも、佐藤先輩の熱心な目つきに、断りづらい雰囲気を感じていた。
「じゃあ、ちょっとだけ⋯⋯」
そう言うと、佐藤先輩はニッコリと笑った。
「いいね! それじゃ、まず軽く走ってみようか」
カズは、グラウンドの端まで連れて行かれ、軽くストレッチをさせられた。
他の部員たちも、興味深そうにカズを見ていた。
カズは、自分の足が本当に速いのか、少し不安になってきた。
確かに小学生までは負けた事が無かったのだが。
「じゃあ、スタート合図で走ってみて。距離は50メートルね」
カズは深呼吸し、足を構える。
「よーい、ドン!」
走り出すと、風が頬を撫でた。
自分の足音が、グラウンドに響く。
走ること自体は、特に意識せずとも自然にできていた。
そして、ゴールに到達したとき、佐藤先輩が驚いた顔をしていた。
「すごいじゃん! タイムもすごく速いし、フォームもいい。君、絶対にやれるよ!」
カズは照れくさそうに笑った。
「そんなことないです⋯⋯でも、走るのは好きかもしれないです」
その日を境に、カズは陸上部の練習に顔を出すようになった。
最初はただの好奇心だったけれど、走るたびに、自分の体が軽くなっていく感覚や、仲間と一緒に汗を流す楽しさに気づいていった。
そしてある日、佐藤先輩がこう言った。
「カズ、本格的に入部しない? 君なら、きっと全国に行ける。俺たちと一緒に頑張ってみないか?」
カズは、少し考えてから、静かにうなずいた。
「うん、入部する」
それから数か月後、カズは見事に新人戦で優勝し、学校中にその名を知られることになる。
彼の走る姿は、まるで風のように軽く、そして速かった。
そして彼の物語は、まだ始まったばかりだった。