目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第29話 平穏な日常(続き)

### 平穏な日常(続き)


 全国大会出場が決まってから、カズは朝6時には早朝練習が始まり、夜は21時まで練習だったため、ハヤトとの時間が作れずにモヤモヤしていた。


 帰宅してから訪ねても良かったのだが、あまりの疲れで食事中にうたた寝する様な有り様で、風呂に入って寝るのがやっとだった。


 とある夏休みの日に、カズはとうとう切れた。


「毎日毎日、もうやってられっか! たまには休みをくれよ!!」


 それを耳にした小田島先生が、カズに言った。


「カズくん。君は毎日真面目に練習してるから、ここらで1週間の休みを取ってもいいぞ」


「マジっすか? ホントに休んでもいいっすか!?」


 汗を拭いながらワクワクしながら言うカズに、小田島先生は、


「勿論だとも。今度の日曜日まで休んでもいいよ」


 カズは小田島先生の言葉に一瞬信じられない思いで目を丸くした。

 普段は「練習は毎日が基本だ」と言って、少しの遅刻にも厳しい指導をされる先生が、まさか自分に「休んでもいい」と言うとは思っていなかったからだ。


「マジっすか? ホントに休んでもいいっすか!?」


 カズは思わず声を上げた。

 その声には、これまでの疲れとストレス、そして何よりも「やっと自分の時間を取り戻せる」という喜びがこもっていた。


 小田島先生は笑みを浮かべながら、カズの肩をポンと叩いた。


「勿論だとも。君はよく頑張ってる。だからこそ、一度リセットするのも大事だ。今度の日曜日まで、思いっきり休め。その代わり、また気持ちを切り替えて、全国に向けて頑張ってくれよな」


 カズはその言葉に、思わずガッツポーズしてしまった。


「はい! 絶対に頑張るっす!」


 その日、カズは練習を終えると、家に帰るなりベッドに倒れ込むようにして眠りについた。 

 しかし、その眠りはこれまでの疲れとは違う、どこか晴れやかなものだった。


 翌朝、カズは目覚ましの音で目覚めなかった。

 練習の日なら毎朝5時半に鳴るアラームが、今日は鳴らない。

 目覚めたのは自然な目覚めだった。

 カズは少しの間、天井を見上げながら「今日は休みだ」と実感して、思わず笑みをこぼした。


 そして、その日からカズの「休日生活」が始まった。


 朝はゆっくり起き、昼は友達と出かけたり、映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたり、これまでできなかったことを思いっきり楽しんだ。

 そして何より、久しぶりにハヤトとゆっくり時間を過ごすことができた。


 ハヤトは最初、カズが急に時間を持てるようになったことに驚いていたが、すぐに喜びに変わった。


「やっと、カズと遊べるようになったね」


 そう言って、ハヤトはカズの手を引いて、二人でよく遊んでいた河原へと向かった。


 そこは、小学生の頃から二人でよく遊び、秘密基地を作ったり、虫探しをしたり、星を見上げたりした場所だった。

 カズはその場所に立つと、なぜか自然と心が落ち着いた。


「カズ、最近、疲れてたよね」


 ハヤトが静かに言った。


「ごめんな。最近、ずっと練習ばっかで、ハヤトと過ごす時間が少なかった」


 カズは少し申し訳なさそうに目をそらした。


「ううん。カズが頑張ってるの、見てたから。応援してたよ」


 ハヤトは微笑みながら、カズの手を握った。


「カズの全国大会出場が決まって、嬉しかった。でも、カズが疲れてるのも見てたから、ちょっと心配だったんだ」


 カズはその言葉に胸が熱くなるのを感じた。


「ハヤト、ありがとう。本当に、ありがとう」


 カズはそう言うと、ハヤトをぎゅっと抱きしめた。


 二人はその日、夕方まで河原で過ごした。

 夕焼けが空を染め、川の流れが静かに光る中、カズはようやく「自分に戻れた」ような感覚を抱いていた。


 その後の休日も、カズは思いっきり楽しんだ。

 友達とゲームをしたり、家族と出かけたり、一人で本を読んだり、音楽を聴いたり、ただただ「自分を大切にする時間」を過ごした。


 そして、日曜日がやってきた。


 カズは朝、ゆっくり目覚め、朝食を食べながら、この一週間のことを振り返った。


「休むって、大事だなって思った。でも、やっぱり自分には、陸上も大切なんだってことも、改めてわかった」


 カズはそう呟くと、自然と笑みがこぼれた。


 そして、次の日から、カズはまた練習に励むことになる。

 しかし、それはただ義務感からではなく、心の底から「全国大会で勝ちたい!」という気持ちからだった。


 小田島先生も、カズの変化に気づいた。


「カズくん、顔つきが違うな。休んで、心も体もリセットできたようだね」


 カズは笑顔で答えた。


「はい! お蔭さまで、また気持ち新たに頑張れるっす!」


 先生は頷きながら、カズの背中を軽く叩いた。


「それなら、言うことなし。全国大会まで、一緒に頑張ろうな」


 カズはその言葉に、心の底から「頑張るぞ!」という気持ちが湧いてきた。


 そして、カズはこう思った。


「人生には、走るときもあれば、休むときもある。でも、大切なのは、自分を見失わないこと。そして、自分を大切にしてくれる人たちの存在だ」


 カズは、そのことに気づいたことで、より一層強くなれた気がした。


 そして、全国大会への道が、より明るく、そして確かなものになっていくのを感じていた。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?