### 県大会翌日
翌日の学び舎は、まるで何かの祭りの日のように活気づいていた。
カズが教室に入ると、ざわめきが一気に高まり、何人もの生徒たちが彼の名前を口にした。
「カズ! おめでとうな!」
「昨日、体育館で見てたけど、すごかったよ!」
「全国大会出場って、マジでスゲーな!」
それまでカズの存在を知らなかったような生徒までが、まるで昔からの友人のように声をかけてくる。
カズは戸惑いながらも、照れくさそうに笑っていた。
「え、ちょっと待ってよ。オレ、何か有名人になった? 昨日の夜から、道歩いててもみんなオレ見てるし⋯⋯」
隣にいたハヤトが、肩を組みながら笑う。
「当たり前だろ。全国大会出場って、そう簡単なことじゃないんだから。しかも、あんだけ見事な走り方してさ。オレらの学校、久しぶりに注目されたぜ」
ケンゴも後ろから声をかけた。
「ああ、もう、昨日のカズの走りは、神がかってたよ。最後の追い上げ、ヤバかった。オレ、思わず立ち上がってたわ」
マサノリも頷きながら、珍しく口を開いた。
「うん、うん。カズ、おまえ、走ってるとき、目が光ってた。俺、ああいうの、見たことない」
カズは少し恥ずかしそうに目をそらしながらも、どこか嬉しそうだった。
「いや、でも、オレ、ただ一生懸命走っただけなんだけどな⋯⋯」
「それが、すごいって言ってんだよ」
ハヤトがそう言うと、教室中に笑い声が広がった。
その日一日、カズはどこに行っても注目の的だった。
昼休みには、普段はほとんど話さないクラスの男子たちまでが、カズに声をかけてきた。
「カズくん、昨日の走り、すごかったですね!」
「全国大会、頑張ってください!」
カズは照れくさそうに手を振っていたが、心の奥では、少しだけ誇らしかった。
放課後、体育館の前を通ると、顧問の小田島先生が待っていた。
「カズ、ちょっといいか?」
カズは頷き、先生の後についていった。
体育館の片隅で、小田島先生は真面目な顔つきで言った。
「昨日の君の走り、本当に感動したよ。全国大会まで、あと少し。ここからが勝負だ。君なら、やれる。俺も、全力でサポートするからな」
カズは先生の言葉に、心の底から感謝した。
「ありがとうございます。オレ、精一杯頑張るっす」
先生はにっこりと笑った。
「それだけ言ってくれれば、こっちも安心だ。さあ、次の練習、頑張ろう」
カズは体育館を出て、夕暮れの空を見上げた。
赤く染まる空に、自分の夢が浮かんでいるように感じた。
「全国大会⋯⋯オレ、絶対に勝つ」
その夜、カズは自宅のベッドに横になりながら、昨日のレースを思い出していた。
四回も走らされた疲労は、今も身体に残っている。
特に太ももの筋肉は、今もズキズキと痛む。
「昨日は、四回も走らせられたから今日は筋肉痛だぜ⋯⋯」
カズはそう呟きながら、肩を揉んでいた。
「ほんと、堪らんわ⋯⋯」
そこへ、兄のハルが部屋に入ってきて、カズの顔をじっと見つめた。
「カズ、昨日、すごかったよ。俺、テレビで見てた。学校でも先生たちが話してた」
カズは笑いながら、兄の肩をポンと叩いた。
「そうか? ありがとな。でも、オレ、ただ走っただけだよ」
ハルは首を傾げた。
「でも、カズ、走ってるとき、なんか違う感じだった。俺、見ててドキドキした」
カズは少し驚いた。
「ドキドキ?」
「うん。なんか、カズが走ってるの見てたら、俺も頑張らなきゃって思えた」
カズはその言葉に、心が熱くなるのを感じた。
「そうか⋯⋯オレ、ただ走ってるだけだったけど、誰かの力になってたんだな」
ハルは頷いた。
「うん。俺、カズの走りが好きだよ」
カズは少し恥ずかしそうにしながらも、兄の肩をもう一度撫でた。
「オレも、兄貴が好きだよ」
その夜、カズは眠りにつく前に、心の中でこう誓った。
「オレ、全国大会で勝つ。そして、誰かの希望になるような走りをしたい」
翌日からの練習は、より一層厳しくなった。
小田島先生は、カズの体調を気遣いながらも、全国大会に向けての特訓を始めた。
朝練はいつもより一時間早く始まり、夕方の練習は二時間延長された。
カズは、そのすべてを黙々とこなしていった。
「オレ、ただ走るだけじゃダメだ。もっと速く、もっと強くならなきゃ」
そう言いながら、カズは毎日、自分に鞭を打って走り続けた。
ハヤトたちは、そんなカズを陰ながら支えていた。
「カズ、俺らが応援してっからな」
ケンゴがそう言うと、マサノリも頷いた。
「うん、うん。俺らも、何か力になりたい」
ハヤトは、カズの肩を叩きながら言った。
「俺ら、カズの走りを見て、何か変わった気がする。俺らも、頑張らなきゃって思えるようになった」
カズは少し恥ずかしそうにしながらも、心から感謝していた。
「ありがとう。オレ、絶対に全国大会で勝って、おまえらに恩返しする」
その言葉に、四人の少年たちは、笑顔で頷いた。
学び舎の日常は、カズの活躍によって、少しずつ変わっていった。
以前は、ただの無口な陸上部のエースだったカズが、今では全校生徒の憧れの存在になっていた。
カズ自身も、少しずつ、自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。
「オレ、ただ走るだけじゃなくて、誰かの力になりたい」
そう心に誓ったカズは、ますます全国大会に向けて、走り続けた。
そして、その先には、新たな夢が広がっていた。
「オレは、走ることで、誰かの記憶に残したい」
そう心に決めたカズの瞳は、もう迷いを失っていた。