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第23話 学び舎でのひととき(続き)

### 学び舎でのひととき(続き)


 ムギュッ、ムギュッ、ムギュッ⋯⋯カズはクラスメートの股間を、次々と握って歩いていた。


「おっ、徹也。おまえのもデカイ!」


「おっ、柴田。おまえのはまだ未熟だな!」


「ユウヤ。おまえのはいつもデカイぞ!」


 そう言って、歩きながら次々と無造作にすれ違う人間の股間を握っている。


 ハヤトはそれを見て呆れてしまった。


 中学に上る前にあれだけ注意しておいたのに⋯⋯。


 しかし、問題はそういう所では無かった。


「まっ、カズだからな!」


「そうだ。他の奴ならキモイけど、カズなら許せるよな!」


 ⋯⋯どういう事!?


 ハヤトは頭の中が疑問符で一杯になった。


「カズなら許せる!?」


 つい口に出たセリフに、マサノリが反応した。


「あぁ、カズは特別なんだよ。普通、他の奴らに触られたりすると嫌がるもんだけど、どういう訳かカズだけは特別なんだな。自然に許せちゃうと言うか」


 そう言うマサノリを見つめるハヤト。


 突然、手を出すと、マサノリのモノをムギュッと握った。


「⋯⋯!?」


 突然、ハヤトに握られたマサノリは言葉も出ない。


「俺だと、どうだ?」


 ハヤトのセリフに、マサノリは慌てて応える。


「お、驚いたよ! ハヤトはそういう事をするタイプじゃ無いと思ってたから」


「タイプの問題か?」


 不思議そうに問うハヤトに、マサノリは返答に困る。


「何かさ、カズだと純粋さしか感じないって言うか、無邪気さしか感じないっていうか⋯。でも、他の奴らだと何か違うんだよ。不純さを感じるとでも言うか⋯⋯」


「純粋さ、か⋯⋯。あいつは昔から無邪気だからな」


 そう言って、カズを目線で追うハヤトにマサノリが言った。


「カズって昔からあんななの?」


 その言葉に、ハヤトは笑った。


「あぁ、昔からあんなだぞ。今も昔もさして変わらないな」


 カズは、相変わらず教室の中を歩きながら、次々とクラスメートの股間を握っていた。

 その仕草はまるで、果物屋で熟れた桃を一つ一つ確かめるような、無邪気な好奇心に満ちていた。


「おっ、マサシ! おまえのは柔らかいな!」


「ちょっと、カズ! それ、やめろって!」


「んなこと言わずに、素直に感じてろよ!」


 カズのその無防備な言動に、周囲の男子たちは笑いながらも、どこか照れくさそうにしている。

 だが、誰一人として本気で怒っている者はいなかった。


 そこまで見ていたハヤトは、改めて「カズって、本当に変わらない奴だな」と心の中で呟いた。


「昔から、ああだった。本当に」


マサノリが首を傾げながら尋ねる。


「昔って、小学校の頃?」


「あぁ。小学校の頃から⋯⋯いや、幼稚園の頃からカズはあんな感じだった。でも、最初はみんな、戸惑ってたよ。『変態』とか『気持ち悪い』とか、言ってたし。でも、いつの間にか、誰も怒らなくなった」


「なんで?」


「不思議と、嫌悪感が湧かないんだ。カズの行動には、悪意も、下心もない。ただ、純粋に『触ってみたい』って気持ちしかなくて。だから、嫌っても、怒っても、結局は皆んな笑っちゃうんだよな」


 マサノリは、まだ腑に落ちない様子だった。


「でも、さすがに、今の中学校で、あんなことやったら、まずいんじゃないか?」


「まあ、普通はそうだよな。でも、カズには『カズルール』ってのがあるんだよ」


「カズルール?」


「ああ。『無理強いしない』『相手が嫌がったら即座にやめる』『触った後は必ず『ありがとう』を言う』——そういう、カズなりのマナーがあるんだよ」


「⋯⋯マナー?」


 マサノリは、思わず吹き出した。


「そんなもん、ある意味、逆に気持ち悪いんだけど」


「でも、それのおかげで、クラスの奴らも、カズの行動を『カズの一部』って風に受け入れてるんだよな」


 ハヤトは、カズの背中を見つめながら、そう続けた。


「カズは、悪気でやってるわけじゃない。ただ、人と人とが触れ合うってことが、自然で、気持ちいいって思ってんだろうな」


「⋯⋯でも、股間を握るってのは、ちょっと、普通の触れ合いとは違う気がするけど」


「ああ、まあ、そこは、カズの個性ってやつだな」


 マサノリは、まだ納得しきれない表情を浮かべながらも、それ以上は追及しなかった。


 そのとき、カズがこちらに気づき、ニコニコとこちらに向かって歩いてきた。


「おっ、ハヤト! マサノリ!」


「おう」


「お、おい、カズ。その手を、止めてくれ」


 マサノリが、警戒しながらも、カズの動きを止めるように手を伸ばす。


 だが、カズは、ニコニコと笑ったまま、マサノリの手を優しく払うと、いきなりハヤトの股間を握った。


「うわっ!」


 ハヤトは思わず声を上げる。


「⋯⋯ハヤト、久し振りだな!」


「久し振りって、何がだよ!?」


「おまえのモノ、相変わらずデカイな!」


「デカイって、どういう言い方だよ!?」


 カズは、どこまでも無邪気そうに、ハヤトの股間を揉みながら言う。


「でも、安心した。おまえは、昔からデカイからな」


「⋯⋯安心って、何を」


「ああ、おまえが、まだ俺のことを嫌ってないってことがさ」


 ハヤトは、一瞬、言葉に詰まった。


「⋯⋯どういう意味だ、それ?」


 カズは、ニコッと笑う。


「だって、俺が触っても、怒らないってことは、おまえも、俺のことを許してくれてるってことだろ?」


 ハヤトは、カズの顔を見つめた。


 その瞳は、どこまでも澄んでいて、悪意や下心は、まるで感じられない。


 ただ、純粋な、人とのつながりを求める気持ちだけが、そこにはあった。


「⋯⋯おまえ、本当に、変わってないな」


 ハヤトは、そう言って、カズの手を優しく払った。


「ああ、変わらないよ。俺は、俺のままでいたいからな」


 カズは、そう言うと、また教室の中を歩き始めた。


「次は、誰のを触ろうかな!」


「おい、カズ、もういい加減にしろよ!」


 マサノリが、呆れながらも笑っていた。


 ハヤトは、カズの背中を見送りながら、心の中で呟いた。


「⋯⋯カズの世界って、本当に、シンプルだな」


 そこには、複雑な人間関係や、見えない壁はなかった。


 ただ、人と人が触れ合う、その瞬間の温かさだけがあった。


 そして、それこそが、カズの持つ、特別な力だった。



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