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第27話 県大会翌日

### 県大会翌日


 翌日の学び舎は、まるで何かの祭りの日のように活気づいていた。

 カズが教室に入ると、ざわめきが一気に高まり、何人もの生徒たちが彼の名前を口にした。


「カズ! おめでとうな!」


「昨日、体育館で見てたけど、すごかったよ!」


「全国大会出場って、マジでスゲーな!」


 それまでカズの存在を知らなかったような生徒までが、まるで昔からの友人のように声をかけてくる。

 カズは戸惑いながらも、照れくさそうに笑っていた。


「え、ちょっと待ってよ。オレ、何か有名人になった? 昨日の夜から、道歩いててもみんなオレ見てるし⋯⋯」


 隣にいたハヤトが、肩を組みながら笑う。


「当たり前だろ。全国大会出場って、そう簡単なことじゃないんだから。しかも、あんだけ見事な走り方してさ。オレらの学校、久しぶりに注目されたぜ」


 ケンゴも後ろから声をかけた。


「ああ、もう、昨日のカズの走りは、神がかってたよ。最後の追い上げ、ヤバかった。オレ、思わず立ち上がってたわ」


 マサノリも頷きながら、珍しく口を開いた。


「うん、うん。カズ、おまえ、走ってるとき、目が光ってた。俺、ああいうの、見たことない」


 カズは少し恥ずかしそうに目をそらしながらも、どこか嬉しそうだった。


「いや、でも、オレ、ただ一生懸命走っただけなんだけどな⋯⋯」


「それが、すごいって言ってんだよ」


 ハヤトがそう言うと、教室中に笑い声が広がった。


 その日一日、カズはどこに行っても注目の的だった。

 昼休みには、普段はほとんど話さないクラスの男子たちまでが、カズに声をかけてきた。


「カズくん、昨日の走り、すごかったですね!」


「全国大会、頑張ってください!」


 カズは照れくさそうに手を振っていたが、心の奥では、少しだけ誇らしかった。


 放課後、体育館の前を通ると、顧問の小田島先生が待っていた。


「カズ、ちょっといいか?」


 カズは頷き、先生の後についていった。


 体育館の片隅で、小田島先生は真面目な顔つきで言った。


「昨日の君の走り、本当に感動したよ。全国大会まで、あと少し。ここからが勝負だ。君なら、やれる。俺も、全力でサポートするからな」


 カズは先生の言葉に、心の底から感謝した。


「ありがとうございます。オレ、精一杯頑張るっす」


 先生はにっこりと笑った。


「それだけ言ってくれれば、こっちも安心だ。さあ、次の練習、頑張ろう」


 カズは体育館を出て、夕暮れの空を見上げた。

 赤く染まる空に、自分の夢が浮かんでいるように感じた。


「全国大会⋯⋯オレ、絶対に勝つ」


 その夜、カズは自宅のベッドに横になりながら、昨日のレースを思い出していた。


 四回も走らされた疲労は、今も身体に残っている。

 特に太ももの筋肉は、今もズキズキと痛む。


「昨日は、四回も走らせられたから今日は筋肉痛だぜ⋯⋯」


 カズはそう呟きながら、肩を揉んでいた。


「ほんと、堪らんわ⋯⋯」


 そこへ、兄のハルが部屋に入ってきて、カズの顔をじっと見つめた。


「カズ、昨日、すごかったよ。俺、テレビで見てた。学校でも先生たちが話してた」


 カズは笑いながら、兄の肩をポンと叩いた。


「そうか? ありがとな。でも、オレ、ただ走っただけだよ」


 ハルは首を傾げた。


「でも、カズ、走ってるとき、なんか違う感じだった。俺、見ててドキドキした」


 カズは少し驚いた。


「ドキドキ?」


「うん。なんか、カズが走ってるの見てたら、俺も頑張らなきゃって思えた」


 カズはその言葉に、心が熱くなるのを感じた。


「そうか⋯⋯オレ、ただ走ってるだけだったけど、誰かの力になってたんだな」


 ハルは頷いた。


「うん。俺、カズの走りが好きだよ」


 カズは少し恥ずかしそうにしながらも、兄の肩をもう一度撫でた。


「オレも、兄貴が好きだよ」


 その夜、カズは眠りにつく前に、心の中でこう誓った。


「オレ、全国大会で勝つ。そして、誰かの希望になるような走りをしたい」


 翌日からの練習は、より一層厳しくなった。

 小田島先生は、カズの体調を気遣いながらも、全国大会に向けての特訓を始めた。


 朝練はいつもより一時間早く始まり、夕方の練習は二時間延長された。


 カズは、そのすべてを黙々とこなしていった。


「オレ、ただ走るだけじゃダメだ。もっと速く、もっと強くならなきゃ」


 そう言いながら、カズは毎日、自分に鞭を打って走り続けた。


 ハヤトたちは、そんなカズを陰ながら支えていた。


「カズ、俺らが応援してっからな」


 ケンゴがそう言うと、マサノリも頷いた。


「うん、うん。俺らも、何か力になりたい」


 ハヤトは、カズの肩を叩きながら言った。


「俺ら、カズの走りを見て、何か変わった気がする。俺らも、頑張らなきゃって思えるようになった」


 カズは少し恥ずかしそうにしながらも、心から感謝していた。


「ありがとう。オレ、絶対に全国大会で勝って、おまえらに恩返しする」


 その言葉に、四人の少年たちは、笑顔で頷いた。


 学び舎の日常は、カズの活躍によって、少しずつ変わっていった。


 以前は、ただの無口な陸上部のエースだったカズが、今では全校生徒の憧れの存在になっていた。


 カズ自身も、少しずつ、自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。


「オレ、ただ走るだけじゃなくて、誰かの力になりたい」


 そう心に誓ったカズは、ますます全国大会に向けて、走り続けた。


 そして、その先には、新たな夢が広がっていた。


「オレは、走ることで、誰かの記憶に残したい」


 そう心に決めたカズの瞳は、もう迷いを失っていた。






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