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第19話 地区予選

### 地区予選


 地区予選の会場は、朝早くから活気に満ちていた。

 澄み切った青空の下、トラックには白線がくっきりと映え、風が吹くたびに観客席ののぼり旗がはためいている。

 陸上部のメンバーたちはすでに会場入りし、それぞれの競技に向けて準備を進めている。

 カズもその一人だった。


「カズ、足の感覚を確かめとけよ。地面がいつもと違うからな」


 と、隣でストレッチをしながら声をかけてきたのは、二年の田中先輩だった。

 彼は昨年も地区予選に出場し、見事に県大会まで進んだ実績を持つ選手だ。


「はい、気を付けます」


 カズは少し緊張しながらも、返事をした。


 彼が今日挑むのは、一年男子100メートル、200メートル、そして急遽出場が決まった幅跳びの三種目。

 特に幅跳びは練習でもそこまで時間を割けておらず、正直なところ不安が大きい。

 しかし、陸上部としての責任と、自分の成長のためだと自分に言い聞かせていた。


「カズ、こっち来い!」


 声をかけたのは、先ほどからカズの調子を見ていた佐藤先輩だった。

 背が高くて、声も大きいが、意外と優しいところがある先輩だ。


「はい、すみません」


 カズは慌てて駆け寄る。


「緊張しすぎると、足がもつれるぞ。リラックスしろ。幅跳びは、走り幅跳びと違って助走が短いから、一歩一歩の精度が大事だ。お前の歩幅はちょっとブレてる。もう一度、板の位置をしっかり確認しろ」


「はい、分かったっす」


 カズは改めて助走のラインから踏切板までの距離を歩き始めた。

 一歩、二歩、三歩⋯⋯。

 いつも練習しているときと同じリズムで歩く。

 しかし、今日は足が重たく感じる。


「⋯⋯やっぱり緊張してるな」


 カズは心の中で呪文のように繰り返す。


「落ち着け、カズ。やるべきことは分かってる。ただ、踏切板に合わせて、思いっきり跳ぶだけだ」


 そのとき、係の人が名前を呼んだ。


「幅跳び、第一走者の準備はいいですか? カズ君、準備をしてください」


 カズは胸を張り、大きく息を吸った。


「よし、行くぞ!」




 カズの第一走は、まずまずの結果だった。

 踏切板を踏み切るタイミングは少しズレたが、それでも2メートル30センチの記録を出すことができた。

 他の選手と比べるとまだ劣るが、本人としてはまずまずの出来だった。


「いいじゃん、まずまず」


 佐藤先輩が笑顔で肩を叩いてくれる。


「踏切がもうちょっと正確になれば、2メートル50センチは狙える。次に活かせ」


 カズはうなずき、次の競技に向けて気持ちを切り替えた。


 午前中には100メートルの予選が控えていた。

 トラックに立つとき、カズは自分の番号を胸に貼り、深呼吸をした。


「よし、ここからが本番だ」


 観客のざわめきの中、号砲が鳴る。

 カズは一瞬で地面を蹴り出し、全力で走り始めた。

 風を全身で感じながら、ただ前だけを見つめて⋯⋯。


 地区予選の幕が、今、開けた。




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