### ハヤトの応援とカズの実力
100メートル予選と、200メートル予選を無事に切り抜けたカズは、午後から決勝となった。
その頃にはハヤトも応援に駆けつけ、カズの実力をマジマジと感じていた。
「それでは、100メートル決勝を始めます!」
係の人の声が、グラウンドに響き渡る。
観客席からは一斉に歓声が湧き起こり、選手たちの入場が始まった。
その中に、カズの姿があった。
彼は、これまでの予選と比べて明らかに緊張していた。
それでも、顔には強い意志が宿っている。
その姿を、観客席の最前列で見守っていたハヤトは、思わず拳を握りしめた。
「行けよ、カズ⋯⋯お前の走りを見せてやれ!」
カズは、自分のレーンに着くと、静かに目を閉じて呼吸を整えた。
彼の脳裏には、これまでの練習の日々が走馬灯のように過ぎる。
雨の日も風の日も、誰よりも早くグラウンドに来ては、自分に鞭打って走り続けた日々。
そのすべてが、この一瞬のためにあった。
「準備――」
係の声に、カズはゆっくりと腰を下ろし、スタートポジションに入る。
その姿勢は、まるで弓を引いたように張り詰めていた。
「セット――」
観客席のざわめきが、一気に静まり返る。
誰もが息をのんだ。
その静寂の中、ピストルの音が鳴り響いた。
「バン!」
一斉に、選手たちが飛び出す。
カズのスタートは、これまでで最も鋭かった。
その足取りは、まるで地面を蹴るたびに何かを燃やしているかのようだった。
「行くぞ⋯⋯!」
ハヤトは思わず立ち上がり、声を張り上げた。
カズは、他の選手を一歩ずつ突き放して行く。
そのスピードは、見る者の目を釘付けにした。
100メートルという短い距離の中で、カズはすべてを出し切った。
ゴールテープを切った瞬間、観客席からは大きな歓声が湧き起こった。
「勝った⋯⋯!」
ハヤトはガッツポーズし、目を潤ませた。
カズは、肩で息をしながら、ゆっくりと立ち上がる。
彼の顔には、これまでの苦労と、今この瞬間の達成感が混ざっていた。
その日の午後、200メートル決勝も行われた。
カズは、100メートルの疲れを引きずることなく、見事に優勝を果たした。
観客席でその様子を見ていたハヤトは、心の底から誇らしく思った。
「ああいう走りをする奴が、俺の親友だ」
カズは表彰台に立つと、観客席に向かって小さく手を振った。
その視線の先には、ハヤトの姿があった。
「ありがとうな⋯⋯」
カズは心の中でそう呟いた。
彼の勝利は、一人の努力だけでは成し得なかった。
仲間の応援、家族の支え、そして何よりも、自分を信じてくれた友人の存在があったからこそだった。
夜になり、グラウンドの照明が一つずつ消えていく頃、カズは一人でグラウンドに戻った。
彼は、静かな夜空を見上げながら、静かに目を閉じた。
「次は、県大会だ⋯⋯!」
その言葉には、新たな目標への決意が込められていた。
ハヤトが後ろから声をかける。
「また応援に行くからな」
カズは振り返り、笑顔でうなずいた。
「頼むよ、ハヤト」
二人の影は、夜の風に揺られながらも、しっかりと地に根を張っていた。
未来に向けて、走り続けるための、静かな覚悟がそこにあった。
そして、その夜、カズの物語は、また一歩、次の章へと進んでいった。