### 平穏な日常(続き)
全国大会出場が決まってから、カズは朝6時には早朝練習が始まり、夜は21時まで練習だったため、ハヤトとの時間が作れずにモヤモヤしていた。
帰宅してから訪ねても良かったのだが、あまりの疲れで食事中にうたた寝する様な有り様で、風呂に入って寝るのがやっとだった。
とある夏休みの日に、カズはとうとう切れた。
「毎日毎日、もうやってられっか! たまには休みをくれよ!!」
それを耳にした小田島先生が、カズに言った。
「カズくん。君は毎日真面目に練習してるから、ここらで1週間の休みを取ってもいいぞ」
「マジっすか? ホントに休んでもいいっすか!?」
汗を拭いながらワクワクしながら言うカズに、小田島先生は、
「勿論だとも。今度の日曜日まで休んでもいいよ」
カズは小田島先生の言葉に一瞬信じられない思いで目を丸くした。
普段は「練習は毎日が基本だ」と言って、少しの遅刻にも厳しい指導をされる先生が、まさか自分に「休んでもいい」と言うとは思っていなかったからだ。
「マジっすか? ホントに休んでもいいっすか!?」
カズは思わず声を上げた。
その声には、これまでの疲れとストレス、そして何よりも「やっと自分の時間を取り戻せる」という喜びがこもっていた。
小田島先生は笑みを浮かべながら、カズの肩をポンと叩いた。
「勿論だとも。君はよく頑張ってる。だからこそ、一度リセットするのも大事だ。今度の日曜日まで、思いっきり休め。その代わり、また気持ちを切り替えて、全国に向けて頑張ってくれよな」
カズはその言葉に、思わずガッツポーズしてしまった。
「はい! 絶対に頑張るっす!」
その日、カズは練習を終えると、家に帰るなりベッドに倒れ込むようにして眠りについた。
しかし、その眠りはこれまでの疲れとは違う、どこか晴れやかなものだった。
翌朝、カズは目覚ましの音で目覚めなかった。
練習の日なら毎朝5時半に鳴るアラームが、今日は鳴らない。
目覚めたのは自然な目覚めだった。
カズは少しの間、天井を見上げながら「今日は休みだ」と実感して、思わず笑みをこぼした。
そして、その日からカズの「休日生活」が始まった。
朝はゆっくり起き、昼は友達と出かけたり、映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたり、これまでできなかったことを思いっきり楽しんだ。
そして何より、久しぶりにハヤトとゆっくり時間を過ごすことができた。
ハヤトは最初、カズが急に時間を持てるようになったことに驚いていたが、すぐに喜びに変わった。
「やっと、カズと遊べるようになったね」
そう言って、ハヤトはカズの手を引いて、二人でよく遊んでいた河原へと向かった。
そこは、小学生の頃から二人でよく遊び、秘密基地を作ったり、虫探しをしたり、星を見上げたりした場所だった。
カズはその場所に立つと、なぜか自然と心が落ち着いた。
「カズ、最近、疲れてたよね」
ハヤトが静かに言った。
「ごめんな。最近、ずっと練習ばっかで、ハヤトと過ごす時間が少なかった」
カズは少し申し訳なさそうに目をそらした。
「ううん。カズが頑張ってるの、見てたから。応援してたよ」
ハヤトは微笑みながら、カズの手を握った。
「カズの全国大会出場が決まって、嬉しかった。でも、カズが疲れてるのも見てたから、ちょっと心配だったんだ」
カズはその言葉に胸が熱くなるのを感じた。
「ハヤト、ありがとう。本当に、ありがとう」
カズはそう言うと、ハヤトをぎゅっと抱きしめた。
二人はその日、夕方まで河原で過ごした。
夕焼けが空を染め、川の流れが静かに光る中、カズはようやく「自分に戻れた」ような感覚を抱いていた。
その後の休日も、カズは思いっきり楽しんだ。
友達とゲームをしたり、家族と出かけたり、一人で本を読んだり、音楽を聴いたり、ただただ「自分を大切にする時間」を過ごした。
そして、日曜日がやってきた。
カズは朝、ゆっくり目覚め、朝食を食べながら、この一週間のことを振り返った。
「休むって、大事だなって思った。でも、やっぱり自分には、陸上も大切なんだってことも、改めてわかった」
カズはそう呟くと、自然と笑みがこぼれた。
そして、次の日から、カズはまた練習に励むことになる。
しかし、それはただ義務感からではなく、心の底から「全国大会で勝ちたい!」という気持ちからだった。
小田島先生も、カズの変化に気づいた。
「カズくん、顔つきが違うな。休んで、心も体もリセットできたようだね」
カズは笑顔で答えた。
「はい! お蔭さまで、また気持ち新たに頑張れるっす!」
先生は頷きながら、カズの背中を軽く叩いた。
「それなら、言うことなし。全国大会まで、一緒に頑張ろうな」
カズはその言葉に、心の底から「頑張るぞ!」という気持ちが湧いてきた。
そして、カズはこう思った。
「人生には、走るときもあれば、休むときもある。でも、大切なのは、自分を見失わないこと。そして、自分を大切にしてくれる人たちの存在だ」
カズは、そのことに気づいたことで、より一層強くなれた気がした。
そして、全国大会への道が、より明るく、そして確かなものになっていくのを感じていた。