### 久し振りの学び舎
「おはようっす!」
元気な声で挨拶をして教室に入るカズに、皆んなが視線を向ける。
「おっ、カズ。1週間振りだな!」
「元気にしてたか!?」
皆んなが次々と声をかけてきてくれる。
「うっす! 元気だったっすよ!」
そう言って、自分の席に着くカズに、ハヤトが声をかけた。
「昨日の夜、帰って来たのか?」
「あぁ。少しばっか遅かったけどな」
「隣なんだから、声をかけてくれても良かったのに」
「いやぁ~、ほんと遅かったからさ~」
そう言って笑うカズに、ハヤトが言った。
「最近、ウチに訪ねて来ないね」
「そりゃあ、陸上部の合宿に行ってたからな」
「そうじゃなくて⋯⋯」
「ほんと、ゴメン。最近、部活の方が忙しくてさ。会いに行ってる暇がなかった」
ゴメンと手を合わせるカズに、ハヤトは不信感を覚えた。
今までだったら、それでもカズは自分の部屋を訪ねて来ていた筈なのだ。
どんなに忙しくてもハヤトの元を訪ねる、それがカズだったのだ。
それが、中学生になり、陸上部に入部してから、何かが変わった。
二人の間に距離が出来てきたとでも言うべきか?
「カズ、ちょっといいか?」
放課後、教室が静かになり始めた頃、ハヤトはカズに声をかけた。
カズは鞄を肩にかけていたが、少し驚いた表情で振り返った。
「ん? あぁ、いいよ。なんだよ?」
「外で話そう」
ハヤトはそう言うと、先に教室を出て行った。
カズは少し戸惑った表情を浮かべながらも、その後に続いて外へ出る。
校舎の裏手にある、いつも二人で話していた場所に着くと、ハヤトは立ち止まり、カズの方を向いた。
「最近、何か違うだろ?」
カズは少し眉をひそめた。
「え? 何が?」
「俺たちの関係。お前、ここ最近、俺の部屋にも来ないし、話す時間も減った。陸上部の合宿ってのは知ってるけど、それ以上に、何かあるんじゃないかと思ってさ」
カズは少し目をそらした。
それを見て、ハヤトの胸に不安が広がる。
「⋯⋯そんなことないよ。ただ、部活が忙しいだけでさ」
「嘘つけ!」
ハヤトの声が鋭く、カズはびくりと肩を震わせた。
「お前、俺の事、避けてるだろ?」
カズは返事をしなかった。
沈黙が二人の間に広がる。
「⋯⋯避けてるって、そんなことねーよ」
ようやくそう口を開いたカズの声は、どこか弱々しかった。
「じゃあ、なんでここ最近、俺といるときの顔が、昔と違うんだ?」
「⋯⋯昔と?」
「あぁ。お前、俺といるとき、笑ってても、なんか違うんだよ。心の底から笑ってないような、そんな感じがする」
カズは俯いたままだった。
ハヤトは少し間を置いて、続けた。
「俺たち、産まれた頃からずっと一緒にいて、何でも話せてたよな? お前の走る姿、見ててさ、本当にかっこよかった。陸上部に入ったって聞いたときは、お前の夢が叶ったって感じで嬉しかった。でも、最近のお前、なんか違う。俺の前じゃ、元気そうにしてるけど、本当は何か悩んでるんじゃないかと思ってさ」
カズは顔を上げた。
その目には、どこか切なさが滲んでいた。
「⋯⋯ハヤト、お前、気づいてたんだな」
「気づいてたよ。お前のこと、一番よく知ってるつもりだからな」
カズは深呼吸を一つして、ようやく口を開いた。
「実は⋯⋯最近、陸上の事で悩んでてさ。俺、走るのを辞めてーなーって思ってたんだ」
ハヤトは目を見開いた。
「えっ⋯⋯?」
「でも、お前にそんなこと言えるわけねーじゃん? お前、俺が走るの好きだって言ってくれてたし、応援してくれてた。俺が辞めるって言ったら、悲しむだろうなって思って⋯⋯だから、黙ってた」
「バカ野郎⋯⋯」
ハヤトは思わず笑みをこぼした。
「何がバカって⋯⋯?」
「お前、俺の顔色を伺って、自分の気持ちを抑えてたってことだろ? 俺、お前が走るのを見て、応援するのが好きだったけど、それ以上に、お前が笑ってるのが好きだったんだよ」
カズは目を見開いた。
「⋯⋯え?」
「お前が、苦しんでるのに、俺の前で笑顔作ってたってこと、それ、俺には辛いんだよ。俺がお前に何ができるか、わかんないけど、少なくとも、お前の気持ちを聞いて、一緒に悩むくらいはできるだろ?」
カズはしばらく黙っていたが、やがて、涙をこぼしながら笑った。
「⋯⋯ありがとな、ハヤト」
「何言ってんだよ。俺たち、親友だろ? いや、それ以上だ。家族みたいなもんだ」
カズはうなずいた。
「⋯⋯もうすぐ、地区予選があるんだ。俺、最後にもう一度、走ってみるよ。お前の顔見て、そう言ってもらえたから」
「走れよ。俺、絶対に応援するから」
二人は校舎の影に立って、夕暮れの光を浴びながら、静かに笑みを交わした。
その日から、カズはまた、ハヤトの部屋を訪れるようになった。
そして、二人の絆は、より深く、より強くなった。