理子の視線は、まっすぐに早瀬深の目とぶつかった。
彼女を見ているのに、彼の顔には一片の感情すら浮かんでいない。
獄中で、理子は何度も出所後に再会する場面を思い描いていた。自分はどうやって彼の胸に飛び込み、どれほどの苦しみを訴えるのかと。
だが、いざこの瞬間を迎えてみると、早瀬深の目には冷たく遠い無関心しかなかった。
少女時代から、彼女の心は静かに早瀬深に繋がれていた。
当時、彼は噂によれば愛されていない財閥の隠し子だったが、彼女はまったく気にせず、蛾が炎に飛び込むように情熱的に彼を追い求めた。
たとえ彼が冷淡な性格で、誰に対しても礼儀正しい距離を保っていたとしても。
それでも彼女は全力を尽くし、飛び級して彼が通う東京大学に入学した。
彼のそばに近づき、自分が本当に実力で入ったことを証明して、ようやく彼から少しだけ真剣なまなざしを向けられるようになった。
大学から大学院まで、彼女はずっと彼の後を追い続けた。博士課程への進学を控えたある日、思いがけない出来事で二人は身体の関係を持ってしまった。
それからはますます彼に尽くし、密かに資金やコネをつぎ込んで起業を支え、全財産を投じて彼のために道を開いた。
そして事業が成功し、早瀬深はようやく早瀬家に認められ、家業を継ぐことになった。
早瀬家と黒沢家の縁談も自然な形でまとまった。
妊娠し、息子の優也が生まれると、理子は家庭に重心を移した。
だが、次第に早瀬深が外に別の女性を持ったように感じ始めた。
あの日、早瀬深は堂々と大学の後輩・竹内清美を会社の中枢チームに迎え入れた。
その時ようやく、彼女は気付いた。竹内清美こそ、早瀬深が心に秘めていた“永遠の初恋”だったのだと。
さらに皮肉なことに、早瀬深はその初恋の人を黒沢家に連れてきて祖母の誕生日を祝わせ、それが悲劇を招いた。
そして彼は、誰よりも早く損得を計算し、竹内清美の身代わりとして理子に罪をかぶせ、刑務所送りにしたのだ。
今、目の前の早瀬深を見つめながら、理子は思わず考える――自分のすべての不幸は、この男を愛したことから始まったのではないか、と。
思いが駆け巡るのは一瞬のことだった。
室内の人々は次々と立ち上がり、兄の黒沢悟が嬉しそうな顔で早足に近づいてきた。
彼は手を差し出して理子を引こうとしたが、彼女は思わずその手を引っ込めてしまった。
黒沢悟の手は空を切り、彼の顔に明らかな驚きの色が浮かぶ。
かつて、兄妹の仲はとても良かった。
悟は、獄中で短く切られた理子の髪を見て、どうにも落ち着かなかった。
かつては、彼女の海藻のような美しい髪を維持するだけで、毎年数百万円もかかっていた。
今は刑務所で統一された短髪になり、飾り気もなくなったうえに、いくらか薄くも見え、悟はただただ違和感を覚える。
「帰ってきてくれてよかった、理子。この二年、本当に大変だったな。」
黒沢悟は気持ちを切り替え、優しい声で言った。
「安心しろ。お前が帰ってきたら、すべて元通りだ。」
元通り――?
どうやって元通りになると言うのだろうか。
彼女の人生には、最も愛してくれた祖母を故意に傷つけたという罪名が刻まれ、三年の懲役という汚点を背負っている。家族にとっても、社会にとっても、そして息子の早瀬優也にとっても、もう以前と同じではあり得ない。
ましてや、父・黒沢牧夫の愛人・竹内文子と、自分の婚姻を壊した愛人・竹内清美が、堂々と自分の家に居座っている。
すべてが、もうまるで別物になってしまった!
事件の日、誰かが真実を見ていたはずなのに、皆が口を揃えて彼女を犯人だと断言した。
もう、戻れないのだ、理子は。
その時、早瀬深が彼女の前にやってきた。意外にも自分から口を開いた。
「約束したことは何一つ変わらない。この二年分のお前の分配金も、別途上乗せした。出てきたら、家に住んでもいいし、黒沢家に戻りたいなら、俺も一緒に住むことはできる。」
理子は驚いて元夫を見上げ、その目を見つめた。
彼は嘘をつくのが苦手な男だ。
今、その瞳には期待が宿っている。
期待――?なぜ彼が期待しているのだろう?
その期待の色が、理子にはどうしても理解できなかった。
彼の一番大切なのは初恋の竹内清美ではなかったのか?
刑務所に入って一年後、彼女はすべてを悟り、即座に離婚届にサインして、財産も何も持たずに出ていく決意をしたのだから。