### 学び舎でのひととき(続き)
ムギュッ、ムギュッ、ムギュッ⋯⋯カズはクラスメートの股間を、次々と握って歩いていた。
「おっ、徹也。おまえのもデカイ!」
「おっ、柴田。おまえのはまだ未熟だな!」
「ユウヤ。おまえのはいつもデカイぞ!」
そう言って、歩きながら次々と無造作にすれ違う人間の股間を握っている。
ハヤトはそれを見て呆れてしまった。
中学に上る前にあれだけ注意しておいたのに⋯⋯。
しかし、問題はそういう所では無かった。
「まっ、カズだからな!」
「そうだ。他の奴ならキモイけど、カズなら許せるよな!」
⋯⋯どういう事!?
ハヤトは頭の中が疑問符で一杯になった。
「カズなら許せる!?」
つい口に出たセリフに、マサノリが反応した。
「あぁ、カズは特別なんだよ。普通、他の奴らに触られたりすると嫌がるもんだけど、どういう訳かカズだけは特別なんだな。自然に許せちゃうと言うか」
そう言うマサノリを見つめるハヤト。
突然、手を出すと、マサノリのモノをムギュッと握った。
「⋯⋯!?」
突然、ハヤトに握られたマサノリは言葉も出ない。
「俺だと、どうだ?」
ハヤトのセリフに、マサノリは慌てて応える。
「お、驚いたよ! ハヤトはそういう事をするタイプじゃ無いと思ってたから」
「タイプの問題か?」
不思議そうに問うハヤトに、マサノリは返答に困る。
「何かさ、カズだと純粋さしか感じないって言うか、無邪気さしか感じないっていうか⋯。でも、他の奴らだと何か違うんだよ。不純さを感じるとでも言うか⋯⋯」
「純粋さ、か⋯⋯。あいつは昔から無邪気だからな」
そう言って、カズを目線で追うハヤトにマサノリが言った。
「カズって昔からあんななの?」
その言葉に、ハヤトは笑った。
「あぁ、昔からあんなだぞ。今も昔もさして変わらないな」
カズは、相変わらず教室の中を歩きながら、次々とクラスメートの股間を握っていた。
その仕草はまるで、果物屋で熟れた桃を一つ一つ確かめるような、無邪気な好奇心に満ちていた。
「おっ、マサシ! おまえのは柔らかいな!」
「ちょっと、カズ! それ、やめろって!」
「んなこと言わずに、素直に感じてろよ!」
カズのその無防備な言動に、周囲の男子たちは笑いながらも、どこか照れくさそうにしている。
だが、誰一人として本気で怒っている者はいなかった。
そこまで見ていたハヤトは、改めて「カズって、本当に変わらない奴だな」と心の中で呟いた。
「昔から、ああだった。本当に」
マサノリが首を傾げながら尋ねる。
「昔って、小学校の頃?」
「あぁ。小学校の頃から⋯⋯いや、幼稚園の頃からカズはあんな感じだった。でも、最初はみんな、戸惑ってたよ。『変態』とか『気持ち悪い』とか、言ってたし。でも、いつの間にか、誰も怒らなくなった」
「なんで?」
「不思議と、嫌悪感が湧かないんだ。カズの行動には、悪意も、下心もない。ただ、純粋に『触ってみたい』って気持ちしかなくて。だから、嫌っても、怒っても、結局は皆んな笑っちゃうんだよな」
マサノリは、まだ腑に落ちない様子だった。
「でも、さすがに、今の中学校で、あんなことやったら、まずいんじゃないか?」
「まあ、普通はそうだよな。でも、カズには『カズルール』ってのがあるんだよ」
「カズルール?」
「ああ。『無理強いしない』『相手が嫌がったら即座にやめる』『触った後は必ず『ありがとう』を言う』——そういう、カズなりのマナーがあるんだよ」
「⋯⋯マナー?」
マサノリは、思わず吹き出した。
「そんなもん、ある意味、逆に気持ち悪いんだけど」
「でも、それのおかげで、クラスの奴らも、カズの行動を『カズの一部』って風に受け入れてるんだよな」
ハヤトは、カズの背中を見つめながら、そう続けた。
「カズは、悪気でやってるわけじゃない。ただ、人と人とが触れ合うってことが、自然で、気持ちいいって思ってんだろうな」
「⋯⋯でも、股間を握るってのは、ちょっと、普通の触れ合いとは違う気がするけど」
「ああ、まあ、そこは、カズの個性ってやつだな」
マサノリは、まだ納得しきれない表情を浮かべながらも、それ以上は追及しなかった。
そのとき、カズがこちらに気づき、ニコニコとこちらに向かって歩いてきた。
「おっ、ハヤト! マサノリ!」
「おう」
「お、おい、カズ。その手を、止めてくれ」
マサノリが、警戒しながらも、カズの動きを止めるように手を伸ばす。
だが、カズは、ニコニコと笑ったまま、マサノリの手を優しく払うと、いきなりハヤトの股間を握った。
「うわっ!」
ハヤトは思わず声を上げる。
「⋯⋯ハヤト、久し振りだな!」
「久し振りって、何がだよ!?」
「おまえのモノ、相変わらずデカイな!」
「デカイって、どういう言い方だよ!?」
カズは、どこまでも無邪気そうに、ハヤトの股間を揉みながら言う。
「でも、安心した。おまえは、昔からデカイからな」
「⋯⋯安心って、何を」
「ああ、おまえが、まだ俺のことを嫌ってないってことがさ」
ハヤトは、一瞬、言葉に詰まった。
「⋯⋯どういう意味だ、それ?」
カズは、ニコッと笑う。
「だって、俺が触っても、怒らないってことは、おまえも、俺のことを許してくれてるってことだろ?」
ハヤトは、カズの顔を見つめた。
その瞳は、どこまでも澄んでいて、悪意や下心は、まるで感じられない。
ただ、純粋な、人とのつながりを求める気持ちだけが、そこにはあった。
「⋯⋯おまえ、本当に、変わってないな」
ハヤトは、そう言って、カズの手を優しく払った。
「ああ、変わらないよ。俺は、俺のままでいたいからな」
カズは、そう言うと、また教室の中を歩き始めた。
「次は、誰のを触ろうかな!」
「おい、カズ、もういい加減にしろよ!」
マサノリが、呆れながらも笑っていた。
ハヤトは、カズの背中を見送りながら、心の中で呟いた。
「⋯⋯カズの世界って、本当に、シンプルだな」
そこには、複雑な人間関係や、見えない壁はなかった。
ただ、人と人が触れ合う、その瞬間の温かさだけがあった。
そして、それこそが、カズの持つ、特別な力だった。