### 地区予選
地区予選の会場は、朝早くから活気に満ちていた。
澄み切った青空の下、トラックには白線がくっきりと映え、風が吹くたびに観客席ののぼり旗がはためいている。
陸上部のメンバーたちはすでに会場入りし、それぞれの競技に向けて準備を進めている。
カズもその一人だった。
「カズ、足の感覚を確かめとけよ。地面がいつもと違うからな」
と、隣でストレッチをしながら声をかけてきたのは、二年の田中先輩だった。
彼は昨年も地区予選に出場し、見事に県大会まで進んだ実績を持つ選手だ。
「はい、気を付けます」
カズは少し緊張しながらも、返事をした。
彼が今日挑むのは、一年男子100メートル、200メートル、そして急遽出場が決まった幅跳びの三種目。
特に幅跳びは練習でもそこまで時間を割けておらず、正直なところ不安が大きい。
しかし、陸上部としての責任と、自分の成長のためだと自分に言い聞かせていた。
「カズ、こっち来い!」
声をかけたのは、先ほどからカズの調子を見ていた佐藤先輩だった。
背が高くて、声も大きいが、意外と優しいところがある先輩だ。
「はい、すみません」
カズは慌てて駆け寄る。
「緊張しすぎると、足がもつれるぞ。リラックスしろ。幅跳びは、走り幅跳びと違って助走が短いから、一歩一歩の精度が大事だ。お前の歩幅はちょっとブレてる。もう一度、板の位置をしっかり確認しろ」
「はい、分かったっす」
カズは改めて助走のラインから踏切板までの距離を歩き始めた。
一歩、二歩、三歩⋯⋯。
いつも練習しているときと同じリズムで歩く。
しかし、今日は足が重たく感じる。
「⋯⋯やっぱり緊張してるな」
カズは心の中で呪文のように繰り返す。
「落ち着け、カズ。やるべきことは分かってる。ただ、踏切板に合わせて、思いっきり跳ぶだけだ」
そのとき、係の人が名前を呼んだ。
「幅跳び、第一走者の準備はいいですか? カズ君、準備をしてください」
カズは胸を張り、大きく息を吸った。
「よし、行くぞ!」
カズの第一走は、まずまずの結果だった。
踏切板を踏み切るタイミングは少しズレたが、それでも2メートル30センチの記録を出すことができた。
他の選手と比べるとまだ劣るが、本人としてはまずまずの出来だった。
「いいじゃん、まずまず」
佐藤先輩が笑顔で肩を叩いてくれる。
「踏切がもうちょっと正確になれば、2メートル50センチは狙える。次に活かせ」
カズはうなずき、次の競技に向けて気持ちを切り替えた。
午前中には100メートルの予選が控えていた。
トラックに立つとき、カズは自分の番号を胸に貼り、深呼吸をした。
「よし、ここからが本番だ」
観客のざわめきの中、号砲が鳴る。
カズは一瞬で地面を蹴り出し、全力で走り始めた。
風を全身で感じながら、ただ前だけを見つめて⋯⋯。
地区予選の幕が、今、開けた。