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第18話 久し振りの学び舎

### 久し振りの学び舎


「おはようっす!」


 元気な声で挨拶をして教室に入るカズに、皆んなが視線を向ける。


「おっ、カズ。1週間振りだな!」


「元気にしてたか!?」


 皆んなが次々と声をかけてきてくれる。


「うっす! 元気だったっすよ!」


 そう言って、自分の席に着くカズに、ハヤトが声をかけた。


「昨日の夜、帰って来たのか?」


「あぁ。少しばっか遅かったけどな」


「隣なんだから、声をかけてくれても良かったのに」


「いやぁ~、ほんと遅かったからさ~」


 そう言って笑うカズに、ハヤトが言った。


「最近、ウチに訪ねて来ないね」


「そりゃあ、陸上部の合宿に行ってたからな」


「そうじゃなくて⋯⋯」


「ほんと、ゴメン。最近、部活の方が忙しくてさ。会いに行ってる暇がなかった」


 ゴメンと手を合わせるカズに、ハヤトは不信感を覚えた。

 今までだったら、それでもカズは自分の部屋を訪ねて来ていた筈なのだ。

 どんなに忙しくてもハヤトの元を訪ねる、それがカズだったのだ。

 それが、中学生になり、陸上部に入部してから、何かが変わった。

 二人の間に距離が出来てきたとでも言うべきか?




「カズ、ちょっといいか?」


 放課後、教室が静かになり始めた頃、ハヤトはカズに声をかけた。

 カズは鞄を肩にかけていたが、少し驚いた表情で振り返った。


「ん? あぁ、いいよ。なんだよ?」


「外で話そう」


 ハヤトはそう言うと、先に教室を出て行った。

 カズは少し戸惑った表情を浮かべながらも、その後に続いて外へ出る。


 校舎の裏手にある、いつも二人で話していた場所に着くと、ハヤトは立ち止まり、カズの方を向いた。


「最近、何か違うだろ?」


 カズは少し眉をひそめた。


「え? 何が?」


「俺たちの関係。お前、ここ最近、俺の部屋にも来ないし、話す時間も減った。陸上部の合宿ってのは知ってるけど、それ以上に、何かあるんじゃないかと思ってさ」


 カズは少し目をそらした。

 それを見て、ハヤトの胸に不安が広がる。


「⋯⋯そんなことないよ。ただ、部活が忙しいだけでさ」


「嘘つけ!」


 ハヤトの声が鋭く、カズはびくりと肩を震わせた。


「お前、俺の事、避けてるだろ?」


 カズは返事をしなかった。

 沈黙が二人の間に広がる。


「⋯⋯避けてるって、そんなことねーよ」


 ようやくそう口を開いたカズの声は、どこか弱々しかった。


「じゃあ、なんでここ最近、俺といるときの顔が、昔と違うんだ?」


「⋯⋯昔と?」


「あぁ。お前、俺といるとき、笑ってても、なんか違うんだよ。心の底から笑ってないような、そんな感じがする」


 カズは俯いたままだった。


 ハヤトは少し間を置いて、続けた。


「俺たち、産まれた頃からずっと一緒にいて、何でも話せてたよな? お前の走る姿、見ててさ、本当にかっこよかった。陸上部に入ったって聞いたときは、お前の夢が叶ったって感じで嬉しかった。でも、最近のお前、なんか違う。俺の前じゃ、元気そうにしてるけど、本当は何か悩んでるんじゃないかと思ってさ」


 カズは顔を上げた。

 その目には、どこか切なさが滲んでいた。


「⋯⋯ハヤト、お前、気づいてたんだな」


「気づいてたよ。お前のこと、一番よく知ってるつもりだからな」


 カズは深呼吸を一つして、ようやく口を開いた。


「実は⋯⋯最近、陸上の事で悩んでてさ。俺、走るのを辞めてーなーって思ってたんだ」


 ハヤトは目を見開いた。


「えっ⋯⋯?」


「でも、お前にそんなこと言えるわけねーじゃん? お前、俺が走るの好きだって言ってくれてたし、応援してくれてた。俺が辞めるって言ったら、悲しむだろうなって思って⋯⋯だから、黙ってた」


「バカ野郎⋯⋯」


 ハヤトは思わず笑みをこぼした。


「何がバカって⋯⋯?」


「お前、俺の顔色を伺って、自分の気持ちを抑えてたってことだろ? 俺、お前が走るのを見て、応援するのが好きだったけど、それ以上に、お前が笑ってるのが好きだったんだよ」


 カズは目を見開いた。


「⋯⋯え?」


「お前が、苦しんでるのに、俺の前で笑顔作ってたってこと、それ、俺には辛いんだよ。俺がお前に何ができるか、わかんないけど、少なくとも、お前の気持ちを聞いて、一緒に悩むくらいはできるだろ?」


 カズはしばらく黙っていたが、やがて、涙をこぼしながら笑った。


「⋯⋯ありがとな、ハヤト」


「何言ってんだよ。俺たち、親友だろ? いや、それ以上だ。家族みたいなもんだ」


 カズはうなずいた。


「⋯⋯もうすぐ、地区予選があるんだ。俺、最後にもう一度、走ってみるよ。お前の顔見て、そう言ってもらえたから」


「走れよ。俺、絶対に応援するから」


 二人は校舎の影に立って、夕暮れの光を浴びながら、静かに笑みを交わした。


 その日から、カズはまた、ハヤトの部屋を訪れるようになった。


 そして、二人の絆は、より深く、より強くなった。




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